御伽の国3
因果、という言葉を当然ご存知のことだろう。簡単にこの言葉の意味を説明するならば、「結果があるからには必ず原因がある」とでもなるだろうか。
どんな結果にも、必ず原因つまり理由がある。それはつまり「〈キメラ〉の特異体が迷宮にいる」という、一見すれば環境と個体が一致していない状況にもそれを説明する理由がある、ということだ。
その理由に当たる存在が、迷宮に乱立するとある岩の柱〈シャフト〉にいた。シャフトの表面はゴツゴツとした断崖になっているが、そこの少しだけ平らになっている部分に彼らは立っていた。
一人は迷宮にいるには不似合いな男だった。暗い赤褐色でボロボロになったローブを身に纏い、右手には木製の杖を持っている。まるで羊飼いのような出で立ちだ。黒い髪の毛は無造作に伸ばされ、顔はのっぺりとしていて丸眼鏡以外には特徴がない。ただ、丸眼鏡の奥の目は狂気じみた光を放ち、見る者にある種の恐れを感じさせる。
もう一人は、長身痩躯の青年だ。灰色の髪の毛は短く刈り込まれている。顔立ちは端正だが、目つきが鋭く近寄りがたい。ただその一方で、妙に気配の薄い青年だった。存在感がないのではない。自らの意思で気配を消し、影に徹しているのだ。無手ではあるが佇まいに隙がなく、もしかしたらもともと武器は使わないのかもしれない。
言うまでもなく、〈御伽噺〉と〈シャドー・レイヴン〉の二人だ。彼ら、というより〈御伽噺〉は今まさに観察の真っ最中である。
彼は左手に一冊の書物を開いた状態で持っている。ただ、その本を読んでいる様子はない。〈御伽噺〉の視線は、彼の正面に浮かぶ銀色の鏡のようなものに向けられていた。そこには二体のオーガを喰らうキメラの姿が映し出されている。
「ははは、酷い悪食だ」
そう言って〈御伽噺〉は上機嫌に笑った。いつものことなのか、〈シャドー・レイヴン〉は特に反応も見せずただ静かに佇んで後ろに控えているだけだ。
そうしている間にキメラの食事が終わった。次なる標的はすぐ近くにいる六人のハンターたちである。彼らは四人と二人に分かれ、四人はキメラを囲み二人が荷物につく。
「随分と簡単にやられてしまいましたが……」
宙に浮かぶ銀色の鏡には、片刃の大剣を使う男がキメラの首を刎ねる様子が映っている。それを見た〈シャドー・レイヴン〉は淡々とした様子でそう呟いた。同じものを見ている〈御伽噺〉に、しかし焦った様子は微塵もない。それどころかむしろ楽しそうにいっそう笑みを深くしていた。
「なあに、これからだよ、これから。今回のキメラは結構な自信作でね。この程度で終わるわけがないだろう?」
それでは観察のしがいもないではないか、と〈御伽噺〉は嘯く。あのキメラを合成し、さらに捕らえておいた魔獣を喰わせて特異体とし、そして「実験」と称して迷宮のこの辺りに放ったのは、他でもない〈御伽噺〉だった。
実験である以上、ある程度動きがないと意味がない。だからハンターが定期的に潜る場所、つまり都市国家が管理する入り口の近くに放つことは決まっていた。だが〈御伽噺〉が数ある都市国家の中でも特にこのカーラルヒスを選んだことに重大な意味はない。強いて言うならば、実験を始めようと思ったときに近くにあったのがカーラルヒスだったから、だ。狂人の行動原理とは、えてして理不尽なものなのである。
そして〈御伽噺〉の思惑通り、実験は始まった。さらにこれから最初の山場を迎えようとしている。
「まあ、見ていたまえよ。レイヴン」
銀色の鏡に映る映像を食い入るように見つめながら〈御伽噺〉はそう言った。彼が見つめるなかキメラが再生、いや蘇生する。斬りおとされた首の代りに、傷口から新たな首がはえ出てくる。失った片翼も同様だ。さらに体中の傷も瞬く間に再生していく。
「クックック……、アーハーハッハッハッハ!! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!!」
その様子を見た〈御伽噺〉は興奮した様子で声を上げた。この驚異的な再生能力こそ、彼が今回合成したキメラの最大の力である。
キメラの戦闘能力それ自体は、それほど大したことはない。四人がかりとはいえ、ただのハンターたちにあっさりと首を刎ねられてしまったことからもそれが分かる。戦闘能力や個体の強靭さについて言えば、以前にセイルハルト・クーレンズに倒されてしまった三つ首のキメラの方が圧倒的に上回っているだろう。
