第百四十二話 「館の少女」
なんでこんな場所に子供が?
しかもたったひとりで。
周りには他に生体反応を確認できず、親御さんらしき影はない。
もしかしてこの館に住んでいる住人だろうか?
不思議に思って少女のことを見つめていると、僕が来たことに気が付いたのだろうか……
少女はゆっくりと目を開いた。
「――っ!」
その目には、まるで光が灯っていなかった。
よく見れば焦点も合っていないように見える。
同じようになっている人を見たことがあるからわかる。この子はおそらく、目が見えていない。
だというのに、少女は僕のことが見えているように顔を向けてきて、揺り椅子の上できょとんと小首を傾げた。
「……だーれ?」
「……」
ミュゼットのように年齢と外見がそぐわないタイプかと思いきや……
少女の問いかけ方は正しく幼児のそれだった。
思わず驚いて固まってしまうが、僕はすぐに気を取り直して返す。
「えっと、僕の名前はモニカって言うんだ」
「モニ、カ……?」
「ちょっと人を探しててこの館に辿り着いたんだけど、君はここで何をしてるの?」
色々と聞きたいことはあったけど、まずはここで眠っていたことについて問いかける。
すると少女は、聞いているこちらが眠たくなるようなのんびりした話し方で答えてくれた。
「ここ、私の家。だから寝てた」
「家? ここで家族と住んでるの?」
「私、ひとり。家族、とっくに死んじゃったから」
「……ご、ごめん」
悪いことを聞いたと思って目を伏せる。
まさか親御さんがすでに亡くなっているとは思わなかった。
それでひとりでこの館で暮らしているなんて、もしかしてこの子は見た目通りの年齢ではないのだろうか?
すると少女は僕の発言を特に気にする様子もなく、純粋な声音で尋ねてくる。
「だれ、探してるの?」
「えっ?」
「さっき、人探してるって、言ってた。どんな人?」
「あぁ、僕が探してるのは、人にかけられた呪いを解くことができる『解呪師』って人なんだけど、この辺りにいるかもしれないって聞いてさ。で、その人の名前は、えっと……」
そういえば解呪師の名前って知らないな。
解呪師っていう呼び名だけが広く知れ渡っていて、その人の本名は聞いたことがない。
人である以上は名前があるに決まっているから、ヘルプさんに聞けばそれもわかるだろう。
と思って尋ねようとしたけれど、その寸前少女がポツリとこぼした。
「ハープ。ハープ・イノセント」
「えっ?」
「解呪師の、名前。ハープ・イノセントだよ」
「な、なんで君がそれを知ってるの?」
「だってそれ、“私”だから」
「はっ? き、君が……?」
目の前にいる七、八歳にしか見えない少女が、僕が探していた解呪師?
えっ、本当に?
ヘルプさんの予測に従ってここに来たから、その可能性も少しは考えていたが、まさか本当にこの子がその人物なんて。
こんな小さな子に、人にかけられた呪いを解く力があるっていうのか……?
僕がずっと依頼を出したいと思い続けていた解呪師なのか?
だとしたら年齢がおかしい気がするけど、やはり見た目と年齢が一致していないのかな?
