この世界で一番の
コミカライズ最終話エピローグ更新と
Twitterトレンド1位と
「悪役令嬢の中の人」アニメ化企画始動のお祝いですわよ~~!
「すごい! おはなのじゅうたんだ!」
「ほんとだ、向こうまでずーっと咲いててきれいだね」
大きな鳥の姿をした使い魔の背から降りたエミとアンリは、一面に広がる花畑に目を輝かせた。
ここは、魔国の首都から少し離れた郊外の野原。以前は瘴気の影響でまともな草木一本生えていない荒地だったが、今ではこうして緑に覆われ、季節ごとに花も咲くようなのどかな場所になっている。よくもここまで豊かな大地になってくれたものだ。これも全て、レミリアとレンゲ様が瘴気を払ってくれたおかげだな。
今日は、普段魔国のトップとして忙しく過ごすアンヘルの休みに合わせて久しぶりの家族団欒を過ごすためにここにやってきたのだった。自分がレミリアの転移魔法で移動できないせいで近場を選ぶことになってしまったと思っていたが、楽しそうにしている二人を見てアンヘルはホッと胸をなでおろす。
「二人共、シートを敷くのを手伝ってくれる? アンヘルは……ありがとう、そっちはお願いね」
「ああ」
バスケットと、手洗いなどに使う水瓶をセッティングしている自分を見てレミリアが微笑む。
花の咲く草原の中、レミリアの元に駆け寄って、小さな手でシートの端を掴んできゃらきゃらと楽しそうに草原に敷物を広げる我が子達の後姿。その、夢みたいに幸せな光景を見ると、涙が滲みそうになってしまう。
いかんな……幸せだ、としみじみ噛み締めるとすぐこうだ。クリムトにもまたからかわれてしまう。家族以外の前では「怖い魔国の王」の仮面を被れているからまだいいが……。
水瓶の中に魔法で生み出した水を並々と満たすと、昼食を摂る準備の方も整ったようだった。履物を脱ぎ、四隅に石を乗せたシートの上にあぐらをかく。体の下に、わさわさとした草の感触と、除ききれなかった小石がいくつか触れた。
「わたし、ママのおひざに座る!」
エミはそう言うと、ふわりと広がったレミリアのスカートの上にぽすんと腰を下ろした。一瞬羨ましそうな顔をしたアンリを見逃さずに、俺も声をかける。
「アンリはじゃあ、パパの膝の上に来るか?」
「い、いいよ。僕はもうお兄さんだし……」
大人ぶってそっぽを見たアンリの唇はちゅん、と尖っている。
妹が産まれてからというものの、お兄ちゃんとして一生懸命ふるまっているが、まだアンリも8歳だ。そんなに急いで大人にならなくてもいいだろう。
「なら、俺が寂しいから抱っこさせて欲しいな」
そう言うと、ちょっと躊躇する素振りを見せてから、俺が胡坐をかいて座った上にすっぽりと収まってくれた。目の前に、自分と同じ色をした髪の毛がふわりと揺れる。
甥っ子はもう13歳で、「最近ハグもさせてくれない」とクリムトが残念がっていたが、まだアンリは大丈夫みたいだ。いつまでこうして抱っこさせてくれるだろう、と思うとまだ先の事なのに心細くなってしまうな……。
しかし、幸せな時間にそんな暗い未来の話は相応しくない。俺は悲しい話を頭から追い出すと、レミリアがバスケットの中から取り出したランチボックスに視線を向けた。
中には、色とりどりの様々な具材を挟んだパンが並んでいる。
「さぁ、手は洗ったわね? お昼ご飯にしましょう。二人がクリムトおじさまと一緒に作ってくれたんでしょう?」
「うん! あのね、あのね、わたしパンにはさむとこをやったのよ! あとこのはっぱもあらったの! おにいちゃんはマトゥをナイフできったの!」
「まぁ、すごいわね」
「僕が切ったマトゥが挟んであるのはこれだよ。エミがパンに乗せたんだよ」
「なら、わたくしはせっかくだからこれをいただくわ」
二人がわくわくした瞳で見守る中で、レミリアはその内のひとつを手に取って口にした。「とっても美味しいわ」心からそう口にしたレミリアの言葉を聞いて、二人の顔がパッと笑顔になる。