だがそれを補って余りあるのが、このキメラに与えられた再生能力である。傷が瞬く間に癒える、などというレベルではないのだ。先程見たとおり、首を斬りおとされてもまた生えてくる。ほとんど不死と言っていいレベルだ。
唯一弱点があるとすれば、再生には大量のマナが必要になるということだ。マナが薄い迷宮の外では、ここまで反則的な再生能力は発揮できないだろう。しかし、ここはマナが潤沢に存在する迷宮の中。もはやあのキメラに弱点は存在しないように思えた。
「……あのキメラ、倒すことは可能なのですか?」
「さて、ね。核として使っている三つの魔石を同時に砕くことができればあるいは可能かもしれないね」
ちなみにキメラの三つ目は三つの魔石をイメージしてのものだという。ただ三つの魔石を同時に砕くためには、キメラの身体を一撃で消滅させるくらいのことをしなければならないだろう。それを聞いて、〈シャドー・レイヴン〉は思わず眉間にシワを寄せた。
対人にしろ対モンスターにしろ、戦闘というのは普通体力の削りあいだ。つまりダメージを確実に蓄積していくことで相手を倒すのである。一撃で倒せるに越したことはないが、特にモンスターが相手の場合、それは難しいことが多い。
さらに言えば、難しいだけでなくそれほど意味がない。一撃で倒すということは、万全な状態の相手を倒すということだ。その場合、相手は万全な状態で反撃してくることになる。そうなると自分がダメージを負う可能性も高くなる。
だから普通ハンターたちは一撃必殺を狙うようなことはしない。遠征の性質上彼らは連戦を戦わねばならず、そのためにはまずは自分たちがダメージを負わないことが大前提になるからだ。また一回ごとの戦闘を考えてもダメージを負わせればその分相手は不利に、自分たちは有利になる。そうやって状況を少しずつでも自分たちに有利にしていけば、自ずと趨勢の天秤は傾くというのもだ。
つまり、人間の戦い方のセオリーというのは、特にモンスターや魔獣と戦うときのセオリーと言うのは、「ダメージを確実に蓄積していって最終的に倒す」というものであって、そのための訓練を武芸者たちは積んでいるのだ。一撃で相手を倒すことは、そもそも狙っていないのである。
そうなるとあのキメラと戦う場合、人間の戦い方それ自体が通用しないことになる。なにしろダメージを負わせてもすぐに再生してしまうのだから。ダメージの蓄積ができないのだ。押し切るつもりが、最終的には押し切られてしまうだろう。
(まあ、戦っていればそのうちに一撃で仕留めるほかないと気づくだろうが……)
それでも、倒すことはできまい。あのキメラは首を刎ねられても死なない。すぐに新しい首が生えてきて蘇生してしまう。ということは脳天を突き刺そうが頭を吹き飛ばそうが心臓を潰そうが死ぬことはないだろう。
製作者たる〈御伽噺〉が言うところによれば、あのキメラを倒すためには一撃で全身を消滅させるしかない。だがそのことに気づけるだろうか。気づいたとして、それだけの攻撃力を用意できるだろうか。
それは不可能なように〈シャドー・レイヴン〉には思えた。超越者たる長命種であっても、それだけの攻撃力を持っている者はわずかしかいない。少なくとも彼自身はそれだけの攻撃力を持ってはいない。
それはつまり、都市国家の武力的切り札である〈魔導甲冑〉でさえも火力不足であることを示している。
(滅ぶか、この都市も……)
特に後悔や感慨を抱くでもなく、〈シャドー・レイヴン〉は胸の中でそう呟いた。彼にとっては、いや〈御伽噺〉にとってはどうと言うこともないただの日常である。
「レイヴン、見てみたまえ。動きがあったよ」
楽しそうに〈御伽噺〉はそう話す。宙に浮かぶ銀色の鏡には、六人パーティーのうちの五人が荷物を放棄して撤退する様子が映っていた。残る一人は殿のようで、片刃の大剣を構えてキメラと睨み合っている。
「そういえば、彼はさっきキメラの首を刎ねた男だね」
そのことに気づいた〈御伽噺〉の目に興味の色が浮かぶ。
「さあ、君は何を見せてくれる?」
楽しませてくれよ、と傲慢に嘯く〈御伽噺〉の声は迷宮の中に溶けていき、それを聞いたのは〈シャドー・レイヴン〉だけだった。
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(どれくらい時間が経った……?)
