はじまりの村の少年の思い
「悪役令嬢の中の人」シリーズ累計40万部突破!
お祝いにちょっと遅くなりましたが番外編SS書きました~
「私のことを心から信用してほしいなんて、無理な事は言わないわ。でもあなた達に何か頼み事をしたら、きちんと報酬を払う人間だって知って欲しい」
ソーンさんに連れて来られた先にいた人間の女がそう言った時には、「当然、心から信用するつもりなんてない」って思ってた。
ソーンさんのことは信用してたけど、その女がソーンさんを上手く騙してるんじゃないかって不安はずっとあったから。
あのままだったら全員死ぬだけだから、一か八かソーンさんの話を頼ってみただけで、ヤバかったら逃げようってみんなと話していた。あの街でいつ死ぬか怯えながら乞食として生きるより辛いってのはそうそうない、飢えて死ぬより良い、って。
新しい村ってとこで仕事をさせられるらしいが、飯はちゃんともらえるって聞いている。それが本当なら、それだけで今までよりだいぶマシだったから。
オレは村についてからもずっと疑っていた。
だって髪も顔も肌も指もあんなにキレイな人間だったんだ。薄汚れたオレ達が人目を避けて暮らしてる時に、近寄らないようにしていた奴らよりもっとキレイな格好の人間だ。ほんとにこんな女がオレ達を救ってなんてくれるのか? って怖かった。
ずっと疑っていた。
騙して魔族の子供を集めて、売り払う気かも知れない。他にも、何か悪い事に使われたりするかもしれない。
だって、飯は毎日朝昼晩出て、着る服もちゃんとしたのがもらえて、壁と屋根がある家までくれるなんて、きっと何か裏があるに違いない。
働く代わりに飯をくれるっていっても、こっちが嘘だろって思うような簡単な事ばかりで、たしかに一日終わるとクタクタだけどそれだけで、無茶な事をさせられたり、酷い事や痛い事はしてこない。こんなの、怪しすぎる。
その仕事だって、魔族なら誰でも出来るような、いや、魔族にしては弱すぎる「身体強化魔法」や物を動かすだけの「魔法」とも呼べない力を使って畑仕事をするだけ。なのに、その度にあの女、「レミリア様」は嫌になるくらい褒めて来る。
「すごいわ。人間の大人でも、半日でこんなに広い畑を耕す事なんて出来ないのに」
「こんな……こんなの、全然すごくない。魔王様達みたいに、魔物を倒してみんなを守ることも出来ない……魔族としては出来損ないなのに」
実際そうだった。魔物を殺せるような「魔法」を使うには才能が必要になる。それが無ければ、人間と比べて大きな魔力を持ってても……せいぜい俺みたいに「身体強化」とか弱い魔法くらいしか使えない。
その身体強化だって、魔物と戦う時に器用に力を込められるような便利なもんじゃない。魔物の前でのんきに身体強化なんて使ってたら、先に殺されちまう。
こっちに来てる魔族で冒険者になってる年上の人達は、それもなんとかうまく利用して魔物を倒してるみたいだけど……。
この弱い魔法の力を使って、土を掘り返して畑仕事をするって聞いた時は「へぇ、こんな魔物も倒せないもんに使い道があったのか」って思ったけど、それだけだ。
「そんな事ないわ。魔物を倒して皆を守るのが得意な人と、畑を耕してみんなが食べるものを作るのが得意な人がいるだけなのよ。どちらが上とか、偉いとかは無いわ」
……魔界では生まれた時から、魔界の瘴気の中でまともに生きていけなかった。ミザリー様の転移でこの国に来て、普通の人間くらいに動けるようにはなったけど、年上の他の魔族やソーンさん達、他の誰かに助けてもらわないと生きていけないのは変わらなくて。
だから……俺が褒められたのが、……認めてもらったのが生まれて初めてだから、嬉しいと思ってしまったけど「こんな事思っちゃダメだ」と自分に何度も言い聞かせた。
最近は、「どうやら俺達を売り払ったりするんじゃなさそうだな」と思っている。一緒にここに来た仲間も、そう言ってたし。
ソーンさんが、「レミリア様がそんな事を考えてる人だったら、こんなにお前たちにお金や手間を使わないぞ」とお説教したってのもあるけど。
