第百二十一話 「接触」
一角獣は人目に触れない希少な魔物として知られている。
しかし魔物らしく人に対して多大な被害をもたらす魔物で、古くからその存在は危険視されている。
いわく、人の生き血を求める猛獣だとか。
魔物や魔人が人を襲う理由は様々だ。
人を食料として見ていたり、邪神から祝福を得るためだったり、単純に快楽のためだったり……
そして一角獣に関しては、特徴的な鋭利な角に、人の生き血を浴びせて赤く染めるために人を襲っているという。
一説によると、一角獣は角が赤いほど個体としての格の大きさを示せるらしい。
より多くの人間をその角で殺め、生き血で赤く染めたという証明になっているからだそうだ。
そんな本能が宿っているため、一角獣は時折人里に下りてその角で人間を貫き殺しているという。
ただ、あくまで人で言うところの趣味のようなもののため、他の魔物と違って頻繁に人里に下りるということはしない。
さらに純粋な自然環境を好むため、人の手が介入して開発の進んだ地域からは離れる傾向にあるそうだ。
「だから目撃情報が極端に少ないんだね」
『加えて個体数が少ないことも起因しております。しかし人への敵対心は等しく持ち合わせており、討伐推奨対象となっています』
一角獣がいる山頂を目指して歩きながら、僕はヘルプさんからの補足を聞いてこくこくと頷く。
やはり魔物ということで、人間にとって害のある存在らしい。
であれば希少な生物とはいえ、討伐してしまって構わないだろう。
と、そこで僕は人知れずため息を吐く。
ようやくのことで目的の魔物を見つけたけれど、最後にまだ戦わなくてはいけないのだ。
一角獣がいるこの場所に辿り着くまで、百八十一回のやり直し。
一度のやり直しでかかる時間はおよそ十二時間ほどだったので、日にちにすると大体三ヶ月くらいかかったのか。
この時点ですでに精神的に疲労困憊である。
まあ、正直もっと長期間になるだろうと覚悟していたので、むしろ早いようにも感じるけれど。
早めに見つかってよかったじゃないかと自分を慰めながら、疲労のたまった体に鞭を打ち、不安定な山道を進んでいく。
「聞き忘れてたんだけど、僕ひとりでも討伐はできそうな魔物なの?」
『どの程度の個体かによりますが、基本的にはアルモニカ様の戦闘能力で討伐可能です。ただ、これまで出会った魔物や魔人の中でも屈指の機動力を持っており、捉え切るのに時間を要する可能性が高いです』
屈指の機動力か……
今まで出会った魔物の中にも素早かった種族はたくさんいる。
例えば同じような特徴を持つ、角を生やした金色のウサギの金兎とか。
あの魔物も相当な俊敏性で、討伐するのに何回も何回も【ロード】でやり直した記憶がある。
その金兎よりも早い魔物なのか。
まああの時はまだ【ステータス】メニューが解放されていなくて、僕自身がすごく弱かったから時間がかかったというのもあるけど。
『また、逃亡することも考えられますので、そのことも念頭に置いていただけたらと思います』
「了解」
そう返事をしながら山を進んでいき、やがて僕は山頂の手前まで辿り着く。
それなりの標高のため周りには霧がかかっており、喉を刺すような冷気で満ちている。
時刻も夜のため視界は不明瞭で、地形を把握していないと確実に迷いそうな場所だ。
しかし僕の背後では【クイックツール】機能の【フロートランプ】が点灯しており、【マップ】メニューで地形の確認ができるのでさほど問題ではない。
ちゃんと目標の魔物である一角獣も地図上に表示されているので、見失うということはまずないと思われた。
だが……
「んっ?」
ふと瞬きをひとつ挟んだ瞬間、【マップ】メニューに映し出されていた一角獣の姿を見失う。
何が起こったのかと思って【マップ】メニューを凝視すると、不意に脳内でヘルプさんの声が響いた。
『目標、前方より高速でせっき――』
「――っ⁉」
言い終えるより早く、目の前から風を感じて僕は横に飛ぶ。
刹那、僕の横を一陣の風が突っ切り、巻き込まれた裾があっけなく千切れた。
掠めた裾はその威力のあまりか、千切れた部分が僅かに焦げついている。
咄嗟に後方に視線をやると、いつの間にかそこには長くて鋭利な角を生やした、大きな白馬が立っていた。
まさかこれが、僕が追っていた一角獣……?
【マップ】メニューから見失ったのは、向こうがこちらに気付いて超高速で接近してきたからだったのか。
瞬きひとつの間に、とてつもない距離を疾走してきたな。
そのあまりの速さに驚愕しながら、僕は改めて一角獣の姿を見て息を飲む。
普通の馬よりも倍以上に大きい体。瞳は赤く光っていて凄まじい眼光を感じる。
全身には青く光る模様が入っており、白い体毛の隙間からその光が垣間見えている。
縄張りに入り込んできた僕に憤りでも感じているのか、鋭い視線でこちらを睨みながら激しく鼻を鳴らしていた。
何より目を引いたのが、一番の特徴とも言える額から生えた巨大な角。
その角は……
「……何人殺したんだよ」
赤いというより、もはやドス黒く変色しており、数多の人間をその角で屠ってきたことをありありと示していた。
僕ひとりでも討伐可能な魔物ということだが、あくまでそれは個体によるとヘルプさんは言っていた。
そしてこの個体は、明らかに百単位で人を殺している。
果たしてやり切れるかどうか。
「フスゥゥ‼ フスゥゥゥ‼」
鼻を鳴らしてこちらを威嚇している一角獣に鋭い視線を返しながら、僕は懐から短剣を抜いて構えた。




