取り戻した記憶
「パーティーの最中も話しかけようか迷ったけれど、どうしても言い出せなくって……。でもお前はルネ村出身で、王都で会うこと自体奇跡だと気付いて、一回声をかけようとしたんだが」
ギルベルトが私に声をかけるよりも先に、エルク殿下が話しかけたようだ。
「俺がうだうだと悩んでいたせいで、エルクの野郎に機会を奪われてしまった。でも、幸いと言うべきか、お前は会場を抜け出して軽食ルームに駆け込んだ」
今度こそ最後だ。そう思いながらギルベルトは接近したようだが、いざ、私を前にすると伝えるべき言葉が出てこなかったという。
「お前が首を傾げるのを見たら頭が真っ白になって――とんでもないことを言った」
その言葉はしっかり覚えている。
「〝おい、王弟に相手にされたからと言って、調子に乗るなよ!〟でしょう?」
「一語一句違わずに覚えているじゃないか」
「印象的だったから。私はエルク殿下の相手に選ばれて驚いて、居心地が悪かったから軽食ルームに逃げ込んだのに、そんなことを言うんだもの」
なんでもギルベルトは私がエルク殿下と二人っきりになるために軽食ルームへやってきたものだと思っていたようだ。
「……俺のせいだ」
「何が?」
「お前が事件に巻き込まれたのは、俺が追い詰めるようなことを言ったから」
「違うよ!」
たしかにギルベルトの言葉をきっかけに会場をあとにした。でも、事件に巻き込まれたのは私の判断である。
「あの日、私は――」
突然、記憶が蘇る。頭がズキズキ痛んだが、我慢できないほどではない。
「うっ――!」
「大丈夫か?」
「平気……。それよりも、思い出した」
私はツィツェリエル嬢に絡まれていたアンナ・フォン・サイゼルが血を流して倒れているのを発見し、エナジー・ヒールを施したのだ。
これまでどこで起きたものなのか分からなかったが、現場もしっかり思い出せた。
「アンナ・フォン・サイゼルだって? 彼女にエナジー・ヒールを施した、と?」
「え、ええ」
そのあと、私の視界は真っ暗になって、背中に強い衝撃を覚えた。
「誰かに刺されたような……。でも、あの感じは領地で濃いボースハイトが漂う中にいたときの感覚に似ていた」
そして蘇る。
意識が途切れるに魔物みたいな咆哮と、女性のヒステリックな叫び声、それからツィツェリエル嬢がそこにいたという記憶が――。
「現場にツィツェリエル嬢がいた。ざまあみろって、感情を爆発させたような声で叫んでいたの」
「アンナ・フォン・サイゼルに言っていたのか?」
「いえ、そんな感じはなかった、と……」
あの日、ツィツェリエル嬢とサイゼル夫人は何かトラブルを起こしているように見えた。彼女がツィツェリエル嬢に頬を叩かれている場面は鮮明に思い出せる。
けれどもどうしてか、ツィツェリエル嬢はサイゼル夫人以外の人に何か言っていたように思えてならないのだ。
「お前の記憶をまとめると、その場にいたのはアンナ・フォン・サイゼル、ツィツェリエル、それから魔物、か?」
「ええ、そう」
なんの魔物だったのか記憶にない。ただ悍ましい咆哮だけが記憶にこびりついているだけである。
「背中に攻撃を仕掛けたのは魔物か、それとも別の第三者なのか?」
「それも記憶にないの」
ただただ猛烈な痛みに襲われた、としか記憶にない。
「いるとしたら、アンナ・フォン・サイゼルの夫か?」
「ええ」
ジャック・フォン・サイゼル――ツィツェリエル嬢に心酔していて、妻であるサイゼル夫人を蔑ろにするような態度でいたような……。
ここで彼の異変について思い出す。
「そういえば、サイゼル伯爵の顔に黒い靄がかかっているのを見たんだけれど、今思えばあればボースハイトだったのかもしれない」
「顔に黒い靄だと!?」
「え、ええ」
「それは魔物化の前兆だ」
ボースハイトに支配され、精神汚染が進んで我を失っているような状況だという。
「まさかサイゼル夫人は魔物化したサイゼル伯爵に襲われた!?」
「その可能性はおおいにある。お前が目にしたという黒い靄が見間違えでなければ、だがな」
本当に見たのか、と言われると自信がない。エルク殿下とダンスを踊った影響で、あの日の記憶は曖昧なのだ。
「あ、でも、ヴェイマル家の領地で見たオプファーの住民も、顔の辺りに黒い靄が漂っていたような」
「あそこは魔物化しかけている奴らが送られる村だからな」
黒い靄をまとうサイゼル伯爵と、オプファーの住民の様子は一致している。
現場にいた魔物はサイゼル伯爵で間違いないのだろう。
「ならばあの日起こったのは、ツィツェリエルと何かトラブルを起こしている最中に、サイゼル伯爵が魔物化、ツィツェリエルはどこかに逃げ隠れ、サイゼル夫人のみが攻撃を受け負傷。魔物がツィツェリエルを追ったのか不在、その中でお前がケガをしたサイゼル夫人を発見し、エナジー・ヒールで傷を治した。そのあとお前はサイゼル伯爵の攻撃によって倒れ、現場に戻ってきたツィツェリエルが〝ざまあみろ〟と口にした」
ギルベルトが整理してくれた状況を聞くと、妙にしっくりくる。おそらくそれで間違いないのだろう。
「ツィツェリエルはサイゼル伯爵にざまあみろ、と言ったのか?」
「いいえ、もう一人――」
いたような気がするが、記憶に靄がかかっていて思い出せない。
「もう今日はいい、考えるな」
「いえ、もう少しで思い出せ――ううっ!!」
頭がズキンと強く痛んで視界が真っ白になる。私はそのまま気を失ってしまった。




