元気になろう
泣き止んだタイミングで、ギルベルトが何か差し出してくる。
それは銀紙に包まれた板状のチョコレートだった。
「え、何これ?」
「何これじゃねーよ。食え!」
もしかして私を元気づけようとしているのか。
「このチョコレート、いつも持ち歩いているの?」
「悪いか?」
「悪くない。いいと思う」
ありがとう、と言って受け取り、半分に割る。パキ、と音が鳴った。
「はい、これ」
「なんだ?」
「半分こしよう」
「半分こって……」
いらないと言うと思いきや、ギルベルトは素直に受け取ってくれた。
私は神に感謝します、とだけ言ってチョコレートを食べる。
高級なチョコレートなのだろうか。甘くて濃厚で、口の中でとろける。
おいしいチョコレートなので口の中でゆっくり溶かしつつ食べていたのに、ギルベルトはバリバリとかみ砕いてあっという間に消費していた。なんとももったいない食べ方である。
食べ終わったあとの銀紙はぐちゃぐちゃにせずに、丁寧に折りたたんでいた。
こういうところを見ると、いいところのお坊ちゃんなんだな、と思ってしまう。
チョコレートの効果は絶大だった。砂漠みたいにかぴかぴに乾燥していた心が、潤ったような気がする。
「ギルベルト、ありがとう。元気になった」
「別に、お前を元気づけるためにチョコレートをやったんじゃない!」
「だったらどうしてくれたの?」
「腹が減って泣いていたから、気の毒になっただけだ!」
あの涙は空腹のあまり流したものではないのだけれど……。
まあ、いい。そういうことにしておこう。
「ひとまず、お前は家に帰ってこい」
「家?」
「あ、家っーか、うちだ。ヴェイマル家!」
「どうして?」
「どうしてってお前、ツィツェリエルじゃないんだから、任務がなんだかわからないんだろうが」
「そうだった!」
ギルベルトから「のんきな奴」と呆れたような眼差しを受けてしまう。
「でも、なんていうか、情報っぽいものを掴めそうな感じなんだけれど」
「情報って?」
口にしたあと、あ! と気付く。
エルク殿下がここにやってきて、ヴェイマル家の悪事について調査している、というのは言わないほうがいいだろう。
慌てて話題を逸らす。
「それはそうとギルベルト、あなた、突然空から降ってきたけれど、どこからやってきたの?」
「鷹獅子の背中からだ」
「な、なんで鷹獅子と一緒に着陸しなかったの?」
「飛び降りたほうが早いから」
何をどう考えたらそのような答えになるのか。
ちなみに魔法で衝撃などを計算し、ケガがないように安全に着地したらしい。
賢い! いやいやそうじゃなくって。
「空から私達が見えたの?」
「いいや、邪悪な気配を感じて下りてきたら、お前らがいた」
「わ、私達邪悪だった?」
「いいや、お前らじゃなかった。俺がくる前、ここになんかいなかったか?」
「いえ、別に――」
言いかけた瞬間、ハッと思い出す。
ギルベルトがやってくる前まで、エルク殿下の飛行竜がここにいたのだ。
黒い竜だったので、上空から見たら邪悪な存在に見えたのだろう。
エルク殿下がここにやってきた、というのは言わないほうがいい。
またしても私は話題を別方向へ逸らした。
「あー、それはそうとギルベルト、あなた、どうしてここにやってきたの?」
「それは俺の台詞だ」
まさかのカウンターを受けてしまう。
そうだった。ここはヴェイマル家の領地だった。
心の中で盛大に焦っていたが、ギルベルトは素直に自らの状況を教えてくれた。
「俺は視察だ」
「視察?」
それは領民が悪さをしないか確認にやってきた、というわけなのか。
「ここには領民を監視するヴェイマル家の私兵団がいて、そいつらが悪いことをしていないか、定期的に確認にきているんだよ」
「へ、へえ、そうだったんだ」
視察対象は領民ではなく、兵士のほうだった。
なんというか、意外でまともな理由である。
「で、お前のほうは?」
「わ、私?」
「そうだ。エルクの野郎の屋敷にいるはずのお前が、どうしてこんなところにいるんだよ」
「そ、それは~~~~~」
「言え、簡潔に」
なんと説明すればいいものなのか。
こういう尋問めいた行為をギルベルトは慣れているのだろう、全力でがん詰めしてくる。
誰か助けて! 神よ! と天に救いを求めたのと同時に、地面に魔法陣が浮かび上がる。
あれは、転移の魔法陣だ。
眩い光から人影が浮かんできた。
それはエルク殿下のものだった。
「ルル嬢――とヴェイマル侯子!?」
ギルベルトは目を見開き、エルク殿下を凝視する。
二人の間にはピリピリとした空気が流れていた。




