ヴェイマル家の善行
「しかしルビーのチョーカーとやらは、不気味だな」
ボースハイトを回収し、いったい誰が何に使っていたのか。
「おい野良猫」
『アンゼルム!』
「どっちでもいい」
『よくないわよ』
ギルベルトはアンゼルムと言い直してから質問する。
「ツィツェリエルは誰にボースハイトを提出していたのか?」
『ご当主様だと思っていたけれど』
「親父か?」
『ええ』
一度、アンゼルムはツィツェリエル嬢に、集めたボースハイトはどうするのか、と聞いたことがあったらしい。
『そのとき、〝主様に渡す〟って言っていたのよ』
「主様、か」
ツィツェリエル嬢はヴェイマル侯爵のことを普段からも主様と呼んでいたという。
『ボースハイトの利用方法について、何か知っているの?』
「いいや、知らない。もしかしたら当主しか知らない秘密があるのかもしれない」
ヴェイマル侯爵について、念のため警戒しておくようギルベルトから注意を促された。
「ルビーのチョーカーはどこにあるんだ?」
「エルク殿下のお屋敷にある金庫の中なんだけれど」
私の魔力を感知しないと開かないシステムだと説明するも、安心できないと言われてしまう。
「それはあくまで金庫の所有者が設定したものだからな」
「意味がないってこと?」
「まあ、そうだな」
早めに回収にいったほうがいいという。
「その場合って、お屋敷に潜入的なことになるの?」
「当たり前だ。お前はエルクの野郎を裏切ったんだから」
「う、裏切ってはいないよ」
「裏切ったようなもんなんだよ」
屋敷を訪問して平和的に私物を返してもらう、というのは難しいらしい。
「うう、盗人の真似事みたいなことをしなければならないなんて」
「仕方がないだろうが。お前はエルクの野郎ではなくって、俺を選んだんだから」
なぜか勝ち誇ったような顔で言われ、腹が立ってしまう。
けれども我慢だ、とぐっと感情を押し殺した。
『ルル、大丈夫よ。あたしが姿消しの魔法をかけてあげるから』
「アン、ありがとう」
やはり、頼りになるのは私の大きな猫ちゃんだ、と思ったのだった。
◇◇◇
その後、ギルベルトはオプファーの街を改めて案内してくれた。
とは言っても街中は危険なので、主に管理施設を見学するらしい。
移動はギルベルトの使い魔である鷹獅子で行う。巨大化したハティでもできるのだが、よく眠っていたので起こさないでおいた。
鷹獅子は人なつっこく、私が近づくとくるくるとかわいらしい声で鳴いてくれる。嘴の下をかしかし撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めていた。
鞍を載せた鷹獅子の背中は安定感があり、低空飛行なのでそこまで怖くない。
ただ、ギルベルトと一緒に乗って、妙な気持ちになる。
ここまで密着することなんてなかったので、どぎまぎしてしまった。
どうしてだろうか。エルク殿下のときは申し訳なさしか感じなかったのに……。
いやいや、こんなことを考えている場合ではない。視察に集中しなくては。
オプファーの地下には住人用の食料やシーツやタオルなどの生活物資、回収した大量のゴミや廃材を保管する管理施設があった。きちんと街中を管理している、何よりの証拠である。
兵士達も柄が悪く見えたのに、ギルベルトと話している様子は好青年に見える。
ガチガチの装備に身を包み、武器を持っていたので恐ろしく思ってしまったのだろう。
農作業をする人々が住む街も案内してもらった。
ここにも高い塀があるものの、内部は普通の街みたいだった。
お店や食堂などもあって、ごくごく普通に機能していた。
もう一つ、小さな村があるらしい。ここには塀がなく、少数の人々が平和に暮らしている。
「この村は保持者の家族や、ボースハイトの影響がなくなった人が生活を営んでいる」
ボースハイトの影響がなくなり、問題行動を起こさなくなった者は社会復帰できるという。
「まあ、社会復帰といっても、ヴェイマル家の商会に入会するのが大体のパターンだが」
「商会!」
「どうした?」
「いえ、以前、エルク殿下のお屋敷の使用人から、ヴェイマル家は規模の大きな商会を持っていて、魔物を造って儲けている、なんて話を聞いていたから」
「そんな噂話も流れているのか」
「そうみたい」
この領地を維持したり、ボースハイトの影響がなくなった人を雇ったり、と大きな商会を経営しているのには理由があった。
