第百十話 「立ち回り方」
「リングでの純粋な試合、ですの?」
最終本戦の内容を明かすと、ヴィオラとミュゼットは顔を見合わせて首を傾げた。
あまりにもシンプルな内容のためか、逆に理解が追いついていない様子。
僕は改めてヘルプさんから聞いた情報を、丁寧にふたりに伝えることにした。
「明日、闘技場の中央に石造りの円形のリングが設置されるんだって。その上で五チーム全員で戦って、場外へ落とされた人がどんどん失格になっていくルールだってさ」
「場外判定ありとはそういうことでしたの」
ミュゼットは得心したように頷く。
次いでヴィオラが眉を寄せて僕に問いかけてきた。
「それで、どうやったら勝ちになるんですか?」
「本当に単純に最後まで残っていた人のチームが優勝だってさ。リーダーが落とされてもメンバーの誰かひとりでも残っていたらいいらしい」
「おぉ、予選と一次本戦に比べて、ものすごく純粋な試合って感じがしますね」
最終本戦の内容は、いわばリングからの落とし合い。
予選や一次本戦の時とは違って、何かを奪ったり壊したりする必要がない、正真正銘のぶつかり合いになるということだ。
僕が純粋な試合と言ったのはそれが理由である。
すると最終本戦の概要を理解したミュゼットが、グラスを卓上に置きながら得意げに鼻を鳴らした。
「では、一次本戦の攻城戦の時とは違って、難しく考える必要はありませんわね」
「えっ、どうして?」
「どうしても何も、こちらにはSランク冒険者顔負けの超怪力を持つ人がいるからですわ」
ミュゼットは気分良さそうな笑みをこちらに向けてくる。
同じくヴィオラも僕の方を見て、ミュゼットの意見に賛同するようにこくこくと頷いた。
どうやらふたりは僕に期待を寄せてくれているらしい。
リングからの落とし合いというルールなので、怪力を持つ僕が圧倒的に有利に見えるのは理解できるけど……
「頼みましたわよモニカさん。ちゃちゃっと全チームをその怪力で『ドンッ!』と場外に落としてくださいませ」
「いやいや、そう簡単にはいかないでしょ。僕が怪力を持っているのは確かだけど、逆に言えばそれしかないわけだから」
純粋な試合とは言ったものの、リング上で仲良く押し相撲をするわけではない。
怪力以外にも魔法やスキルが介入する大混戦になることが予想される。
チーム数がかなり減って優勝できる可能性は飛躍的に上がったとは言ったが、怪力だけで押し切れる試合にはおそらくならないんじゃないかな。
「それに今回が最終本戦ってこともあって、僕は個人の能力以上に重要になるものがあるって考えてるよ」
「重要になるもの? それってなんですか?」
ヴィオラが不思議そうに首を傾げる中、僕はヘルプさんから対戦形式を聞いた時に真っ先に気を付けるべきだと思ったことを話した。
「立ち回り方だよ」
「立ち回り方?」
「最終本戦は全五チームで行うリング上での乱戦だ。隠れる場所はどこにもない。周りだって敵だらけ。いつどこから襲われてもおかしくない対戦形式になってる」
予選では森の中に隠れることができたし、一次本戦ではまだ多くのチームが残っていて落ち着いて構えることができた。
しかし最終本戦は隠れる場所もないリング上で、たったの五チームでの乱戦となる。
試合開始から息つく間もない混戦になるのは想像に難くない。
「だからリング上での立ち回り方が重要だと言うんですの? そうは言ってもいつどこから襲われるかわからない状況であれば、立ち回り方を考える余地もない気がするのですが……」
「それだけじゃないよ。今回の闘技祭は三位まで賞金が出るようになってる。その点から立ち回り方を考えなきゃいけないって僕は思ってるんだ」
ミュゼットは顎に指を添えて眉を寄せる。
あまりピンと来ていない様子。
だから僕はより具体的に、最終本戦で起こり得る状況を言葉にしてみた。
「今回の最終本戦に残ったのはたったの五チーム。そこに入っただけでもすごいことだよ。でも三位以上には、それと比べ物にならないほどの“莫大な価値”がある」
「賞金が出るからですわよね?」
「それに加えて、『闘技祭入賞』っていう貴族として見ても冒険者として見ても誉れ高い“実績”が得られるからだよ。三位以上になるか、四位以下で終わるかは天と地の差がある。みんな意地でも三位以上を取りに来るはずだ」
むしろ『闘技祭入賞』は賞金以上に価値があるかもしれない。
何十年ぶりに開催された、過去最大規模の闘技大会。
著名な貴族や冒険者が数々出場し、熱狂する観客もとてつもない数にまで膨れ上がっている。
そんな闘技大会で入賞して堂々と名前を刻むことができたら、誉れ高いのはもちろん様々な場所や用途で実績を活用することができるだろう。
「だからなんとしても四位か五位になるのは避けようとするはず。となると最終本戦での立ち回り方も自ずと決まってくる」
「……と、言いますと?」
「仮に僕が四位以下を避けるように動くとしたら、どこかとどこかが争っているところに加勢して、確実に一チームを落としにかかる」
「……あなた、こう見えて結構腹黒ですのね」
……知能的って言ってほしいんですけど。
ていうか普段の僕はミュゼットからどう見えているのだろうか?
ただミュゼットもその意見には同意のようで、呆れた笑みを浮かべて彼女は言った。
「まあ、たぶんわたくしでもそうしますわ。もっと言えばどこかとどこかが争うまで、できる限り息を潜めて待ち続けて……」
その時、ミュゼットは唐突にハッと碧眼を見開く。
どうやら彼女も気付いたようだ。
最終本戦で起こり得る、僕たちにとってすごく不都合な状況に。
ただひとり理解が追いついていないヴィオラが、僕とミュゼットの顔を交互に見ながらあわあわと疑問を口にした。
「えっ、なんですかなんですか? 何かマズイことでもあるんですか?」
「ミュゼットの言った通り、どこかとどこかが争うまで待ち続けるのが利口な選択だ。おそらく他のチームもそういう風に動くと思う。でも、たったひとつのチームだけ、待ちに徹さずに真っ先に戦闘を仕掛けるはず」
そのチームはいったいどこなのか。
結論に辿り着いているミュゼットが、僕の言葉を紡ぐようにヴィオラに伝えた。
「まず間違いなく、オルガンがわたくしたちのチームに攻撃を仕掛けに来るはずですわ」




