第百三十七話 「現代最強」
誰だろうこの人?
まったく見覚えのない人物だ。
白黒のツートンの長髪に、驚くほど整った顔立ち。すらっと長い手足と透き通るように白い肌。
歳のほどは二十歳前後だろうか。
一度見たら忘れられるはずがないほど特徴的な容姿をしている。
はじめましての人だということがわかって、少し緊張感を抱くと、彼女は気さくな声音で自己紹介をしてくれた。
「ごめんね、急に話しかけて。警戒させちゃったよね。私の名前はフルート。フルート・フェルマータっていうんだ」
「フルート?」
その名前に反応したのはミュゼットだった。
もしかしてミュゼットの知り合いだろうか?
と思っていると、ミュゼットはフルートさんと名乗った女性を驚愕の眼差しで見据えて問いかけた。
「も、もしかしてあなた、“Sランク冒険者”のフルート・フェルマータさんですの?」
「えぇ、知ってもらっているみたいで嬉しいわ」
「知っているも何も、この大陸に住んでいて知らない人の方が珍しいですわよ……」
あのミュゼットが僅かに声まで震わせている。
Sランク冒険者ということは今のでわかったけど、そんなにも名の知れた人物なのだろうか?
ヴィオラも同じ疑問を抱いたようで、揃って首を傾げていると、僕たちの反応を見たミュゼットが遅れてこくこく頷いた。
「そういえばあなた方はこちらの大陸の冒険者ではありませんでしたわね。ならご存じでないのも無理はありませんわ」
「うん。もしかしてこっちだとすごく有名な人なの?」
「そんなレベルの話ではありませんわ……! フルートさんは数少ないSランク冒険者の中でも飛び抜けた戦績を持ち、その実力は歴代の冒険者を含めても三本の指に入ると言われている方なんですの」
歴代でも三本の指に?
僕たちより若干歳が上くらいにしか見えないのに、そんなにも実力がある人物だったんだ。
言われてみれば彼女の佇まいから、独特の雰囲気と言い知れない威圧感が漂ってくる。
「冒険者でないわたくしですら、その逸話を何度も耳にしたことがある伝説の人物。『現代最強の冒険者』、と呼ぶ人も少なくありませんわ」
なんとも大層な響きに、自然と体に力が入って姿勢を正してしまう。
けれど当の本人は“いやぁ”と苦笑を浮かべて、気まずそうな表情を見せた。
「現代最強の冒険者かぁ……。そう言われるのはあんまり得意じゃないんだよね。それ相応の佇まいを見せなきゃ! って気持ちになって、なんだか私の方が緊張しちゃうから」
そんな動揺を示すように、白黒の長髪を忙しなく撫でている。
何やらすごく、“普通の人”という感じがする。
現代最強の冒険者と謳われている人物とは思えないほど、反応や仕草が一般的な女性だった。
自らの力に寄りかかって横柄な態度を示すこともなく、全面から謙虚さが滲み出ている。
「そ、それで、僕たちに何かご用でしょうか?」
「あっ、そうそう。君たちに少し話があって呼び止めたんだ。闘技祭で優勝した冒険者パーティー『祝福の楽団』に、ぜひともお願いしたいことがあってね」
という発言から、フルートさんが闘技祭の観戦をしていたことが判明する。
現代最強の冒険者に戦いを見られていたことを光栄に思っていると、フルートさんはその“お願い”について告げてきた。
「近々行われる予定の、“魔人集団の掃討作戦”に君たちにも参加してもらいたくてね」
「あっ……」
聞き覚えのある内容。
確か最終本戦で八百長を企てたセタール・カランドが参加を熱望していた作戦だ。
その作戦に参加して討伐隊の指揮権を得るために、闘技祭で華々しい戦績を残そうと奴は必死になっていた。
で、僕たちが闘技祭で優勝したから、その話がこちらに回ってきたというわけか。
僕の反応を見たフルートさんは少し目を大きくして尋ねてきた。
「もしかして掃討作戦のこと知ってた?」
「一応、小耳に挟んだ程度ですけど。このドーム大陸で甚大な被害を出し続けている魔人たちを、腕利きの冒険者を集めて討伐しに行こうとしてるんですよね」
