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第百四十一話 「人物像」

 再び一階に戻ってきた僕たちは、コルネットに顔を見せることができたと母さんに伝えた。

 その後、母さんはお祝いとして僕たちに豪勢な夕食を振る舞うために、食材調達に出かける。

 手伝いとしてヴィオラがついて行き、リビングには僕とミュゼットのふたりだけが残された。

 そして僕たちは今後の方針を話し合うために、またお茶を淹れ直すことにする。

 ふたりでキッチンに立ってカップやお湯を準備していると、先ほどの僕の発言についてミュゼットが言及してきた。


「先ほど仰っていた解呪師を連れてくる方法ですが、本当にヘルプの力を使って解呪師の居場所を特定できるんですの? 噂では神出鬼没な存在で、依頼が終わるとたちまちどこかに消えてしまうとかなんとか……」


「ヘルプさんは人物の居場所を直接特定することはできないけど、人物同士の会話や金銭の授受を記録として引き出すことができるんだ」


 キッチンの棚からお茶の葉が入った筒を取り出しながら、居場所を特定できると断言した根拠を伝える。


「解呪師だって人間だし、生きるために人間社会のどこかには繋がっているはず。その記録を引き出せれば、解呪師が住んでいるおおよその地点を予測することができるはずだ」


「人と人の会話や、お金の受け渡しの記録……。確かに生きる上では避けては通れないものですわね。飲み水や食料も当然必要ですし」


 僕たちが今まさに飲もうとしているお茶の葉……正確にはハーブの葉だって、外から仕入れたものだ。

 きっと解呪師も生活の上で欠かせない会話や金銭の授受をしているに違いない。


「で、今はヘルプさんにそれらしい記録がないか調べてもらっているところだよ。解呪師っぽい人っていう条件が曖昧だから、ヘルプさんにしては結構時間が掛かっているみたいだけど、じきに特定できるってさ」


「相変わらずインチキ臭い力ですわね」


 ミュゼットは呆れた顔で僕の手からお茶っ葉の筒を受け取ると、中の葉を水と共にやかんに入れる。

 火にかけて葉入りのお湯を沸かすと、布でこしながらカップに注ぎ淹れた。

 湯気の立つハーブ茶をテーブルに運び、それをふたりでちびちびと飲みながら話を続ける。


「まあ居場所については特定できそうでよかったですわ。けれど直接会いに行って、依頼を受けてくれるものなんですの? 本来の解呪師に出会う方法とは違うんですのよね?」


「ずるをしたら依頼を受けてもらえないんじゃないかってこと? うーん、その可能性は確かにあるけど、お金さえ払えば大丈夫なんじゃないかな?」


 ていうか、手紙を出して一週間や二週間も待っていられない。

 お金だって即日で手渡しできるんだし、頼み込めばいけそうな気はするけどなぁ。

 もしその方法を受け入れてもらえず、解呪師の機嫌を損ねて治療してもらえなくなってしまったとしても、【セーブ】と【ロード】で時間を戻せるから試し得だし。

 ただ【セーブ】と【ロード】について知らないミュゼットは、熱いお茶を小さな両手で持ち、“ふーふー”と息を吹きながらそこはかとない不安を滲ませる。


「その辺りは徹底した方がよろしいかと思いますわよ。お金を払ったとしても、向こうの機嫌ひとつで依頼を受けてもらえないかもしれないのですから」


「そうだね。まあ実際に会った時の感触も確かめてから、依頼の話を持ち出すことにするよ」


 という体にしておいて、僕は全開で【セーブ】と【ロード】を使うつもりで解呪師に接触しようと思った。

 あとはヘルプさんの検索が終わるのを待つだけなので、もどかしい気持ちで僕はお茶をすする。

 その時不意に、ミュゼットが呆れ気味に呟いた。


「それにしても、一度の解呪で5000万ノイズですの……。まったくいい商売ですわね」


「うーん、呪いを治せる力って他に聞いたことないし、本来は治せないものだから、“解呪”には相当の価値があると思うけど?」


「にしたって高すぎはしませんか? 裕福な暮らしをしている貴族家ですら払えるか怪しい金額ですのよ。せっかく解呪の力を持っていても、依頼をしに来る人がいなければ商売あがったりではありませんの」


 それもそうだ。

 高すぎる費用を提示されているせいで、呪いの治療を諦めた人は大勢いるだろう。

 そんな人たちばかりになれば、儲からなくなるのは解呪師の方だ。


「それだけの金額を提示する特別な理由が、何かあるのでしょうか?」


「さあ? ヘルプさんに聞けば、解呪師のお金の使い道とかは探れるだろうけど、さすがにそこまで深い個人情報を勝手に盗み見るのは忍びないからぁ」


 と言うと、ミュゼットがぼんやりとした様子でそれらしい理由を挙げ始める。


「浪費癖があるのでしょうかね?」


「5000万が必要になるほどの使い道って僕には想像もつかないなぁ」


「何か目標とか夢があるとか?」


「もう散々稼いだだろうにそれでも達成できない目標ってあるのかな?」


「単純に貯蓄が趣味、なんてこともあるかもしれませんわね」

 

「本当にお金が好きな人ならその可能性もあるかもね」


 僕なんて今5000万が手元にあるから、ずっと気持ちが落ち着かなくて仕方ないけど。

 そのこともあって早めに解呪を終わらせてしまいたいんだよなぁと思っていると、不意にミュゼットが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ひとまず言えることは、解呪師はあなたみたいに無欲な人間ではなさそうということですわね」


