第百五話 「短い夢」
「ミュゼット!」
メニュー画面の【ファストトラベル】機能で、【トラベルポート】を設置した“核の部屋”に転移した僕は……
即座に周囲を見回して、城内の様子を確かめた。
すると核の前に落ちた木材をベンチ代わりにしながら、退屈そうに欠伸を噛み殺しているミュゼットが目に映る。
部屋の中には争った形跡が随所に窺えたが、核は無傷でミュゼットにも怪我は無さそうだった。
そんな彼女は、帰って早々に名前を叫ぶ僕を見て、呆れたように目を細める。
「何をそんなに慌てて帰ってきていますの?」
「あっ、いや、ミュゼットの方はどうなってるかなって思って……」
「転移魔法までお使いになって急ぐほど、こちらが心配でしたか?」
「まあそりゃ、相手があのオルガンだし、ミュゼットの力もまだ覚醒したばかりだからさすがに気になってさ……。あと転移魔法じゃなくて【ファストトラベル】ね」
ただこの様子なら心配には及ばなかったみたいだ。
戦いの跡が部屋に残されているので、おそらく予想通りここにオルガンが来たのだろう。
しかし今はその姿がなく、同じ疑問を抱いたヴィオラが僕の後ろからおずおずとミュゼットに問いかける。
「あの、ピアスをつけた威圧感のある方は、ここに攻め込んできたんですよね? 今はどちらに?」
「気を失ったので自陣の城に送り返しましたわ。今ごろわたくしの従者がせっせとあの方を運んでおりますの。ここで眠られていても居心地が悪かったですからね」
その返答に、ヴィオラはわかりやすく胸を撫で下ろしている。
ヴィオラはオルガンの見た目が苦手だからね。
それにしてもミュゼットは、無事にオルガンを倒せたみたいだな。
すでに後片付けも済ませたようで、随分と余裕のある勝利だったと窺える。
僕はその結果にそこまで驚かない。今はミュゼットの絶大な力を知っているから。
「お疲れ様、ミュゼット」
「別に大して疲れていませんが、労わりの言葉はありがたく頂戴しますわ」
なんでもないと言うように肩をすくめるミュゼットに、僕は微かな笑みを向けた。
するとその時、大柄な人影が頭を低くしながら部屋の中に入ってくる。
ミュゼットがオルガンを送り返すために向かわせた従者がちょうど帰ってきたようだ。
屈強な騎士のようにも見える金色の従者は、ミュゼットの斜め後ろに位置取ると、ピタリと立ち止まって静かになった。
次なる指示を待つように何もせず動かない従者。見方によれば娘を見守る巨躯の父である。
改めてそれを見た僕は、凄まじい存在感に息を飲んだ。
「……何をじっと見ていますの?」
「いや、改めて見ても怖いくらいの威圧感だなって。これ、本当に僕たちに襲いかかってこない?」
「従者の行動はすべてわたくしの意思で決定されていますの。無用な心配ですわ」
ミュゼットはペシペシと不躾に従者の腕を叩き、安全性を主張する。
だが僕たちからしてみたらやはり未知の生物にしか見えず、ミュゼットのその行動はかなりハラハラさせられた。
次いで彼女はさらにドキッとさせてくるような一言をこちらに発する。
「それとも力の検証のために、オルガンと同じように一発ぶん殴られてみます?」
「死ぬってば! オルガンを一発でのした生き物の攻撃なんか食らいたくないよ! せっかく万全の状態で最終本戦に臨めそうなのに」
危ういことは言わないでほしい。
するとミュゼットは『万全の状態』という言葉に反応してか、無傷の僕とヴィオラを観察してからふっと微笑んだ。
「そのご様子ですと、そちらも無事に攻城には成功したようですわね」
「うん。ここから一番近くにあった城を今さっきね」
「お言葉をそっくり返すようですが、そちらもお疲れ様でした。おふたりの力ならきっと、何も問題なく終えられると思っておりましたわ」
「まあ、不意打ちみたいな感じだったけどね」
素直に褒められた手前、あまり美しいとは言えない手法だったため、ヴィオラと顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
核の守護をミュゼットに任せた僕たちは、ふたりで他のチームの城を攻め落としに向かった。