確かに、こんな……売り払う子供に食べさせるには食べ物も良いし、住むところもちゃんとしてて、服もあって。畑仕事の間に「大きくなって仕事を選ぶ時に役立つから」って文字の読み方と書き方とか、計算を教えてくれるなんて、たしかにおかしい。
だから俺は、この人は……レミリア様は信用できるんじゃないかと思えるようになった。この人は、魔族だからって俺達を売ろうとしない。孤児だからって足元見て、危険だったり大変な仕事を「麦一掴み」なんかでやらせたりしないし。
使い所のなかった「身体強化」で出来る事をこうして考えて、俺でもみんなの役に立てる仕事を作ってくれる。
だからまたこれからも、使える奴って思ってもらって、仕事と食べ物をもらえるようにしないと。
だからチビが具合悪そうにしてた時も、どうにかしなきゃって怖くなった。どうしよう。こんな事で迷惑かけたら……「魔族だから魔法を使って畑仕事が出来る」って、俺が今ほんのちょっとだけ持ってるこの程度の事、面倒だなって思われたらすぐ捨てられちまう。だってこんな良い村で暮らせるんなら、代わりになりたいやつなんていくらでもいる。
レミリア様は、もっと面倒のない村人がいくらでも選べてしまう。
ゾッとした。
この村から追い出されたら、またあの死ぬかどうか怯えながらすごす暮らしに戻らなきゃいけない。
どうしよう、どうしよう。迷ってる間に時間は過ぎて、その間に良くなってくれないかって祈ってたけど、チビはずっと咳が止まらなくて。どんどんぐったりしていってしまった。
だからどうしようもなくなって、チビが死ぬかもしれないって怖くなってから動いたせいで、一番悪い事になってから頭を下げに行く事になってしまった。
俺が、朝に皆に言えてれば。「やっぱり普通の風邪じゃないと思う、ソーンさんとレミリア様に頼んで何かしてもらおう」って言ってれば、こんなに悪くなる前に治せたかもしれないのに。
チビも、ごめん。俺が怖がったせいで悪い方になったのに、皆一緒にお願いに行ってくれて。またお荷物の役立たずになった自分が大嫌いで、「ごめんなさい、ごめんなさい」ってそれ以外の言葉が頭に浮かばない。
「『人』に助けを乞うのは、命を差し出すほどに怖かったでしょう」
「頼ってくれてありがとう」
だから一言も怒られずに、そう言われた時。
何て言われたのか分からなくて、聞こえたのに分からなくて。でも「怒ってないんだ」「役立たずって捨てられたりしないんだ」って気付いてから、お礼もちゃんと言えないくらい泣いてしまった。
役に立つかどうかなんて、レミリア様は最初から見てなかったのに。
謝っても、レミリア様は「謝ってもらう事なんてされてないわ」って言うだけで、でも本気でそう思ってるから、俺はもう謝るのをやめた。
だから代わりに、「レミリア様の役に立てるようになろう」って、そう思って。あの日の申し訳なさを胸に、毎日学んで、自分が出来る仕事をしている。
村に来たばかりの時の「見捨てられないように役に立たないと」って切羽詰まった思いではなく。「あの人のために役立てるようになりたい」って、心からそう思えている自分が、とても誇らしかった。
お知らせです~!
1月6日発売ダ・ヴィンチ2月号に「悪役令嬢の中の人」のカラー広告を入れていただきました!
合わせて「ダ・ヴィンチWeb」でもレビューを掲載していただいてます
https://ddnavi.com/review/1069150/a/
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中央線快速/京浜東北/根岸/京葉線/埼京線/横浜線/南武線/常磐線各停/総武線各駅停車/横須賀・総武快速線
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私は田舎在住なのでじかに見る機会は無いのですが
首都圏にお住いの皆さま、もし機会があればぜひご覧になってくださ~い!