「じゃあ俺もせっかくだから、二人が作った奴が食べたいな。他にはどれを作ったんだ?」
「うん、あのね、そこの卵と、ソースをかけたお肉を混ぜたやつがそうだよ。僕が混ぜて、一緒に挟んであるサルシャはエミが洗って千切ったんだ」
「それは美味しそうだ」
一口食べると、しょっぱさの中に甘味のある濃厚なソースな味付けのされた、コクのある卵と肉を感じた。野菜が一緒に挟まれてる事で濃い味付けでもくどくならず、さっぱりと食べられる。味付けはクリムトがしているが、アンリとエミが手伝って作ってくれたものだと思うと余計に美味しく感じるな。
「ねぇ、お兄ちゃんみて! このお花、えほんでみたのとそっくり!」
「ほんとだ。じゃあ絵本みたいに、夜に妖精が蜜を吸いに来てるかもしれないね」
「わぁ! いいなぁ。わたしもお花のみつ、すってみたい!」
食後のデザートを楽しむと、子供二人は俺達の膝の上から立ち上がって花畑に咲く花を楽しみ始めた。その様子を微笑ましく思いながら眺めつつ、手を伸ばして見知った花を一つ手折る。
「なら二人共、これと同じ花を摘んでごらん」
「えっと……これ?」
「わたしもみつけた!」
「そうそう。これを花びらの後ろのガク……緑の付け根を外して、お花を後ろからくわえてちょっと吸うんだ。ほんの少しだけど蜜の味がするよ」
「! ほんとだ!」
「あまぁい!」
俺がちょっとした知識を披露すると、二人は目を輝かせた。小さな花をくわえる姿は小鳥か小動物みたいで、とても可愛い。
「アンヘルも花の蜜を吸ったりしてたのね」
「そうだな、久しぶりだよ」
レミリアに魔国を救ってもらってからはまともな食事ができるようになったが、それまでは常に飢えをおそれながら生きていた。当然甘い物なんてなかったし、リリンの実などの数少ない甘味は弱いものに優先的に回されていた。
だから、魔物討伐で遠くに行った時に、瘴気に汚染されてない野花を摘んで蜜を吸うくらいしか甘い物なんて口にしてなかったから。そんな日々をほんの少しだけ思い出した。
今は、食べたいと思った時に好きに食べ物が口に出来て幸せだ。選ぶ事すら出来るんだからな。
「ママ! これあげる!」
「まぁ、どうしたの?」
花畑の方で座り込んでいたと思ったら、いつの間にか二人共戻ってきていた。後ろ手に何か持っている素振りの後、嬉しそうにそれを見せて来る。
それは、花の茎を編んで作ったらしい小さな輪っかだった。
「お兄ちゃんにおしえてもらってあんだの! お花のゆびわよ」
「僕も一緒に作ったよ。はい……これあげる」
「嬉しい、二人共ママにくれるの?」
二人はレミリアの手を取ると、左手の薬指にその輪っかを通した。結婚の証として贈った俺の作った魔晶石が煌めく上に小さな花が二つ重なって、それを嬉しそうにレミリアが眺めている。
「ア、アンリ……ちょっと、俺にも教えてくれ。どうやって輪っかにするんだ?」
「いいよ。この茎をこっちに巻き付けてね……」
俺は慌ててアンリに教えを請うた。
見ている前でくるくると器用にもう一つ指輪を作るアンリの手元を真似して、何とか作ったものを遅れてレミリアの指に通す。ちょっと歪んでしまったが、レミリアはそれも嬉しそうに受け取ってくれた。
「アンヘルもくれるのね。嬉しいわ」
「じゃあ二個目に作った僕のは父さんにあげるね」
「あ! じゃあわたしももういっこパパにつくってあげる!」
俺はレミリアとお揃いになった自分の左手を見て、何とも幸せな気持ちになった。二つとも、どんな大きな宝石や魔晶石よりも素晴らしい指輪だ。城に帰ったら、保存魔法をかけないと。
「なんて嬉しいのかしら。わたくし、世界一幸せよ」
子供を抱きしめて二人に順番に口付けると、よほど羨ましそうな顔をしていたのか、レミリアは俺の頬にもキスを贈ってくれた。
俺の方こそ、世界で一番幸せだよ。