突如として迷宮の中に現れた特異体のキメラ。そのキメラの気を引きながら一人で戦うウォロジスは胸の中でそう呟いた。時間の感覚はとうに狂っている。何時間もこうして戦っているような気もするし、まだ数分しか経っていないような気もする。確かなのは、蓄積していく疲労だけだった。
リヒターら五人のパーティーメンバーを逃がしたあと、ウォロジスは孤独な戦いを続けていた。相手のキメラは驚異的な再生能力を持っており、どれだけ傷を負わせても瞬く間に回復してしまう。なにしろ首を落とされてもまた生えてくるのだ。こんな化け物を自分一人で倒すことなど不可能だと、ウォロジスは最初から腹をくくっていた。
ただ、そう悪いことばかりではない。リヒターたちは完全に視界から消え、キメラもウォロジスに固執している。最低限、殿としての役割は果たせただろう。メンバーたち、特に重傷を負ったマーシャルのことは気がかりだが、リーダーであるリヒターが上手くやるだろう。このキメラのことも、きちんと説明してくれるに違いない。
そしてさらに、ウォロジスには秘策があった。成功すればキメラを倒すことは出来なくても、最低でも数時間程度は動きを封じることが出来るだろう。そしてそれだけの時間があれば、ウォロジスも離脱して帰還することができる。彼とて、なにも最初から死ぬつもりで殿を申し出たわけではないのだ。
その秘策を実行に移すため、ウォロジスはある場所に向かって迷宮の中を移動している。もちろんキメラが後を追ってくるから、移動自体が命がけだ。
ただ戦ってみて分かったことだが、キメラ自体はさほど強くはない。再生能力は驚異的で埒外なものだが、ただ戦うぶんにはいつものモンスターと大きくは変わらない。そのおかげでウォロジスはまだ生きていた。
とはいえ、倒せるわけではない。むしろ、倒すことなど最初から諦めている。だから戦闘は最小限だ。少々の傷を負わせ、動きが鈍ったところで移動し、回復したキメラがその後を追う。ずっとその繰り返しだった。しかもキメラをひきつけて置かなければならないから、全力で逃げることはできない。付かず離れず、上手くキメラの気を引きながら移動しなければならず、それが一番大変だった。
(モンスターが出現しない……。不気味ではあるが、今はありがたい……!)
