報告書を書こう!
私、ルル・フォン・カステルは平々凡々なルネ村出身の田舎貴族! 社交界デビューはちょっぴり遅れて十八歳の冬にしたの。
華やかな王宮で当日を迎えたんだけれど、ギルベルトっていういけ好かない男が私にぶつかってきて、ケンカを売ってきてから気分は最悪!
けれどもすてきな青年、エルク殿下が私を助けてくれたのよ。
ギルベルトは負け犬みたいに会場から逃げていったの。
ホッとしたのもつかの間のこと。エルク殿下から助けてもらった私は参加者から嫉妬されて戦々恐々。
それだけではなくって、社交界の裏ボスであるツィツェリエル嬢を目撃し、あまりの迫力に震え上がってしまったわ。
でも、そのあと社交界デビューの謁見式でエルク殿下が優しく声をかけてくれたの。
気分はハッピーだったのに、婚約者なんていなければダンスパーティーの相手すらいない私は、壁の花決定……。
きっと参加者に影でくすくす笑われるに違いない。そう思っていたんだけれど、奇跡が起きたの!
なんと、エルク殿下が参加者の前でお披露目するダンスのパートナーとして選んでくれたのよ。
皆の羨望の眼差しが突き刺さるけれど、そんなの気にしない。
素敵な思い出になった。
その後、王宮を出て家路に就いていると――ワタシハ、イツノ間ニカ、ツィツェリエル嬢ニ、ナッテイテ……。
『まるでホラー小説の導入じゃない』
「私、被害者その一だよね……」
社交界デビューで浮かれて事件の最初に殺される、物語の終盤には名前すら忘れられるような登場人物そのものだ。
ヴェイマル家の領地から戻ってきたあと、私はギルベルトから社交界デビューの当日に何が起こったのか報告書を作成するように言われていたのだ。
真面目に考えようとすると頭がズキズキ痛んでなかなか進まないので、アンゼルムが小説風に書いたらどうか、と提案してくれたのである。
『一昔風の作風だけれど、なかなか上手じゃない』
「そう?」
『あなたも何か物語を書いてみたら?』
「それもいいかも」
生きた証として何か遺せたら、とぼんやり考えていたのだ。
家族への手紙にしようか、と思っていたけれどもしかしたら悲しませてしまうかもしれない。
それよりも誰かが楽しんでくれるかもしれない物語のほうがいい。
『あたしが一番の読者になるから、絶対読ませてね』
「もちろん」
どんな話を書こうか。
清らかで美しいお姫様が敵国の国王と禁断の恋をする物語がいいのか。それともどこにでもいるような平凡な女の子が、王子様に見初められる物語がいいのか。
なんて考えかけて、平々凡々な私がエルク殿下に優しくされても、申し訳なくなるだけだったな、と現実を思い出してしまう。
やめた、やめた。
恋物語ではなくって、別の話にしよう。
失敗した報告書の裏にさらさらと書いていく。
それは夢みる少女が優しくて大きな猫に乗って冒険に行く物語だ。
猫の髭を剣に変えて大きな蟻と戦ったり、蜂蜜の実を使って大きなパンケーキを作ったり、宝石のように輝く湖で真珠の鱗を持つ魚を釣ったり。
三枚分の短編だったが、アンゼルムは夢中になって読んでくれた。
『ルル、これ、面白いわ! 絶対どこかの出版社に送ったほうがいい!』
「そ、そう?」
『ええ、きちんとした原稿用紙に書いて送りましょうよ』
素人が趣味で書いたものでしかないというのに、アンゼルムは絶賛してくれる。
「原稿を入れる大きな封筒は――ツィツェリエル嬢は持っているわけないよね」
『ギルベルトに頼んで買ってきてもらいましょうよ』
「なんかあの人、私が小説を書いてるなんて言ったら、鼻先で笑いそう」
『もしも笑ったら、このあたしが頬を打ってあげるから』
「アン、ありがとう」
でも暴力沙汰は止めてほしい、と切に願った。
『ねえルル、この物語のモチーフって、もしかしてあたしとツィツェリエルなの?』
