探りを入れる
アンゼルムが身なりを整える私を下ごしらえみたいだとか言うので、小麦粉を振って卵液に浸けて衣をはたいて揚げられるフリッターのようだと思ってしまった。
カリッカリに揚がったフリッターと化した私は、晩餐室まで連れていかれる。
すでにエルク殿下はご帰宅されているらしい。
緊張しつつ、一歩一歩と進んでいく。
天井に届くのかと思うくらい大きな二枚扉を見上げていると、内側から開かれる。
否。人などいないので、魔法仕掛けの自動扉なのだろう。
晩餐室は驚くくらい広く、天井も高くて立派な水晶のシャンデリアが輝いていた。
気が遠くなるくらい長いテーブルがあったのだが、エルク殿下は 出入り口から近い場所に座っていた。
「ルル嬢、突然の誘いでしたが、応じてくださりありがとうございます」
キラキラ輝く爽やかな笑みを浮かべ、エルク殿下は感謝の気持ちを伝えてくる。
強制的な参加でした、なんて言えるはずもなく……。
「まさか新しくやってきた仲間が貴女だったなんて、聞いたときには驚きました。以前から決まっていたことだったのですか?」
「いえ、その、花嫁修業をしたほうがよい、と家族に勧められまして、急遽決定したんです」
「そうだったのですか。まさかのご縁を嬉しく思います」
家族というのはギルベルトのことである。ツィツェリエル嬢の立場から言えば嘘ではないのだ。
いったい何を話せばいいのやら、と思ったもののエルク殿下が会話を優しくリードしてくれた。
私が話しやすい話題を振り、話を広げてくれるのだ。
こんなふうに穏やかな男性を知らない。私が知る男性の中でもっとも心優しく優雅で上品な男性なのだろう。
言ったら悪いのだが、ギルベルトとは真逆で大違いだと思ってしまった。
「あの部屋は気に入りましたか?」
「はい! とても素晴らしいお部屋で、感激しました!」
私にはもったいないお部屋だ、なんて言いたいのをぐっと我慢する。
エルク殿下が気を利かせて用意してくれた以上、それを否定するような発言は失礼に当たるだろうから。
「何か足りない品はありませんでしたか?」
「いえいえ! それどころかすばらしいドレスなども用意してくださって、感謝しております」
エルク殿下は目を細め、微笑みかけてくれる。
私だからなんとか耐えられたが、その辺の人間がこれを目にした日には一瞬で好きになってしまうだろう。それくらい破壊力が高い笑みだったのだ。
その後、食事が運ばれてきたのだが、正直なところ味わう余裕などなく……。
ハッと我に返ったときには食後のデザートが運ばれてきていたのだ。
季節のババロアです、という下級従僕の言葉しか聞き取れず、どんな果物を使っているのかわからなかった。
薄紅色で、中心に生クリームが絞られていた。
ベリーか、モモか、それともイチゴか……。まあそのどれかだろう。
改めて聞くのも失礼かと思ったので、そのままいただく。
口にした瞬間、強い酒精を感じた。
なんだこれは! と思ったものの、すぐにお酒入りのババロアだと気付く。
「お口に合わなかったですか?」
酒精にギョッとしたのが表情に出ていたのだろう。エルク殿下に心配をかけてしまった。
「いえ、お酒入りのババロアが初めてだったのでびっくり――ではなく、新鮮な驚きを覚えたんです。おいしいです」
「そうだったのですね。よかった」
エルク殿下はそんな言葉を返し、安堵したような笑みを浮かべる。
こんなふうに常にニコニコしているお方が、凶暴化したワイバーンを倒してしまったなんて意外でしかない。剣を握ったら性格が変わるタイプなのか。
「夜会ではどなたかと親しくなれましたか?」
そう話しかけられた瞬間、今だ! と思って話題をぶちこむ。
「ツィツェリエル嬢と、少しお話ができたんです」
「ヴェイマル家のツィツェリエル嬢と?」
「はい!」
エルク殿下は意外そうな表情を浮かべた。どうやらツィツェリエル嬢について知っているようだった。
「とってもきれいなお方で、以前から憧れていたんです!」
「そうだったのですね。その、彼女については心配していたんです」
ツィツェリエル嬢についての悪評について、エルク殿下は心を痛めていたらしい。
「彼女は善良な人間です。それなのに、悪い噂ばかり広がっていて」
何やらツィツェリエル嬢について深く知っているような発言である。
もう一歩、踏み込んでみたいが怪しまれないだろうか。
どうしたものか、と悩んでいると、アンゼルムの声が聞こえた。
『ルル、大丈夫よ。もっと話を聞いてみなさい』
アンゼルムが問題ないというので、もう少し話を広げてみる。
「エルク殿下はツィツェリエル嬢のことをよくご存じなのですか?」
「ええ。彼女は以前、ここで働いていたんです」
「そう、だったのですか!?」
まさかの情報に仰天してしまう。
「三年前くらいでしょうか? 花嫁修業としてツィツェリエル嬢は勤労に励んでいたのですよ」
一年にも満たない間だったようだが、ツィツェリエル嬢は真面目に働いていたようだ。
「最初は大人しい娘かと思っていたのですが、声をかけていくうちに明るくなって――」
明るいツィツェリエル嬢、というのは想像できない。
そういえば前に、ツィツェリエル嬢について浮かれていたような時期があった、なんて話を聞いていたような。
エルク殿下の屋敷で花嫁修業をしていたときには、ツィツェリエル嬢も明るく元気でいられたのかもしれない。
「一時期はツィツェリエル嬢との結婚話も浮上したのですが」
なんと、国王陛下が直々にどうか、と聞いてきたらしい。
けれどもヴェイマル家側がツィツェリエル嬢は養子だから、と拒絶したようだ。
「花嫁修業は一年半の予定でした。けれども結婚話が流れた途端、ヴェイマル家がツィツェリエル嬢を引き取ると言って、連れて帰ってしまい……」
エルク殿下はツィツェリエル嬢との結婚について、好意的に捉えていたように思えたのだが、もしかしたらかつてのツィツェリエル嬢とエルク殿下は恋仲だったのだろうか?
わからない。
ただこの辺の話題は非常にセンシティブなものなので、ひとまず今日のところはこれくらいにしておこう。