ウォロジスはかなりの距離を移動しているが、その間モンスターは一度も出現していない。いつもの遠征を考えれば不自然を通り越してウォロジスが感じたとおりに不気味な状況だが、今の彼にとってはなによりもありがたかった。後ろからキメラが追って来るというのに、モンスターに道を塞がれてはたまらない。
(さて、そろそろのはずだが……)
ウォロジスの視線の先は行き止まりになっている。広場にはなっているが、その先に通路が続いていないのだ。だが、そここそが彼の目的地だった。
直径が50メートル程度の広場。その広場の真ん中に、直径が5メートル深さ3メートルほどの窪みがあり、そこには水が満杯に溜まっている。いわゆる地底湖だ。この地底湖こそ、ウォロジスの秘策に欠かせない彼の目的の場所だった。
地底湖に近づくと、ウォロジスはその縁にそってゆっくりと移動する。彼の視線は旋回しながら宙を飛ぶキメラに鋭く向けられていた。何度かその牙と爪をかわしながら、ウォロジスはタイミングを見計らう。
そしてついに動くべき時が来る。上空からウォロジスに襲い掛かるキメラ。その軌道は床に対して斜めに一直線だ。そしてウォロジスの後ろには地底湖がある。
ウォロジスは大剣を正面に構え、腰を落として迫り来るキメラを鋭く見据えた。キメラの動きがゆっくりになる。集中力が極限まで高められている証拠だ。全ての音が消える中で、自分の心臓の鼓動だけがやけにはっきりと聞こえた。
振るわれるキメラの前足を、さらに姿勢を低くしてかわす。ただし、転がることはしない。転がると次の行動が遅れるからだ。そのせいでキメラの爪がウォロジスの身体をかするが、彼はそれをまったく無視して両手に持った大剣を振り上げた。
キメラの絶叫が響く。ウォロジスが振り上げた大剣は、ちょうど彼の頭の上にあったキメラの腹に突き刺さっていた。さらに彼は力任せに大剣を振り下ろす。真っ二つに裂かれたキメラの腹から大量の赤い血が吹きだし、ウォロジスの身体を凄惨な紅に染め上げた。そして彼の背後で水しぶきが上がる。キメラが地底湖に落ちたのだ。
普通のモンスターや魔獣であれば、いや特異体であったとしても、これだけの大きな傷を負わせれば倒すことができるだろう。しかし悪いことに、このキメラは普通ではない。首を落としても再生するのだ。この程度の傷、時間を置けば回復しまた何事もなかったかのように襲い掛かってくるだろう。
だから彼は大剣を振り下ろしたあと、すぐに次の行動を開始した。素早く振り返ると、大剣を逆手に持ち直して跳躍する。そしてその切っ先を地底湖の中にいるキメラに突きたてると、ウォロジスは自分の個人能力を発動した。
「凍、れ!!」
ウォロジスの個人能力は〈クールダウン〉と言い、対象を冷たくする、さらに言えば凍て付かせる能力だ。そして直接的な戦闘や遠征の中ではまるで役に立たない能力だった。ウォロジスが自分の能力を呪ったことも、一度や二度ではない。
だがこの時この場では、換えの利かない重要な切り札だった。ウォロジスの能力が〈クールダウン〉だったからこそ、彼はこの秘策を思いつきそして実行することができたのだ。
キメラは倒せない。少なくとも自分一人では。それならば、氷の中に封じ込めてしまえばいい。それこそがウォロジスの秘策だった。
氷の封印がどれほどもつかは分からない。ともすれば一日はもたないかもしれない。だが数時間程度ならば大丈夫だろう。そしてそれだけあれば、ウォロジスは十分に戦線離脱できる。生きて帰れるのだ。
ウォロジスは迷宮の中で自分の個人能力を使ったことはほとんどないが、しかしおかしなもので迷宮の外ではちょこちょこ使っていた。ちなみに夏になると使用回数が一気に増加する。そのおかげもあってか、ウォロジスは自分の能力を全力で使うことができた。
ただマナが濃い分、迷宮の中では個人能力の効果は外と比べて段違いに高くなる。その強い手応えにウォロジスは若干戸惑いながらも、しかし躊躇うことなく全力で能力を行使し続けた。