フルートさんは『うんうん』と軽快に頷いてくれる。
ヴィオラとミュゼットにも前に少しだけ説明したので、遅れて『あのことか』と察した表情をしていた。
「そこまで知ってるなら話が早くて助かるよ。それでどうかな? 一緒に作戦に参加してみない? 少なくないほどの報酬も約束されるんだけど……」
「えっと、お話を持ちかけていただいたのはすごく光栄なんですけど、僕たちはそれよりも先にやらなければいけないことがあって」
ヴィオラとミュゼットと目配せをして小さく頷き合う。
魔人との大規模な戦闘になるだろうから、冒険者として手を貸したいところではあったが、先に終わらせなければならないことがあるんだ。
一刻も早く、妹のコルネットの呪いを解いてあげないと。
「なので、その用事が済んだ後で時間に余裕があれば、作戦に参加させていただくという形でも大丈夫ですか?」
「うん、参加を考えてくれるだけでも充分嬉しいよ。最終本戦で見た君たちの実力は圧倒的なものだったから、一緒に戦うことができたらすごく心強い」
心苦しい思いだったけど、フルートさんは爽やかな笑顔をそのままに頷いてくれた。
これでまずはコルネットを優先してあげることができる。
それが済んだらいよいよ気兼ねなく冒険者活動に専念ができるので、晴れやかな気持ちで掃討作戦に参加できることだろう。
まあ、コルネットを無事に助けられたら、冒険者活動をする意味っていうのも薄まっちゃうんだけどね。
そこでふと、素朴な疑問が降って湧いてくる。
「そういえばフルートさんは闘技祭に参加しなかったんですね。出ていれば優勝は間違いなかったはずなのに。賞金にあまり興味がなかったんですか?」
「うーん、2000万の賞金はさすがの私でも欲しくなる金額だけど、生憎時間が取れなかったんだよね。闘技祭のために三日間を空けるのはなかなか難しくて」
確かにみんなが当たり前のように三日間も連日空けられるはずがないか。
ただでさえフルートさんはSランク冒険者で知名度もあるし、依頼もひっきりなしに舞い込んで来るだろうから。
「でも、なんとか最終日には間に合ったから観戦だけしに来たって感じ。そこで君たちのことを見つけられたから、結果的には大きな成果を得られたけどね」
またも手放しに褒められる形になって、少し照れてしまう。
するとフルートさんは、僕たちのことを気遣うように口早に言った。
「あっ、呼び止めた上に長話しちゃってごめんね。これから用事があるんでしょ?」
次いで彼女はウエストケープを翻して背中を見せると、顔だけこちらに向けて告げてくる。
「それじゃあもし身の回りのことが落ち着いたら、ドーム大陸の『セレナーデ』って町に来て。そこにギルド本部があって掃討作戦の準備とか進められてるから」
「はい、わざわざ教えていただいてありがとうございます」
そう言うや、フルートさんは軽快な足取りで立ち去っていった。
まるで嵐のような人である。
同じく彼女の背中を見届けたヴィオラが、感慨深そうにこぼした。
「まさかここで現代最強の冒険者とお知り合いになれるとは思いませんでしたね」
「それにあそこまで気さくな方だとは思いませんでしたわ」
「時間に余裕ができたら、ぜひ一緒に作戦に参加してフルートさんの力も見てみたいね。……って、それはそうとクラシカルの村に急がなきゃ」
賞金を得て目標の5000万が貯まった今、いち早くコルネットを呪いから解放してあげないと。
気を取り直して【マップ】メニューを開き、手早く操作して【ワールドマップ】に切り替える。
そして故郷のクラシカルの村を見つけると、【ファストトラベル】をするためにすかさずぐっと長押しした。
【クラシカルの村に移動しますか?】
【Yes】【No】
僕は改めてヴィオラとミュゼットと頷きを交わしてから、【Yes】の文字を力強く押したのだった。