しかしどの城も守りが固く、核を探すどころか城の中に入ることもままならない戦況となっていた。
そこで僕たちは、先日考案していたひとつの妙案に打って出る。
それはヴィオラが【賢者の魔眼】によって、魔人パンデイロから習得した魔法『リバースルーム』を応用した作戦だ。
まず標的とする城を決めて、ある程度の距離まで近づく。
そしてヴィオラの射程圏内に入った瞬間に、空間転移魔法の『リバースルーム』を発動。
裏空間に入れば誰にも干渉されずに城の中にも侵入でき、そのまま気付かれずに核を捜索することも可能だ。
さらに核の場所に関してはマップメニューで確認がとれているので、迷いなく核が置かれてある部屋へと辿り着ける。
敵の警護がある中でも気にせずに核の目の前に立ち、表空間に飛び出して即座に核を叩き割った。
核を見守っていた敵が困惑し、城が音を立てて崩れていく光景を尻目に、今度は僕が【ファストトラベル】を発動。
この部屋に設置していた【トラベルポート】をすかさず選択し、僕とヴィオラはこうしてミュゼットの前に帰ってきたというわけだ。
まさに暗殺者のごとき手捌きである。
だから正面から堂々と勝ったような気はせず、ミュゼットからの称賛を素直に受け取ることができなかった。
それでも彼女はかぶりを振る。
「不意打ちみたいなものでも勝ちは勝ちですわ。無傷で済んでいるのですしこれ以上ない結果だと喜びましょう」
「まあ、それもそうだね。そもそもミュゼットの加護があるから、どの道正面から戦っても傷はつけられていなかっただろうし」
「……あまり過信されても困るのですが」
唐突に褒められたからだろうか、ミュゼットの頬が仄かに赤らむ。
謙遜することはないのにと思いながら、僕はいまだに効果が持続している自分の体の【淑女の加護】を見下ろして続けた。
「【淑女の加護】の守りは本当に頼もしいよ。猛者が集うこの闘技祭でも、打ち破れる人はいないんじゃないかな」
「私の防護魔法は自分だけにしか張れなかったので、仲間全員を守れる力はとても貴重だと私も思います」
「そ、そうですの? まあ、おふたりの力になれているのでしたら何よりですわ。とはいえ、それもこれもモニカさんのお力なくしては成り立っていない能力ですけどね」
ミュゼットは乾いた笑い声をこぼした後、不意に僕の右手の方に視線を向ける。
「他人の恩恵をいじることができる力。本来であれば無作為に散らかっている恩恵の数値を、一極に集中させることができるだなんて、見たことも聞いたこともない能力ですわ」
「私もその力のおかげでこうして戦えるようになったので、ミュゼットさんのお気持ちすごくわかります」
ミュゼットとヴィオラは顔を見合わせて微笑みを交わす。
僕自身、【パーティー】メニューの力はいまだに異質なものだと感じているので、初めてそれを見て実際に体験したミュゼットは尚更驚いたことだろう。
ただ僕も僕で、ミュゼットの潜在能力には驚かされたものだ。
まさか『頑強』の恩恵値ひとつでここまで能力が大きく左右される存在だったなんて。
まさに僕の【パーティー】メニューの恵みを最大限受けられる人材と言える。
ミュゼットは再びこちらに視線を戻すと、少し改まった様子で告げてきた。
「あなたのおかげで、戦いというものが怖くなくなりました。あのオルガンの蹴りですら、まったく痛みを感じませんでした。こんなにも強い従者まで召喚できるようになって、あなたにはどれだけ感謝しても足りませんわね」
「こっちも助けてもらってるからおあいこ様だよ」
実際ミュゼットがいなければ、オルガンないし他のチームの人に核を壊されていた可能性がすごく高いからね。
闘技祭の優勝を目指す僕たちにとって、ミュゼットはすでに頼もしくて欠かせない存在だ。
そう思って改めてこちらからもお礼を告げようとすると、不意にミュゼットの顔に翳りが落ちた気がした。
「本当に、短い夢を見させていただいている気分です」
「……」
ミュゼットはずっと手に持っていた自前の手鏡に目を落とし、鏡面を静かに見つめていた。




