ギルベルトと
ギルベルトが調べた情報によると、エルク殿下が五十名ほどの使用人を解雇したらしい。
お屋敷の半分の使用人達がいなくなったのだ。大丈夫なのか……なんて他人を心配している場合ではなかった。
テアは私付きのメイドとなり、チェルシーは洗濯、クララは蒸留室、アビーはキッチンと、これまでと同じ仕事をすることになったようだ。
すべてギルベルトが手配してくれたらしい。感謝しかない。
夜、仕事から戻ってきたギルベルトと言葉を交わす。
「ギルベルト、テア達のためにいろいろ動いてくれたみたいで、本当にありがとう」
「大したことじゃない」
「いやいや、大したことだよ」
ギルベルトはいろいろしてくれているのに、何も返せるものがない。なんて言うと、別に必要ないと切って捨てるように言われる。
それを聞いてしょぼんとしていたら、ギルベルトが少し焦った様子で弁解し始める。
「いや、なんつーか、必要ないというのは語弊があって、普段、いろいろしてくれているから何もしなくてもいいっていうか、なんというか」
だんだんと声が小さくなっていく。いつも尊大で偉そうなギルベルトがらしくない。
彼の言葉の真意について、アンゼルムが補足してくれた。
『つまり、ルルがギルベルトの傍にいるだけでありがたいってことなのよ!』
いつもだったらアンゼルムの言葉を否定したり文句を言ったりしているのに、ギルベルトは何も言わない。
もしかしたら本当にそう思ってくれているのだろう。
「そう、だったら光栄だな」
ただ誰かに必要とされればされるほど、私の心は悲鳴を上げていた。
なぜならば、この体はツィツェリエル嬢のものだから。
「私はいつか、いなくなるから」
「いなくなるなよ」
ギルベルトは真剣な様子で言ってくれる。素直じゃない彼がそう言ってくれると嬉しい。
「でもこの体はツィツェリエル嬢のもので、いつか返さないといけないから」
「別にいいだろうが。ツィツェリエルは生きたくないって言っていたんだろう?」
アンゼルムから聞いたのだろうか? その話を聞いていると、切なくなる。
「たぶんだけれど、ツィツェリエル嬢は誰かに助けを求める術を知らなくって、希望を抱けない毎日に絶望して、そう言っていただけだと思うんだ」
きっとツィツェリエル嬢は心の奥底から死を望んでいたわけではないのだろう。
今は以前の状況とは異なる。
もしもツィツェリエル嬢が戻ってきたらアンゼルムは放っておかないだろうし、テア達もツィツェリエル嬢に心を寄せてくれるに違いない。
「ギルベルトも、ツィツェリエル嬢に優しくしてくれるでしょう?」
私にしてくれたみたいに、面倒を見てくれるだろう。
そう思っていたのだが――。
「しない。お前じゃないから」
「ツィツェリエル嬢は家族なのにどうして?」
「あいつは俺に干渉しようとしなかった。そんな相手の面倒を見てやれるほど暇じゃない」
「そんな……」
ギルベルトが私に優しくしてくれるのは、気の毒に思っているからだと決めつけていた。
私よりも恵まれていない環境にいたツィツェリエル嬢のことも、支えてくれると信じていたのに。
「これまでよくしてくれたのは、私が弱々しくってすぐに潰れてしまいそうだからだったの?」
ツィツェリエル嬢は一見して強く見える。けれども内面は脆く、繊細な感性の持ち主なのだろう。
だから優しくしてほしい。そう訴えようとしていたら、ギルベルトは目を丸くして言った。
「お前が弱々しいだって!? んなわけあるかよ! 初めて出会った夜会で俺に言い返したのを忘れたとは言わせないからな」
「あ!」
そういえばそうだった。
「俺がお前とこうやって関わり合っているのは、お前が俺のことを気にしていろいろ面倒を見ているからだよ! どうして俺に興味すら抱かないツィツェリエルのことを気にしなきゃいけないんだ。わけがわからない。つーーか、いなくなるな、って言っているだろうが!!」
ギルベルトは私の手を握り、怒りの形相で訴えてくる。
こんなふうに怖い顔で引き留める人なんて、世界中探してもギルベルトだけだろう。
「ツィツェリエルとの入れ替わりについては、お前が満足するまで調べるし、犯人もしょっぴいてやる。ツィツェリエルに対して罪悪感があるなら礼拝堂で一緒に祈ってやるし、墓参りもする。だから、だからいなくなるとは言わないでくれ……頼む」
いつもの命令ではなくって、初めて懇願された。
偉そうに言うだけだったら無視できるのに……。
この体がツィツェリエル嬢のものだ、という事実もなかったことにできないのだ。
「私……私はどうすればいいの?」
「落ち着け。お前はそのままでいい、何も気にすることはない。今の状況を受け入れて、元気に暮らせばいいんだ」
「ツィツェリエル嬢は?」
「あいつは――」
どうにもならない状況なのだろう。ギルベルトは私に言うべき言葉が見つからないようだ。
「少し考えさせてほしい」
「うん、ありがとう」
頭ごなしに怒って無理にでも言うことを聞かせることもできるのだろう。
けれどもギルベルトはそうしなかった。
きちんと考えてから答えを出すという判断をしてくれたことを、心から嬉しく思う。