「わかっちゃった?」
『そうなんじゃないか、って思いながら読んでいたの』
アンゼルムの瞳がだんだんうるうるしてきたのでギョッとする。
「ど、どうしたの!?」
『いえ、この物語の中では、不幸な子どもはいないんだな、って思ったら嬉しくって』
「アン……」
子どもは大人の愛情たっぷりな中、大好きなもので溢れ、楽しい毎日でいてほしいし、世界中の猫ちゃんは暖かい寝床でぬくぬく寝て、たくさん遊んで、お腹いっぱいになってほしい。
そんな願いが込めた物語だった。そしてこっそりツィツェリエル嬢とアンゼルムをモデルにしたのである。
感受性豊かなアンゼルムはすぐに気付いてくれたようだ。
『もしもまたどこかであの子みたいな子に会ったら、あたしの背中に乗せて、世界中を旅したいわ。ルルが書いた物語みたいに、旅先でおいしい物を食べて、ゆっくりお昼寝をして、焚き火を囲んで釣った魚を串焼きにするの。すっごく楽しそうでしょう』
そんなことを言うアンゼルムを、私はぎゅっと抱きしめたのだった。
約束した時間にギルベルトはやってきた。
短編を書いていた上にアンゼルムとお喋りしていたので、報告書なんてできていない。
「お前、こんだけ時間を与えたというのに、報告書の一枚も書けないなんて」
『一応、あるっちゃあるのよ』
アンゼルムはそう言って私が書いた小説風の報告書を提出する。
それはだめ! と取り上げようとしたものの、ギルベルトは手を高く上げて読み始めてしまった。
「なんじゃこりゃ」
そう言うとわかっていたので、読ませたくなかったのだ。
「報告書を書くのが難しかったから、物語みたいにして書いてみたの!」
「俺のこと酷い悪人みたいに書いているじゃないか」
『ぶつかってきておいて、謝らずにケンカを売るような奴は悪人で間違いないわ』
アンゼルムにそう言われ、ギルベルトは返す言葉が見つからなかったようだ。
「まあ、あのときはすまなかった」
「私もぼーっとしていて、注意散漫だったから、どっちもどっちだよね」
こちらからも「ごめんなさい」と言って謝る。これであのときの因縁は解消された。
『最初から謝っていればよかったのに』
「今謝ったからいいだろうが」
『はいはい』
意外にも物語風の報告書は受理された。
「書き直さなくてもいいの?」
「まあ、事情はわかったから」
ギルベルトは報告書をぐちゃぐちゃに丸め、暖炉の中に放り込む。
誰かに知られたらいけない情報なので、こうするのが正解なのだろう。
「ん、こっちのは書き損じか?」
「あ、それは――」
あろうことか、ギルベルトは私が書いた短編を手に取ってしまう。
「それは趣味で書いたやつなの」
「報告書が間に合わないって、こんなのを書いているからじゃないか」
ギルベルトの指摘にぐうの音も出ないような状況となる。
返してくれと手を伸ばすも、ギルベルトは高く掲げて読み始めてしまった。
取り返そうと追い回すうちに、ギルベルトはすべて読んでしまったらしい。
笑って返すかと思いきや、意外な反応をしてきた。
「お前、文才があるんだな」
「え?」
「さっきの物語風の報告書も読みやすかったし、これも物語として拙い部分があるが、強く引きつけられるものがある」
『そうでしょう!?』
アンゼルムが身を乗り出して言葉を返す。
『あなた、わかっているじゃない』
「まあ……そうだな」
『この物語を、どこかの出版社に送ろうと思っているの! それで原稿を入れて送る大きな封筒を買ってきてくれないかと思って』
「それならある」
屋敷に買い置きがあるというので、あとで持ってきてくれるという。
「暇なときに持ってくるから」
「本当!? ありがとう!!」
三十分後、メイドがやってきてギルベルトから預かった封筒を持ってきてくれた。
相変わらず、要望に対して迅速に対応してくれる男性だった。