「なんで、ここわかったの……? だれも、知らないはずなのに」
「ちょ、ちょっと物知りな人がいてさ、その人に解呪師の場所を聞いたんだ」
嘘は吐いていない。
僕の能力をいちから説明しているとまたぞろ時間がかかりそうだし、能力で探知したとなると変に警戒されると思ったので省かせてもらった。
本来の解呪師と出会う方法とは違うので、もしかしたら機嫌を損ねてしまったかと思ってドキドキしていると、ハープと名乗った少女は顔の色を変えないまま問いかけてくる。
「で、なんの用?」
「えっと、突然訪ねてきて申し訳ないんだけど、君に解呪の依頼をするためにここに来たんだ。急ぎで診てもらいたい人がいて……」
ミュゼットと話していた時の懸念が脳裏をよぎり、自ずと息を呑んでしまう。
これは解呪師と出会うための本来の方法ではない。
言ってしまえばズルをしている状況だ。
だからもしかしたら突っぱねられる可能性もあると思って、緊張しながらハープを見つめていると……
やがて彼女はほとんど口を動かさない喋り方で、短く返してきた。
「いいよ」
「えっ、いいの?」
「忙しかったら、無理だったけど、いま暇だから。でも今度からは、ルール守って」
「あ、ありがとう」
よかった、断られなくて。
もしダメだったら【ロード】して時間を戻して、改めて手紙を書いて一週間待つことになっていたから。
そのことに安堵していると、少女は揺り椅子から飛び降りるように立ち上がる。
長くて毛量の多い黒髪に包まれるように眠っていたからわからなかったが、暑い夏場に着るような薄手の白ワンピースを身に纏っていた。
肌は病的に青白くて手足も細いので、なんだかすごく儚げな印象をこの子から受ける。
「その人のとこまで、どれくらいかかる?」
「えっ、どれくらい?」
「着替えとか、旅費とか、色々いるかなって」
「あぁ、その辺りのことは大丈夫だよ。僕の力ですぐにその人の場所まで行けるからさ」
僕は右手の人差し指を下から上に弾いて【メニュー画面】を開く。
画面に映し出された項目のうち、【フレンド】メニューを選んでミュゼットの元に【ファストトラベル】をしようと考えたけれど……
僕の【メニュー画面】を見たハープが、突然前のめりになって画面を覗き込んできた。
「なに、これ……?」
「【メニュー画面】って言って、これが僕の力だよ。この画面の中に色んな力が秘められていて、仲間のところにすぐに移動できる力とかもあるんだ」
「すごく、変な力だね」
「……君の解呪の力の方が珍しいと思うけどなぁ」
どうやら【メニュー画面】に驚いて興味を示してくれたらしい。
僕からしたら解呪の力の方が圧倒的に“変な力”だと思うけど。
ハープは物珍しげに【メニュー画面】を見つめながら、小さな手をちょいちょいと動かして画面を触ろうとする。
しかし【メニュー画面】は僕しか触れないから、ハープの小さな手は虚しく空を切っていた。
心なしかハープはしょんぼりとしている気がしたが、ちょうどいいと思ったので空を切った手を僕は右手で掴む。
ハープはそのことに少し驚いて肩を揺らし、対して僕は咄嗟に手を取ってしまったためハッと手を放した。
「あっ、ごめん。一緒に移動するためにはこうして体に触れなきゃいけなくて……。なんだったら僕の服の裾とかをつまんでくれるだけでいいんだけど」
「別に、いいよ」
ハープはそう言うと、子供みたいな手を伸ばしてこちらの手を握り返してくれた。
迂闊なことをしてしまったと申し訳なく思いながら、ハープの手を今一度握って眉を寄せる。
ハープのその手は、寒がっているわけでもなさそうなのに、冷水につけていたかのように冷え切っていた。
明らかに体調に異常があると思える体温。
目だって見えていないだろうし、年齢にそぐわない見た目だし、肌は病的なまでに青白い。
いったいどういう人なんだろう?
それに僕は、いまだに半信半疑な気持ちでいる。
本当にこの子が噂の解呪師なんだろうか?
ヘルプさんが否定しないということは間違いないんだろうけど、ミュゼットとの会話で挙がっていた人物像とはあまりにもかけ離れている。
とても一度の依頼で5000万もの大金を要求するような人には見えないな。
あまりにも不思議な存在ではあるが、ひとまずは依頼を受けてもらえるみたいなので家に来てもらうことにする。
【フレンド】メニューを開いてふたりの名前が表示されると、そのうちのひとつを押して【ファストトラベル】を選択した。
【ミュゼット・ブリランテの位置に移動しますか?】
【Yes】【No】
しっかりとハープの手が握られていることを確かめた僕は、【Yes】の文字を押し、一緒にコルネットが待つ家へと帰ったのだった。