「一度の解呪で5000万だから、欲のある人間なのはほぼ間違いないだろうね。でもひとつ訂正させて。僕にだって欲くらいはあるよ」


「へぇ、意外ですわね。妹さんのためや仲間のためだけに奔走し、自分のことはどうでもいいと考えている利他的な方だと思ってましたのに」


「……まあ、それで合ってはいるけど」


 でもだからといってまったく欲が無い人間というわけではないのだ。

 僕だって人並みの欲はちゃんと持っている。コルネットの解呪費用を集めるのに必死だったから、その気持ちを表に出す暇がなかっただけだ。


「そんなあなたが欲しいものとはいったいなんですの? 彼女とか?」


「お金で買える彼女なんていらないよ……。じゃなくて、お金に余裕ができたら普通に美味しいものをたくさん食べたいし、服や装飾品にもこだわってみたいかな。あとはまあ、パーティー専用の立派な『ホーム』を建てたいかも」


「あぁ。そういえば冒険者の方々は、パーティーの拠点ともなる『ホーム』を有して共同生活を送っていることが多いんでしたわね」


「そっ。まだ少人数のパーティーだけど、お金があったら建ててもいいかなって思っててさ」


 家族と過ごす家とはまた違う、冒険者としてのもうひとつの家――『ホーム』。

 そんなホームで仲間同士で助け合って生活を送ることに、僕は密かな憧れを抱いている。

 それに毎回宿屋を探して宿代を支払うのも煩わしいし、男女で部屋を分ける手間や出費もバカにならない。

 だからパーティーメンバーと過ごす家があったら、色々と快適になるんじゃないかなって思っているのだ。


「まあ、若くて歳の近い男女の共同生活ってなると、やっぱり色々な弊害があるから、しばらくはやめておいた方がよさそうだけど」


「……わ、わたくしは別に構いませんけどね?」


 ミュゼットは若干声を上ずらせながら肩をすくめた。

 まあパーティーのホームについては、またおいおい考えるとして、今はそれよりも解呪師のことだ。


「なんにしても解呪師は難しそうな人間に違いはなさそうなので、説得するのも骨が折れそうですわね。交渉は頑張ってくださいませ」


「な、なんとかするよ」


 と、話し合っているその時――

 脳内にヘルプさんの声が響いた。


『解呪師の居場所を特定しました』


「――っ⁉」


 あまりにも唐突だったため、僕は飲み込みかけていたお茶を喉に詰まらせる。

 思わず咳き込んでいると、ミュゼットが僕の不審な反応を見て眉を寄せた。


「ど、どうしましたの急に?」


「ヘルプさんが、解呪師の場所、特定したって……!」


「えっ、もうですの?」


 僕もミュゼットと同じ感想だった。

 思ったより早く見つかったな。

 解呪師の居場所をヘルプさんに尋ねた時は、ヘルプさんらしからぬ『時間をください』という返しをされたから、もう少しかかるものかと思ったけど。

 でも無事に見つかったならそれでいい。

 善は急げということで、僕は椅子から立ち上がって【マップ】メニューを開いた。


「さっそく解呪師の場所に向かうんですの?」


「うん。早めにコルネットの呪いを治してもらいたいからね」


「わたくしもついて行きましょうか?」


「ありがとう、でも大丈夫。たぶん大勢で押しかけたら相手を警戒させちゃうだろうし、ミュゼットはここで母さんとヴィオラを待っててよ」


 ミュゼットはやや不安げな表情をしていたが、小さな頷きを返してくれた。

 というわけで僕は単身、解呪師の元へ向かうことにする。

 ヘルプさんが解呪師の居場所として予測したのは、ホール大陸の北部に位置する『ソルディーナ』という名の森の奥深くだ。

 解呪師の名前はこの大陸でよく聞いていたので、同じ大陸に住んでいることにそこまでの驚きは感じない。

 どうやらその森の入り口まで【ファストトラベル】で行けるようなので、ひとまずはそこに移動することにした。


【ソルディーナの森に移動しますか?】

【Yes】【No】


 きちんとミュゼットと話している間に【セーブ】もしているので、僕は迷うことなく【Yes】の文字を押す。

 すると目の前に映る景色が、実家の安心感ある風景から、どんよりとした暗い森へと切り替わった。

 木々が密集し、まだ夕方前だというのに真夜中かと錯覚してしまうほど暗い森。

 足場もぬかるんでいたり木々が落ちていて不安定だったので、【クイックツール】機能の【フロートランプ】と【マップ】メニューを頼りに森を進むことにする。

 とりあえずは周囲に人や魔物といった生体反応は皆無。

 魔物がいないことは安心できるけど、解呪師らしい反応もないのは嫌な予感がするな。


「はぁ、外れかなぁ……」


 あくまでもヘルプさんの“予測”ではあるため、ここに解呪師がいない可能性も当然ある。

 だから僕はつい“外れ”かと思ってため息を吐いてしまったけれど……


「おっ……!」


 僅かに進んだことで森の深くまで【マップ】が表示されるようになり、そこに人の反応があるのを見つけた。

 森自体が人里からかなり離れた場所にあり、かつ森の奥深くでたったひとりでいる謎の人物。

 これは“当たり”かもと思って、足を早めて反応が示す方へ向かってみると……

 やがて森の暗さに身を潜めるように静かに佇む、鉄柵で囲われた館を見つけた。


 こじんまりした館だが、中で魔女が木べらを持って大鍋でもかき回していそうな景観。

 そして不気味さがあるその館の庭で、揺り椅子がキコキコと揺れているのに気が付く。

 人の反応はその椅子の方から発せられているもののようで、僕はゆっくりとそれに近付いてみる。

 やや緊張しながら、覗き込むように揺り椅子の正面を見てみると……


「えっ、子供……?」


 その椅子では、ミュゼットよりもなお幼く見える、長い黒髪に包まれるように眠っている女の子がいた。


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