第百四十三話 「呪いの解き方」
「わっ!」
ミュゼットに【ファストトラベル】する形で家に帰ると、目の前にはなぜかヴィオラがいた。
突然現れた僕を見て驚き、手に持ったお皿やフォークを落としそうになっている。
見るとリビングの卓上にはすでにいくつか料理が置かれてあって、ヴィオラは食器を運ぶのを手伝っていたらしい。
どうやら母さんとの買い物をすでに終わらせて、夕食の準備を順調に進めているようだ。
キッチンの方からは母さんが料理を作る音が聞こえてきており、ミュゼットはどこだろうと視線を巡らせると、驚くヴィオラの後ろから顔を覗かせた。
「あらっ、帰ってきましたの」
「うん、ただいま。それと驚かせてごめんヴィオラ」
「い、いきなり目の前に人が転移してくるのはこういう感覚なんですね。そういえば【フレンド】メニューに登録した人に【ファストトラベル】できるんでしたね」
思えば【フレンド】に【ファストトラベル】したのはこれが初めてなので、僕も少し新鮮な気持ちを抱く。
仲間の元まで一瞬で転移できるのは便利だし、もしかしたら戦闘でも応用ができるかもしれないな。
「それで、解呪師は見つかりましたの?」
「うん、なんとかね。この通り、こうして一緒について来てもらったよ」
そう言って僕は、手を繋いだままのハープを横目に見る。
その視線に釣られてミュゼットもハープの方を見ると、自分よりもなお小さい女の子と目を合わせた。
途端、ミュゼットの顔が真っ青に変貌する。
「あ、あなた、小さい子を誘拐……」
「違う違う! とんでもない誤解しないでよ! 見た目じゃわかんないかもしれないけど、この子が例の解呪師なんだってば」
「「えっ⁉」」
ミュゼットだけでなくヴィオラも意外そうな顔でハープを見据える。
その反応も当然だ。僕たちがずっと話に挙げてきた解呪師の姿が、まさかこんな幼い少女だと思わなかったし。
ふたりの反応を見ながら思わず綻んでいると、不意に右手がぐいっと引っ張られた。
そちらに目を向けると、何やらハープが卓上の方を気にしながら前のめりになっている。
視線の先には夕食の料理が並べられていて、ハープの目はそれに釘付けになっているように見えた。
「もしかして、お腹空いてるの?」
「……まあまあ」
そう言いながらハープはごくりと喉を鳴らして、僕の手を握っていることも忘れてぐいぐいと体が食卓に寄っている。
まあまあ、どころの反応ではない。
明らかにお腹を空かして、今にでも食事に飛びつきそうな勢いだった。
その時、キッチンの方から母さんが新しい料理を持ってやって来た。
「あっ、おかえりなさいアルモニカ。また可愛らしいお客さんを連れてきたわね」
「あぁ、いやぁ、お客さんっていうか……」
依頼をお願いする解呪師なんだけどなぁ。
すると母さんは僕たちの会話が聞こえていたのか、あるいはハープの様子を見て悟ったのか、彼女の顔を覗き込みながら問いかけた。
「もしよかったらあなたも食べない?」
「えっ……いいの?」
「えぇ。まだ全部は揃ってないけど、もう作りすぎちゃってるくらいだから。遠慮しないで食べて」
「……」
ハープの白い目が見開かれて、心なしか喜ぶように頬が僅かに綻ぶ。
それを見て、僕は一度気持ちを落ち着かせるためにも提案した。
「解呪はご飯を食べてからにしようか。お腹空いたままで解呪に集中してもらえなかったら嫌だし」
「それもそうですわね」
「みんなで一緒に食べましょう!」
ミュゼットとヴィオラも賛同してくれて、五人で食卓を囲むことになった。
新しくもうひとつの椅子を持ってきて、そこにハープを座らせる。
そして僕も夕食の準備を手伝うと、程なくして卓上にご馳走が揃った。
「いただきます」
いよいよ食事を開始して、僕はまず様々な感情を抱くことになる。
ヴィオラとミュゼットと一緒に、実家で食事をしている。
子供の頃に友達がいなかった僕は、家に友達を招いて食事をした経験がない。
だから今の状況がすごく新鮮で、加えて懐かしい母の手料理の味にほっと安心感を抱いたのだった。
加えて今は、解呪師のハープも食事の場に同席している。
見ると彼女は戸惑ったように目を泳がせていた。
本当に食べてもいいのか迷っている様子。
だから僕が代わりに、皮目をパリッと仕上げたローストチキンを取り皿に分けてあげて、ハープの前にお皿を置いた。
一度、困惑した目で僕の方を見てきたが、食べてもいいと言うように頷きを返すと、ハープはおもむろにフォークを握る。
ローストチキンの切れ端をフォークで刺し、恐る恐る口へ運んでいくと……
「――っ⁉」
頬張った瞬間、ハープは驚いたように目を見開いた。
そこからは火がついたように卓上の品々にフォークを伸ばし、黙々と食べ進めていく。
のんびりした喋り方に反して、料理を食べ進める手は機敏に動き、子供のように口元も汚していた。
「お口に合ったみたいでよかったわ」
ハープの食べっぷりを見た母さんは嬉しそうに微笑みながら、手巾で口元の汚れを拭き取ってあげている。
僕の実家の味を気に入ってくれたみたいでよかった。ヴィオラとミュゼットも喜んで食べてくれているし。
にしても、ハープは小さな体に似合わずすごく食べるな。
どうやら見た目に反して大食漢のようだ。
食欲旺盛で見ていて気持ちがいい。
――あっ、そうだ。
「食べ進めながらでいいから、ハープにちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……なーに?」
ちょうどいい機会だと思った僕は、気になっていたことをハープに尋ねる。
「君、目が見えてないよね? それに年齢も、見た目通りの歳じゃないだろうし、体温も驚くくらい低かった。連れ出した後でこんなこと聞くのもおかしいけど、外を出歩いても大丈夫な体調なのかな?」
本来ならこうしてガツガツと食事を進めることなんてできない体調のはず。
しかしハープは特に問題なさそうに料理をかき込んでいるし、どういう状態の体なのかずっと聞きたいと思っていたのだ。
すると彼女はリスのようにほっぺ一杯に料理を詰めながら、もごもごと返答してくれる。
「体調は平気。もう全部、“慣れた”から」
「慣れた……? 盲目なのも低体温なのも、生まれつきのものじゃないってこと?」
「うん。これ全部、“呪い”のせいだよ」
「――っ⁉」
呪い、という言葉が出て、僕たちは思わず息を呑む。
母さんもその恐ろしさを知っているため険しい表情になった。
重たくなった空気の中、ハープだけはなんでもないようにもごもごとほっぺを動かし、やがて意外な事実を明かしてくれる。
「私の解呪の仕方、呪いを食べて消化するの。だから、消化しきれなかった呪いは、こうして体に残っちゃう」