当然、キメラは暴れる。腹の傷はまだ回復しきっておらず、地底湖はすぐに赤く染まった。ウォロジスは自身も地底湖の水に濡れながら、キメラに突き刺した大剣を決して放そうとせずに両手でしっかりと掴み能力を使い続ける。
一分か二分か。それほど長い時間ではなかっただろう。痛いほどに冷たくなっていた地底湖の水が凍り始める。そしてほんの十数秒で全ての水が凍り付いてしまった。抵抗を続けていたキメラも、血が混じった赤い氷の中で動かなくなっている。
(なんとか、なったか……)
血の気の引いた顔をしながら、ウォロジスは内心で安堵の息をついた。彼の秘策は上手く行き、キメラを氷の中に封じ込めることができた。
(さて、ここから早く抜け出さなければ……)
氷漬けになっているのは、なにもキメラだけではない。一緒に地底湖の中に入ったウォロジスもまた身体の半分以上が氷に埋まっている。
ウォロジスは集気法を使って体温を維持しながら、自分の周りの氷だけを溶かし始める。彼の個人能力〈クールダウン〉は、その能力を使って凍らせたものに限れば溶かすことも可能なのだ。ただ加減せずに全力でやると、せっかく凍らせた地底湖の氷まで溶けてしまう。だから慎重にゆっくりと、自分の周りの氷だけを溶かしていく。
(細かい制御が……。難儀だな……)
ウォロジスは苦笑する。控えめに自分の能力を使う、というのが存外難しいのだ。思えば、彼は今までほとんど迷宮の中で自分の能力を使ったことがない。言ってしまえば、そのために制御が未熟なのだ。
慣れない制御に四苦八苦しながら、ウォロジスはようやく氷に埋まっていた下半身がわずかに動く程度まで周りの氷を溶かした。ここまで来ればあと少し、と彼が思ったその時。
――――ピキッ、ピキィッ! と氷の軋む不吉な音がした。
一体なにが、と思う間もあればこそ。次の瞬間、ウォロジスの身体は宙にあった。唖然とする彼の視界の中で、砕かれた赤い氷の欠片がやけにゆっくりと舞い散る。そのさらに向こう、ウォロジスよりさらに高い位置には白い一対の翼を広げるキメラの姿があった。
キメラが、氷漬けにされていたはずのキメラが、その封印を力ずくで破ったのである。そしてその背に跨るような形になっていたウォロジスはそれに巻き込まれたのだ。
ガツン、と背中に強い衝撃が来る。集気法によって最低限の体温は維持していたとはいえ、半分氷漬けになっていた身体は思うように動いてくれず、ウォロジスは受身を取ることもできずに広場の床に叩きつけられた。
その衝撃と下がった体温のせいで上手く動かない身体をウォロジスは無理やりに起こす。迷宮に響く咆哮を追って視線を上にあげると、そこには翼を羽ばたかせるキメラがいた。切り裂かれた腹部は既に回復しているが、ウォロジスの大剣はまだ刺さったままになっている。そのせいなのか、宙にいるキメラの口からは血がこぼれていた。
キメラが一際大きな咆哮を上げる。するとキメラの身体に突き刺さっている大剣がわずかに動いた。まさか、と思うウォロジスの目の前でキメラは咆哮を上げ続ける。そのたびに大剣は少しずつキメラの身体から抜けていき、そして最後には大きな音を立てて広場の床の上に落ちた。
「見通しが……、甘かったか……」
ウォロジスは膝立ちになるが、それ以上は身体が動かなかった。足の先はまだ感覚がない。広場の床の上に転がる愛用の大剣に自分の姿が重なった。
キメラが荒々しく広場に降り立ち、そして腹立たしげに前足で床をかく。その視線が向くのは、言うまでもなくウォロジスだ。
キメラには傷一つ残っていなかった。まるで全てが無駄だったといわんばかりに、その姿は最初見たときと同じである。
(いや、無駄だったわけではない……)
少なくとも、時間を稼ぐことは出来た。リヒターたちは無事に帰還できるだろう。
キメラが迫る。ありったけの殺意をたぎらせて。ウォロジスの身体は、動かない。
「アリー、クルル……、愛している……」
彼はそっと、目を閉じた。
ひとまずはここまでです。
続きは気長にお待ちください。




