第百二十話 「181回目のやり直し」
僕のメニュー画面はシステムレベルを上げることで、新しい機能が解放される。
それらの機能は今まで僕のことをたくさん助けてきてくれて、新機能の解放によって僕自身ができることも増えていった。
戦いにおいて有効的な機能が目覚めることもあり、例を挙げると散らばった恩恵の数値を調整できる【ステータス】メニューや、スキルを宿した武器を作れる【鍛冶】メニューなどがある。
これらのおかげで荷物持ちしかできなかった僕でも、Aランク冒険者にまで一気に駆け上がることができた。
ひとつの機能が解放されるだけで、何十もできることが増える……それがメニュー画面。
だから僕は、最終本戦に向けて少しでも強くなれるように、メニュー画面の新たな機能を解放しようと考えた。
「まずはこのロカビリー王国か」
僕は澄み切った星空の下、王都が一望できる草原の丘に立って冷たい空気を吸い込む。
今は【マップ】メニューの【ファストトラベル】機能を使って、ドーム大陸から遠く離れた地のロカビリー王国という場所に来ている。
やや北寄りの場所となっているため大都市マキナよりも肌寒く、僕は【アイテム】メニューから外套を取り出して手早く羽織った。
その時、脳内にヘルプさんの声が響く。
『繰り返しになりますが、一角獣の目撃情報はそのほとんどが見間違いや虚偽の報告となっております。その数は全国となれば優に千を超え、本物の情報があるという確証もないため捜索が無駄になってしまう可能性が非常に高いです』
「だから推奨しないって言うんでしょ?」
それは充分に承知している。
ある時点を境に、メニュー画面のシステムレベルを上げるためにはお金ではなく魔物の素材を要求されるようになった。
ひとつ前では『黒妖精の羽』という希少素材が必要で、黒妖精の出没地点をあちこち探索して回ったのは記憶に新しい。
そして次に必要となる素材が、それ以上に目撃情報の少ない『一角獣』から取れる『一角獣の角片』となっている。
素材が市場に出回っているということも当然なく、必要素材を知った当初も信頼性のある情報がないから捜索は非推奨と言われた。
もっと信頼できる筋から情報が出るまで、じっくり待った方が確実だと。
でも……
「新しい情報が出るまでなんて待っていられないよ。そんな悠長なことも言っていられない事態に僕たちは直面してるんだから」
今は闘技祭の最終本戦で勝つために、少しでも強くならなければいけない。
圧倒的な実力差があった場合、何度やり直しをしても敗北という結果を変えられないから。
そうなったらいよいよ詰みである。
そのことを危惧して、僕はか細い可能性に手を伸ばすことにした。
「確かに偽物の情報に踊らされて無意味になっちゃうかもしれないけど、可能性があるならやるべきだって僕は思う。それにせっかく【ロード】ができるんだし、時間を巻き戻していくらでも捜索できるんだから、情報をしらみつぶしにして本物を探そう」
まさに砂漠の中から一粒の砂を見つけるかの如く、途方もない捜索。
だから一度は断念した方法だけど、闘技祭の最終本戦は明日に迫り、猶予がない状況なので強行することにした。
その最初の捜索のために訪れたロカビリー王国では、残念ながらそれらしい魔物の姿を【マップ】メニューで確認することができなかった。
時刻はすでに真夜中の二時を回っている。
虚しい気持ちで【マップ】メニューを閉じた僕は、代わりに【ロード】の文字をぐっと押した。
【最後にセーブした地点に戻りますか? 警告:現在の進行状況は失われます】
【Yes】【No】
その文字列を見て、僕は躊躇いなく【Yes】の文字を押す。
刹那、視界が暗転し、眼前に広がっていた草原の景色がパッと切り替わって……
目の前には、ヴィオラとミュゼットの後ろ姿があった。
「それで、どこに食べに行きますか?」
「落ち着いて話ができそうな場所がいいですわね。その辺りのことは、モニカさんのヘルプという力が詳しいのではなくて?」
一次本戦が終わり、闘技場からそそくさと出て行った直後の光景。
大都市マキナの街道を三人で歩き、落ち着いて話し合いができそうな場所を探している時のことである。
あのとき僕は、ヴィオラとミュゼットの後ろに続きながら、こっそりメニュー画面を開いて【セーブ】をしておいたのだ。
無事にその時間に戻ったとわかった僕は、すかさずふたりに断りを入れた。
「ごめんふたりとも、話し合いについてなんだけど明日の朝にしてもいいかな?」
「えっ? 明日の朝ですか?」
「別に構いませんが、急にどうかしたんですの?」
「ちょっと急用ができちゃってさ、今日中に終わらせておかないといけないことなんだ」
今はメニュー画面のシステムレベルを上げるために、明日の最終本戦まで一分一秒が惜しい。
だから最終本戦の対戦形式や他チームの結託については、明日の朝にふたりに伝えることにした。
口早にそう言った僕は、ふたりが怪訝な顔をする姿を尻目に、手早く【マップ】メニューを開く。
そして一角獣の目撃情報があった新たな国を選択し、【ファストトラベル】を使ってそこへ移動した。
それから僕は、ひたすらに【ロード】と【ファストトラベル】を繰り返して色々な国を見て回った。
その情報が真実か嘘か、ひとつひとつを自分の目で確かめなければいけない。
時には極寒の大陸に行って、体を震わせながら雪原を歩いたり……
時には灼熱の大地に降り立って、汗だくになりながら砂漠を這いずり回ったり……
時には獰猛な魔物が蔓延る地で、命を危険に晒しながら死に物狂いで駆け巡ったり……
そして情報が嘘だとわかれば、すぐに【ロード】をして時間を巻き戻す。
【最後にセーブした地点に戻りますか? 警告:現在の進行状況は失われます】
【Yes】【No】
その度にヴィオラとミュゼットの後ろ姿が目に映り、同じ説明を僕は繰り返した。
「それで、どこに食べに行きますか?」
「落ち着いて話ができそうな場所がいいですわね。その辺りのことは、モニカさんのヘルプという力が詳しいのではなくて?」
「ごめんふたりとも、話し合いについてなんだけど明日の朝にしてもいいかな?」
【ロード】……【ファストトラベル】……【ロード】……【ファストトラベル】……
その繰り返しの中で稀に……
【現在の進行状況を記憶しますか?】
【Yes】【No】
「あっぶな! 【ロード】と【セーブ】間違えて押してた……!」
取り返しのつかない危なっかしいミスを犯しそうになり、冷や汗を滲ませることもあった。
時間が残されていない中で【セーブ】なんかしたら、詰みの状況に拍車をかけることになってしまう。
明らかに精神的な疲れが見えながらも、僕はひたすらに時間を巻き戻して一角獣の捜索を続けていった。
…………そして、回数にして百八十一回のやり直しを経て――
『一角獣と思われる生体反応を確認』
ようやく僕は、辺境地と呼ばれているステージ大陸の、さらに端の無人区域にある山の山頂にて……くだんの一角獣の影を掴んだのだった。




