夕食
ふと、ヴェイマル家の離れにルビーのチョーカーを置いてきたことに気付く。
「あれ、置きっぱなしにしないほうがよかったかも!?」
『あなた、自分で入れていたじゃない』
「あれ、そうだっけ?」
『ええ。ドレスの装身具を入れたアクセサリーケースごと鞄に入れていたようだけれど』
「ああ!」
アンゼルムから『盗まれて困る物は傍に置いておきなさい』と言われたので、高級そうなアクセサリーケースごと鞄に詰めていたのだ。
なんでもアンゼルムは私がルビーのチョーカーをそのアクセサリーケースに収納しているところを目撃していたらしい。
「ルビーのチョーカー、無意識のうちにアクセサリーケースに戻していたんだ」
『きっとツィツェリエル嬢の体が覚えていたのよ』
「なるほど!」
そうであれば納得できる。そういえば昨日、くたくたに疲れていて荷解きをしていなかったことを思い出す。
「下着だけ引き抜いて、そのまま放置していたんだった」
『暇だから整理整頓をしましょう』
部屋には貴重品を入れる金庫があるのだが、ルビーのチョーカーはそこで保管しておこう。
真っ先にアクセサリーケースを鞄から出して、中を検める。
「あ、本当に入ってた」
『でしょう?』
改めて見てみると、鳩の鮮血という名前に相応しい禍々しさを感じてしまう。
『おそらく最初はこんな色じゃなかったと思うの』
「中にボースハイトを集めるうちに、変色したとか?」
『そうなのでしょうね』
恐ろしくて素手では触れたくない。そのまま金庫へと運ぶ。
金庫は壁に隠されているとミセス・ケーラーが言っていた。
「壁紙の金のアイリスに触れる、と」
そこにはすでに私の魔力が登録されていて、触れただけで魔法陣が浮かぶ。
壁の一部が眩く光り輝き、そこから本体ごと填め込まれた金庫が出てきた。
「わあ、すごい! こんなふうに隠してあるんだ」
『これだったら盗まれようがないわね』
金庫に触れると再度魔法陣が浮かび上がる。カチャカチャと解錠されるような音が鳴り、蓋が開いた。
中にアクセサリーケースを入れ蓋を閉める。
自動施錠がかかり、金庫も消えた。
ホッと胸をなで下ろしたが、荷解きは終わっていない。アンゼルムだけでなく、ハティも手伝う中で、やっとのことで終えることができた。
紅茶を飲んで一息ついていたら、ミセス・ケーラーがやってくる。
「エルク殿下が今晩、お帰りになるそうよ」
「は、はあ」
「もっと嬉しそうになさいな」
今日はいろいろあって疲れたので、ゆっくり一人で食べたかったのだが。
「エルク殿下はよほど、ルルさんのことをお気に召したのね。普段は毎日食事の時間には帰ってこないのに」
「は、はあ」
嬉しそうににこにこしていたミセス・ケーラーだったが、次の瞬間には目がギラリと怪しく光った。
「さあ、身なりを整えましょうか!!」
「それなんですが、自分でできますので、お構いな――」
「つべこべ言っていないで、お風呂に行くわよ!!」
問答無用でミセス・ケーラーは私の腕を引き、風呂場へ直行する。
その後、泥で汚れた犬のようにわしわし洗ってもらい、体や髪を乾かしたあと服を着せられ、化粧を施したのちに髪を結ってもらう。
そうこうしているうちに、エルク殿下がご帰宅されたようだ。
「エルク殿下がお待ちよ。さあ、晩餐室へ!」
慣れない踵の高い靴を履かされたが、ツィツェリエル嬢の体なので難なく歩くことができた。
部屋を出る前にミセス・ケーラーの目を盗んで、留守番をするハティに「変な人がきても窓の鍵を開けなくていいからね」と言っておく。
「ルルさん、何か言った?」
「いいえ、なんでもないです」
ミセス・ケーラーと共に晩餐室へ向かった。そこで昨日ぶりのエルク殿下と再会する。
「ルル嬢、今日もおきれいですね」
「あ、ありがとうございます」
今の私はきっと引きつった顔をしているのだろう。エルク殿下から見えない角度にいるミセス・ケーラーが、もっと笑ってと自らの口角に指を当てて指示を出していた。
愛想笑いなんてしたことがない人生なので難しいのだ。
昨日の今日でエルク殿下との食事に慣れるわけがなく、ガチガチに緊張していた。
それに気付いたのか、今回もエルク殿下は優しく話しかけ、会話をリードしてくれる。
今日はエルク殿下の趣味について聞かせてもらった。
意外にもエルク殿下は何もないような地方へ旅行するのが好きで、暇さえあれば竜に跨がってでかけるらしい。
さらり、と使い魔に竜を連れていることが明らかとなる。
「貴族の統治が行き届いていないような地方では、誰も私が王弟だと知りません。誰にも注目されない中でのびのびしていると、生の喜びさえ感じます」
最初、私と話したときも、ルネ村に興味があったからだという。
「豊かな自然がある場所だと聞きました」
そうなのだ。豊かな自然しかない。
エルク殿下が楽しく滞在できるような施設などなく、雑貨店は棚がガラガラ、唯一ある食堂も一年のほとんどが閉まっているというありさまだ。
行っても満足できないだろう、とお伝えしようと思った瞬間、胸がいっぱいになってしまう。
何もなくても、ドドドドド田舎でも、私にとっては大切な故郷だ。
今すぐ帰りたい。
そう願っているのに、すぐには帰れない。
いいや、永遠に帰れない可能性だってある。
この体はツィツェリエル嬢のもので、私は乗っ取っているだけに過ぎないから。
我慢できずにぽろぽろ涙を零してしまう。来年には二十歳になるのに恥ずかしい。
「ルル嬢!?」
エルク殿下は弾かれたように立ち上がり、私のもとへやってくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、平気です。単なる、ホームシックみたいなものですから」
そう絞り出す。
エルク殿下は私の肩を抱き、赤子をあやすように優しく背中をぽんぽん叩いてくれた。