そんな事情を知らずに、皆、ヴェイマル家は悪事を働きながら金儲けをしていると噂しているのだ。
アンゼルムも長年ヴェイマル家に身を置いていたが、初めて知ったという。
『ごめんなさいね。あたしも勘違いしていたわ』
「お前、初代当主と契約していたんだろう?」
『そうだけれど、あの人はボースハイトを集めて騒動を鎮めていたのよ』
そのため、今もヴェイマル家の人々はボースハイトを集めているものだと勘違いしていたようだ。
最後に向かったのは魔物になった人間を元に戻す研究をする施設。
外から見たら怪しい建物でしかなかったが、研究者は明るく内部も清潔だった。
ただ、地下に収容された魔物は液体漬けにされ、最低限の呼吸しかできていない状態で管理されていた。こうでもしないと暴れ回って、捕獲した状態を維持できないらしい。
こうして見ると、魔物になった人は本物と変わらない。
けれども中には一部だけ人間の姿を取り戻している者もいるという。
まだ成果はないものの、一歩一歩研究は着実に進んでいるようだ。
何もかも目にしたあと、私は改めてギルベルトに謝罪した。
「ごめんなさい」
「なんの謝罪だ?」
「ギルベルトやヴェイマル家について、いろいろ勘違いしていたから」
アンゼルムも一緒に謝ってくれた。
『私もよ。ずっと極悪人の一家だと思っていた』
「お前、よく極悪人の一家と一緒にいたな」
『離れられなかったのよ』
ヴェイマル家の秘密について、ツィツェリエル嬢は把握していないという。
「親父に言われるがまま、任務をこなしていたはずだ」
「そう、だったんだ」
その辺もツィツェリエル嬢が生きることが辛いと思う理由の一つだったのかもしれない。
「あいつにだけは教えてもいいんじゃないか、って親父に言ったことがあったんだが、女には言えないって」
『まあ、男女差別なの?』
「違う。嫁入りする者には言えないって。女だけじゃなくって、次男以下の者達にも言っていないらしい」
『ああ、そういうことだったのね』
結婚した先でヴェイマル家の秘密を暴露されたくないので、家族であっても当主となる者以外には教えないようにしているのだとか。
先ほどギルベルトは一族以外開示できない、と言っていたものの、実際はそれよりも小さな範囲でしか知らされない情報だったらしい。
『あなた、よくあたし達に説明してくれたわね』
「お前らは話せって俺を脅したじゃないか」
『脅していないわよ、失礼ねえ』
私達の様子があまりにも差し迫っていて今にも暴走しそうな状態に見えたので、ギルベルトは仕方なく喋ってくれたのだろう。
「まあ、話していい例外もあるんだがな」
「一生忠誠を誓った人」
「そんなもんだ。まあ、一例だけ許されている特別なもんだがな」
もしもヴェイマル侯爵に秘密を喋ってしまったことがバレたら、その特例を使ったと言い訳するつもりらしい。
ひとまず、ギルベルトが一族の規律を破ったわけではないとわかってホッとした。
今後についても話し合う。
「私は魂の入れ替わりをした犯人を捜したい」
「お前の体がある場所、状況も把握しておかなければならないな」
「ええ」
犯人を見つけてどうするのか、と聞かれ、私はずっと考えていたことを打ち明けた。
「やっぱりツィツェリエル嬢の体を乗っ取っているのは、気持ち悪いの」
もちろんツィツェリエル嬢の体を不快に思っているわけではなく、他人の体にいる状況が許せないという意味合いだ。
「ツィツェリエル嬢の魂をこの体に戻せるのであれば…………返したい」
「結果、お前が死ぬことになってもいいのか?」
「よくない、けれど、ツィツェリエル嬢の体を乗っ取って生き続けている状況はもっとよくないから」
今度は泣かずに、まっすぐギルベルトを見て言えた。
「だから、調査に協力してほしい」
「そこまで覚悟しているのならば、俺も協力しよう」
「あ、ありがとう」
深々と頭を下げると、ギルベルトは私を励ますように肩をぽんぽん叩いてくれた。
今後、ギルベルトと調査が始まる。
死へ近づくためだとしても、謎を解明し、ツィツェリエル嬢の魂をもとに戻さないといけない。
たとえツィツェリエル嬢が死にたいと思っていて、私が生きたいと望んでいても。
これからたくさんおいしいものを食べて、たくさん笑って泣いて、後悔のない日々を過ごそう。
心の中で誓ったのだった。




