お出かけの前に
もしかしたら王都へやってきてから、初めての散策かもしれない。
ツィツェリエル嬢が持つドレスの中で比較的地味で動きやすいデイ・ドレスを選び、髪型はサイドを三つ編みにして後ろでまとめるハーフアップにした。
化粧はしなくていいので、改めて便利な魔法だと思ってしまう。
約束の時間の五分前にエントランスに行こうとしたら、窓がトントン叩かれる。
「あ、ギルベルトだ」
こっちにこい、と手招きしていた。
『あの子、窓を出入り口と勘違いしていない?』
「してるかも」
窓を開くと、そこにはギルベルトだけでなく鷹獅子もいた。
「もしかしてその子で行くの?」
「そうだが」
「待って。私はハティに乗っていくから」
「は? あいつになんか乗れるわけないだろうが」
『乗れるよ!』
ハティは窓から外に飛んでいくと、巨大化する。
「うわ、なんだそれ!?」
『えへへ、すごいでしょー?』
「なんでそんな能力があるの、今まで黙っていたんだよ」
『黙っていたんじゃないよ。ルルと契約したら、できるようになったんだー』
そうだったのか。と今になってハティの能力について耳にする。
「他にどんなことができるんだ?」
『ブレスが吐けるよ!』
「竜みたいじゃないか」
これも初耳である。ハティに攻撃能力があったなんて。しかもブレスだ。
「他には?」
『うーーんとねえ、かわいい!』
「なんじゃそりゃ」
たしかにかわいいはハティ一番の能力だろう。
「とまあそんなわけだから、私はハティに乗るね」
「いや、鷹獅子だけでいいだろうが」
「ハティもたまには外に連れて行ってあげたいから」
というのは建前で、以前、二人で乗ったときに落ち着かない気持ちになったので、別々に行きたかったのだ。
別にギルベルトが嫌いだから言っているのではない。
『あたしは今日は留守番させていただくわ』
アンゼルムがそう言うと、ギルベルトは意外そうに見つめる。
『何よ』
「いや、一緒についてきてあれこれガミガミ言いそうだったから」
『移動が早い生き物についていくのは大変なのよ』
「お前も鷹獅子に乗ればいいじゃないか」
『あなたね、猫の体の構造をわかっていないの? どう見ても跨がることなんてできないでしょうが』
「言われてみればたしかに」
アンゼルムはがっくりうな垂れ、『なんだか喋っただけで疲れたわ』と言う。
きっと同行しないのはある程度ギルベルトを信用しているからだろう。アンゼルムも素直じゃないところがあるものだ。
「じゃあ、アン、行ってくるね」
『楽しんでいらっしゃい』
「ええ! アンも一人の時間を楽しんで」
『あら、あたしはあなたと過ごすほうが楽しいのに』
そんなことを言われると、離れがたくなる。
「そういえばアンは子猫とかになれないの?」
『なれるわ』
「だったら、子猫になって私の鞄に入るのはどう?」
『連れていってくれるの?』
「もちろん」
『だったら、お言葉に甘えようかしら』
アンゼルムの体が光に包まれ、シルエットがどんどん縮んでいく。
最終的に家猫サイズとなった。
「うわあ、かわいい! 普段も天才的にかわいいけれど!」
『ふふ、ありがとう』
アンゼルムのふわふわの体を持ち上げる。信じられないくらい軽くて、ミルクみたいないい匂いがした。思わず頬ずりしてしまう。
『ルル、くすぐったいわ』
「あまりにもかわいくってつい」
鞄に入れてあげると、体にフィットするからか落ち着くと言っていた。
「おいお前ら、早くしろよ」
「はーい」
窓の前に椅子を置き、窓枠に足をかけて外に出ようとしたら、ギルベルトが手を差し伸べてくれた。
「手、貸してくれるの?」
「お前が転んでぐすぐすしだしたら、予定が崩れるからな」
「ありがとう」
ギルベルトはぐっと手を握って引き上げるだけでなく、空いていた腕を腰に回して抱き上げるように窓から下ろしてくれた。
「ひゃあ!」
「おい、変な声を出すなよ」
「だって、手を貸してくれるだけだと思っていたから!」
「けっこうな高さがあるから、下りられないと思ったんだよ」
「下りられるよ! 木から飛び降りたこともあるし!」
「とんでもないお転婆娘だな!」
田舎の貴族令嬢を舐めないでいただきたい。窓から外に出るなんて、難しいことでもなんでもないのだ。
「というか、ギルベルトが窓から外に出るように言ってくるのが悪いと思う」
「なんでだよ。こっちのほうが近いじゃないか」
「そうだけれど!」
私はいいけれど、他のご令嬢にはしないでほしい、と言っておく。
「幸いにも私は窓から外に出ても怒られない家柄だけれど、普通のご令嬢は無理だから」
「いや、お前以外のご令嬢を窓から誘う状況っていつあるんだよ! お前という婚約者がいるのに!」
「そっか、ありがとう」
私と婚約を結んでいる間は、誠実なお付き合いをしてくれるらしい。
「いきなり殊勝な態度になるなよ」
「だって、本当の婚約者みたいな扱いをしてくれるから」
「本当の婚約者だろうが。あんなに派手に報道させて、実は違いました! って言うわけないのに」
「うん、でも、この体はツィツェリエル嬢のものだから、本当に結婚するわけでもないのに、真剣に婚約者として振る舞ってくれるんだな、って思ったらなんだか――」
嬉しくって。という言葉は呑み込んだ。
言ったら元に戻れないような気がしたから。なぜ、そう思ったのかはわからないけれど。
「言いかけるなよ、気持ち悪い」
「いいえ、なんでもないの。とにかく、本当の結婚相手には、窓から迎えにきたらダメだからね、って言いたかっただけ」
「はいはい、わかったよ」
どこか投げやりで私の話を聞いていないような返答だったが、これ以上言い合いをしても時間の無駄だろう。
『ごめんなさいね、ルル。あの子、子どもなのよ』
「おい、聞こえているからな! 子どもなのはお前の体だろうが!」
『そういうふうにガミガミ言い返すところが子どもなのよ』
「なんだと!?」
どうどう、と二人の間に割って入り、そろそろ出発しようと促す。
私は久しぶりにハティの背中に横乗りで座った。
ふかふかのクッションみたいで、座り心地は最高である。
契約の繋がりがあるため、鞍がなくとも落ちることはないらしい。
「ハティ、よろしくね」
『任せるなりぃ~~!』
先にギルベルトが騎乗する鷹獅子が出発した。ハティもあとに続く。
お出かけの始まりだった。




