緊張の面談
ミセス・ケーラーの足音が聞こえなくなる前に、ギルベルトは文句を口にする。
「あの女、ふざけているのか!?」
「うーん、なんだろう。最後のあがきというか、なんというか……」
今になって、ミセス・ケーラーにテア達のことを聞いておけばよかった、と思う。
これから交渉するのですぐに会えるだろうが、彼女達が何を思い、どう過ごしてきたのか知りたかったのだ。
「まあ、何はともあれ、そろそろ親玉が登場するわけだな」
「エルク殿下ね」
お願いだからエルク殿下の前でだけはしっかり敬意を払ってほしい。
いつか不敬罪で捕まってしまうのではないか、とハラハラしてしまうのだ。
「いいか? 何があっても慌てずに堂々としているんだ。相手に動揺を見せたら、それが付け入る隙になるからな」
「わかった」
ギルベルトの表情が一瞬で引き締まる。その後、コツコツコツ、と足音が聞こえてきた。
エルク殿下がやってきたようだ。
「ふたりとも、よくきてくれましたね」
にこやかに歓迎していたエルク殿下だったが、少し痩せたように見える。
食事もまともに取れていない、というミセス・ケーラーの話は本当だったようだ。
護衛と上級従僕は廊下で待機させ、エルク殿下だけが客間に入ってくる。
客はこの前一戦を交えたギルベルトなのに、護衛を置いてきてもいいのか。
信用している、という態度の表れなのか。それともギルベルト相手に護衛なんぞ必要ない、という自信の表れなのか。
こうしてエルク殿下を前にすると、本心を笑顔で隠しているように思えた。
「婚約、おめでとうございます」
特別な紅茶と茶菓子を用意してくれたらしい。
エルク殿下がぱんぱんと手を打つと、メイド達が荷車を押して入ってくる。
婚約を祝し香り高い紅茶と、ロベリアの花をモチーフにしたクッキーを用意したという。
「どうぞ召し上がってください」
「いただきます」
ギルベルトは何も言わずにクッキーを食べ、紅茶を飲み干す。
マナーがなっていない行為だが、エルク殿下はにこやかな様子を崩さなかった。寛大なお心に感謝したのは言うまでもない。
「お二人が婚約すると聞いて、本当に驚いて……」
それはそうだろう。私は社交界デビューの場でギルベルトに絡まれ、その場をエルク殿下に助けられたのだ。
そこから婚約に発展するなんて、誰も予想できなかっただろう。
「使用人達が、ルル嬢がヴェイマル侯子に弱みを握られ、婚約したのではないか、と訴えてきて」
その言葉を聞いたギルベルトは、ふん! と鼻を鳴らす。
エルク殿下の前なのに、態度が非常によろしくない。親の顔が見てみたいと思った。けれども瞬時に毎朝のごとく食堂で見ていたなと思い出す。
「二人の馴れ初めを聞いてもいいですか?」
きた、この質問!!
アンゼルムから絶対に聞かれるから考えておくように、と言われていたのだ。
「えーっと、出会いはエルク殿下もご存じの、社交界デビューの場でして」
第一印象は最悪でケンカばかりしていたけれど、関わっていくうちに意識するようになって――。
まるでロマンス小説のお決まりのような展開である。
ペラペラと私ばかり喋っていたからか、エルク殿下は不審に思ったのかもしれない。
あろうことか、ギルベルトに質問を投げかける。
「ヴェイマル侯子はルル嬢のどんなところに惹きつけられたのですか?」
ギルベルトは自分が標的になるとは思っていなかったのだろう。目を丸くしている。
「どうかお聞かせください」
エルク殿下からここまで言われてしまったら、適当にはぐらかすわけにはいかないだろう。
お互いの好きなところは考えておくようにしよう、と打ち合わせしていた。
けれどもどんなところに惹きつけられたのか、というのは難しい質問だ。
なぜかと言えば見た目でなく、内面についても語らないといけないからだ。
ギルベルトは答えることができるのだろうか。
このような難しい問いかけをするエルク殿下相手に憤っているのではないのか、と横顔を見たら、案外冷静な様子でいた。
さらに彼は想定外の質問に答え始めた。
「最初に惹きつけられたのは、負けず嫌いの態度だった。普通、初対面の男相手に言い返す女なんていないと思っていたんだが――」
その当時の私は怖いもの知らずだったのだろう。今、危ない雰囲気の男とぶつかったら、大げさに謝って逃げていた。
「清らかな輝きを放つ瞳に、くるくると変わる表情、薔薇色に染まる頬は美しく、小鳥のさえずりのような笑い声、太陽みたいな温かな微笑み、そのどれもが魅力的で、強く惹きつけられた」
百点満点中、一億点くらいの完璧な答えではないだろうか。
正直、ギルベルトにロマンス小説みたいな語彙があったことに驚きを隠せない。
ロマンス小説の台詞を丸暗記してきたのか。
偉い、偉いと褒めたくなる。
それはそうと顔が熱い。
ギルベルトが私の顔を見ながら答えたので、本当に言われているように錯覚しているからだろう。別にこちらを見なくてもいいのに。
ギルベルトの返答でエルク殿下は納得してくれたのだろう。それ以上追求するようなことは言わなかった。
「実を言えば、ルル嬢がヴェイマル侯子に脅されて婚約したんじゃないか、と疑っていたんです」
私の返す言葉が完璧だったので思い違いだったかと判断したようだが、念のためにとギルベルトにも質問を投げかけたらしい。
「疑ってすみませんでした。お二人は心から互いを思い合い、愛し合っていたのですね」
愛なんて言葉を聞くと、どこかムズムズしてしまう。
ギルベルトは単に演技をしているだけなので、どこか申し訳なく思ってしまうのかもしれない。
「ここまで聞かせていただいたら、お二人のことを応援しなければならないですね」
その言葉を聞いてホッと胸をなで下ろす。
同時に、エルク殿下の食欲がもとに戻りますように、と祈った。
渡しそびれていたお土産の花束とお菓子を渡す。するとエルク殿下は喜んで受け取ってくれた。
無事、婚約報告は済んだので、あとはテア達をお迎えする交渉に移ろう。
エルク殿下もわかっていたのか、すぐに話し合いを開始する。
「うちの使用人を迎えたいと聞いたのですが」
「はい!」
私の部屋付きメイドだったテアに洗濯メイドのチェルシー、蒸留室メイドのクララ、キッチンメイドのアビーの四名である。
「わかりました。ミセス・ケーラーに話をしてもらったのですが、四名ともぜひともルル嬢のもとで働きたいと言っているようで」
その話を聞いて安堵する。もしかしたら継続してエルク殿下のもとで働きたい、と望む子もいるかもしれないと思っていたのだ。そのときは引き抜かないでおこう、と決めていた。
「それでこちらの書類を交わしてもらい――」
ドタバタと押しかけるような足音が聞こえる。そして扉の向こうから、慌てたような家令の声が聞こえた。
「エルク殿下、大変です! ルル嬢が使っていた部屋にあった金庫が暴かれ、中にあったハートのチョーカーが紛失したそうです!!」
ミセス・ケーラーが違和感を覚え、発見したという。
大事件だ、とギルベルトと顔を見合わせた。




