第百十八話 「神の冒涜者」
ヘルプさんからはすぐに返答があった。
最終本戦の相手となる十二人の情報が頭に流れ込んできて、僕はそれをヴィオラとミュゼットにも口頭で共有する。
そして十二人の能力と戦闘の経歴を知った僕たちは、改めて頭を抱えることになったのだった。
「わかってはいたことですけれど、最終本戦に残った面々なだけあって厄介な力を持っている方が多いですわね」
「特に今回の対戦形式の『リングからの落とし合い』で面倒になりそうな力は、他人と位置を入れ替えるスキル、触れたものの材質を自由に変更するスキル、強力な念動魔法……」
要警戒の力について今一度列挙していく。
そして最後に最も注意すべき存在として、ある人物の名前を口にした。
「それから、充分に警戒しておかないといけないのは……セタール・カランドかな」
「今回の八百長の首謀者、という話ですわよね」
「あと、私たちよりも階級が高いSランク冒険者だとか?」
「うん。闘技祭の予選前にも、ヘルプさんが注意しておいた方がいいって言ってた人だね」
Sランク冒険者、セタール・カランド。
戦闘経験はもちろん、知略にも長けた人間だろう。
手回しの良さや他チームを取り込む口の上手さから、こちらが想定していること以上に厄介な人物のように思える。
よく意識を向けていないと、どんな罠や小細工を仕掛けられるかわからない。
「そしてそれらのことを差し引いても、こいつの“能力”はすごく厄介だ」
ヘルプさんから聞いたセタールの能力について、僕は改めてこの場に持ち出した。
「一時的に他人に自分の恩恵を配るスキル――【神の冒涜者】。こいつ単体の戦闘能力は大して脅威じゃないけど、このスキルのせいで奴の周りにいる仲間が大幅に強化される」
恩恵を底上げするという点では、少し僕の【パーティー】メニューに近い能力と言えるだろうか。
お互い一長一短があるという点も、複雑な心境ながら似ていると思える。
触れた相手に一時的に任意の恩恵を与える力。
筋力恩恵値を与えれば、対象の筋力恩恵値にその分が上乗せされる。
与える数値も調整可能で、セタール本人の恩恵値が残されている限り何人にでも恩恵を配ることができるそうだ。
神から与えられた恩恵を他人に譲り、自分で戦うことはしない能力――まさに【神の冒涜者】。
冒険者としてパーティーを組まなければいけない僕の【パーティー】メニューとは違って、触れるだけで効果を発揮できるのはかなり手軽だ。
発動条件の緩さに関しては向こうに軍配が上がると言えるだろう。
ただ、向こうの【神の冒涜者】にも明確な短所が存在している。
自分の恩恵を他人に与えるという能力のため、能力を使っている間はセタール本人が著しく弱体化するということである。
何人かにある程度の恩恵を配ったその時点で、本人は戦うことができなくなってしまうのだ。
対して僕の【パーティー】メニューは、無作為に散らばった本人の恩恵値を整えるだけなので、僕自身に影響はまるでない。
仲間に任せっきりになるのは心苦しいので、僕としては【パーティー】メニューの方が好みの性能をしている。
「他人に自分の恩恵を与える能力、ですか。随分と人任せな力ですわね」
「これが一番厄介な力なんですか? ご自身の恩恵は有限ですから、【パーティー】メニューのように周りのお仲間全員が著しく強くなるということはない気がするんですけど?」
「うん。正直セタールのこの力そのものは、そこまでの脅威じゃないと思うけど……」
僕は青髪の長身男の姿を思い出しながら続ける。
「向こうには今、戦闘能力だけだったら僕よりも上かもしれないオルガン・レントがいる。脚先だけとはいえ、筋力恩恵値1200オーバーの化け物がね。そのオルガンと手を組まれたのが本当に面倒なんだ」
「オルガンだけでしたら、わたくしひとりでも制圧することはできましたが、もしあの男が後方から多大な支援を受けたとしたら確かに脅威的ですわね」
おそらくセタールの狙いはここにあったのだと思われる。
セタールの能力はそれ単体では圧倒的な脅威にはなり得ないもの。
しかし戦闘能力の高い人物と組んだ時、その真価が発揮されることになる。
自らの恩恵をすべて捧げることにより、飛び抜けた力を持った“最強の戦士”をひとり誕生させることができるのだ。
正直、四チームで手を組まれたことよりも、オルガンとセタールの組み合わせが実現してしまったことの方がより厄介だ。
「それできっと四チームは、莫大な力を得たオルガンを全力で支えるはず。ミュゼットの加護を突破できるほどの膂力もあるだろうし、ヴィオラの魔法だって掻い潜ってくるに違いない。だからセタールが一番厄介だって僕は思ってるんだ」
それにもしオルガンが潰れたとしても、今度は別の誰かに恩恵を託して戦わせればいい。
非道で最悪な指揮官によって、相手は確実に勝利の道を歩むことができる。
「あっ、そのセタールという方をまず狙って、意識を奪ってしまえばスキルの効果は消失するんじゃないですか?」
「セタールが気を失っていたとしてもスキルの効果は継続されるらしいよ」
名案だ! と言いたげに提案してきたヴィオラは、僕からの返答にわかりやすく肩を落とす。
確かに意識がない状態だとスキルの効果が継続しない例はたくさんある。
だからヴィオラの予想はいい線をいっていると思ったが、セタールのスキルは意識を失った後でも継続してしまうらしい。
まあ、効果時間が終了した後、再びスキルを使われる心配はなくなると思うけどね。
ちなみに継続時間は一時間らしいので、おそらく効果が切れるまで逃げ続けるというのも難しいだろう。
「そもそもそこまで広くないリングの上で、十二人を相手にセタールだけを狙うのはかなり厳しいんじゃないかな」
「これはもう、対戦形式を恨むしかありませんわね」
「それと、事前に対戦形式の情報を仕入れた相手もあっぱれって感じだね。どうやってやったのか皆目見当もつかないけど」
もしかして向こう側にも【ヘルプ】さんを使える人間がいるとか?
いやでも、前にヘルプさんが『類似した能力を持つ人はいない』って言っていたから、その可能性はゼロか。
だとしたらやっぱり考えられるのは、情報収集できる能力を持った人がいるか、闘技祭の運営側に内通者がいるかだな。
そこでヘルプさんが補足してくれる。
『セタール・カランドと同じチームに所属するダルシマー・オクターブという人物が最終本戦の情報を収集したと思われます』
(えっ? あぁ、そういえばその人、【至極の迷い子】っていう透明になれるスキルを持ってるんだっけ?)
他人に姿を見られなくなり、気配を悟ることもできなくなる高度な隠密能力らしい。
激しい動きをすると効果が切れてしまう欠点はあるものの、こっそり誰かのあとをつけたりどこかに潜入するなら打ってつけの力となっている。
ヘルプさんがこう言っていることからも、たぶんそのスキルを使って闘技祭の運営会議とかに潜入して情報を盗み聞きしたんじゃないかな。
で、リーダーのセタールにそのことを報告して、今回の結託作戦を思いついたと。
そのとき僕の脳裏に、ひとつの妙案がよぎる。
(ねえヘルプさん、『闘技祭の運営内部から最終本戦の対戦形式が漏洩してますよ』って運営側に伝えたら、対戦形式が変更になったりしないかな?)




