憧れを抱いていた子
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「星の乙女が受けている嫌がらせの証人になって欲しいの」
思い詰めたような表情を浮かべる友人から頼まれたのは、思いもよらない内容だった。
「……私、証言できるような事件についてなんて、何も覚えがないけど……?」
「違うの。あのね、嘘をついてって話じゃないの。ただ、困ってるあの方が不利にならないように、味方になって欲しいだけで」
放課後、タウンハウスへの帰路で誘われたカフェの個室。それとなく人払いされたのには気付いていたので「何の話をされるんだろう」と沈黙の中待っていた私は、話を聞いて胃の奥に重く冷たいものを飲み込んだような気分になった。
「別に嘘ってわけじゃないのよ。先月の28日、放課後に第一演習場近くの校舎裏でグラウプナー公爵令嬢を見たって、たった一言だけ」
嫌な気持ちを少しでも吐き出したかったのか、私は無意識に細くため息を吐いていた。
どんなに言葉を変えてもその意味は同じではないか。私に偽証をするよう頼みたいという事でしょう?
実家の領地が隣接している上に、読書という趣味が同じだった事もあってただの幼馴染以上に仲は良かったと思う。けど、この子が……シシリーがそんなとんでもない事を言い出す人だなんて思っていなかった。
断られそうだと思ったのか、さっきまでの沈黙からガラリと変わって途端に彼女は饒舌になった。
「だって、ジェシカも知ってるでしょう?! グラウプナー公爵令嬢がどんなに非道な振る舞いをしているか。良き友人だとおっしゃっているのに、王子殿下と星の乙女の関係を邪推して!」
「……噂はね」
そう、噂話だけは聞いていた。聞きたくなくてもどうしても耳に入ってきてしまうものはある。わざと破損させた形跡がある彼女の持ち物が発見されたとか、提出したはずの課題が紛失していたとか。本好きの子爵令嬢という取り立てて目立つところのない私はゴシップを積極的に聞き回るような性格でもなく、何かの弾みにそうやって「噂」として伝え聞くだけだったが。
だから彼女が言うような、「食堂の給仕を買収して、星の乙女の食事に虫を入れた」や、「制服で見えない位置に火傷を負わせた」なんて過激な話は知らなかった。
「そう! 酷いでしょう?! 婚約者の殿下の寵愛が星の乙女に向けられたからと言って……」
「それでシシリー、あなたはそれを見たの? グラウプナー公爵令嬢が、噂されているような犯罪行為を行った所を」
「私は見てないけど……でも見たって人が大勢いるのよ!」
「じゃあその人達が見た通り証言すれば良いじゃない。私に嘘を吐かせるんじゃなくて」
「証拠もあるのよ! 公爵家の紋章の透かしの入った便箋で送られた呼び出し状や、かの令嬢のご友人が『確かにレミリア様の持ち物だ』って証言したハンカチが現場に落ちていたし……」
「でも、偽証は犯罪よ」
「嫌がらせだって犯罪よ! 私、おかしいと思ってたのよ。あんなに何でも出来て誰にも評判が良いなんて、絶対変よね。きっと今までも目立たないところで分からないように鬱憤を発散してたんだわ。だから評判……外面だけ良かったのね」
いつからこんな不確かな情報で人を罪人と決めつけるような人になってしまったのだろう。しかも、グラウプナー公爵令嬢を。相手は私達何かより身分の高い公爵家の方で、我が国の王子の婚約者なのに。どうやってこの場を早めに切り上げてタウンハウスに帰ろうか、それだけが私の頭を占領していた。
だって、むしろ少し前までは私よりもシシリーの方がグラウプナー公爵令嬢の熱心な信奉者のような感じだったのに。
「星の乙女はとってもかわいそうな方なのよ。貧しい家庭に生まれて不遇な幼少期を過ごして、この学園に入ってきてからは王子殿下と側近の皆様に愛されたが故に嫉妬されて苛烈な嫌がらせを受けてしまって。でも健気に『レミリア様とも仲良くなりたい』ておっしゃってるの。虐めにくじけずいつも親しみやすい笑顔を絶やさないでいて、でも時々うっかりしたところがあってとても可愛らしいのよ。それにいつも甘い花のような芳しい香りがするの」
なのに今は同じ目を星の乙女に向けている。彼女の中で何が変わってしまったのだろう。
去年、選択授業で一緒だった時に一度だけ。授業が終わった後にグラウプナー公爵令嬢に褒められたのだとシシリーは何度も嬉しそうに話してくれたのに。授業で提出した詩が素晴らしかったと、未来の王妃が目を止めてわざわざ声をかけてくれたのだ。その喜びがどれほどか私にも想像できる。
私はその時の話をされるたびにシシリーに「すごい事よね」と声をかけつつも、内心羨んでもいたのに。その後グラウプナー公爵令嬢が、音楽や魔術、錬金術など色々な科目で成績優秀者や目立った活躍をした人を称賛していると聞いて「なんだ他にもたくさんいるのね」と思いつつも、私も声をかけられたかったと思っていた。
学年が違うから選択授業のクラス分けが運良く重ならないと目に止まるきっかけすらなくて、シシリーの事がずっと羨ましかった。軽い調子で「私もそんな素敵な経験がしたいわ」なんて言っていたが、心の底からの本音だった。だってただの未来の王妃という肩書きではない、平民まで普及するような様々な商品を開発してる天才発明家で、学術試験も魔術試験もトップ、武術試験も学年の女性では一位だった。まだ学園に通う歳になる前から福祉でも活動していて、グラウプナー公爵令嬢が関わったおかげで平民の識字率が向上して、おかげで彼らの暮らしにも変化があったと知っている。そんな素晴らしい方に褒めてもらえる機会なんて、きっと在学中にしかない。
いつか目を止めてもらえる時のためにって頑張りつつ、でも恥ずかしくてその目標は誰にも言っていなかった。一番得意な刺繍なら、と決意して大作に取り掛かりながら「学園祭で見てもらえますように」とお祈りした。「こうやって未来の臣下の心を掴んでくれるのなら素晴らしい王妃様になるだろうな」って未来のことを勝手に妄想してみたりもしていたけど。
残念ながらそんなささやかな私の願望を込めた、幸せな学園祭は訪れなかった。
星の乙女について、私は良く知らない。けど気が付いたら、星の乙女が虐げられているという噂が、グラウプナー公爵令嬢の悪評と一緒に聞こえてくるようになってしまった。
王族の方が世話役になるような方と私が関わりを持つことなんてなく、学年も違うので直接会話をしたという人の話を聞く機会すらない。
そこで初めて聞いた「星の乙女」の話題が憧れている方の悪口だったので、正直星の乙女……ピナさんへの個人的な好感度はとても低いものになった。今でもそれは変わらない。いや、むしろ最初より下がっていると思う。
いつかお褒めの言葉をかけてもらいたい、と憧れを含んだ目で追いかけ続けていた私は、グラウプナー公爵令嬢がそんな事をする方ではないと思っている。
けど今の学園でそう主張するのがどんなに危険な事か、自分の身と天秤にかけてしまった私は声を上げられなかった。シシリーの言う証人の「レミリア様のご友人」……レミリア様のご学友としてふさわしい身分の方なのだろう。そんな方までそう言っているのなら、「そんな事をする方ではないと思う」というだけの私の主張が通るとは思えない。
しかし今回こうして話をされたせいで、星の乙女が嫌がらせを受けているという話は一気に信用のならないものになった。だって、他の証人もこうして偽証を頼まれていないかと言う保証はない。
しかし「グラウプナー公爵令嬢は無実なのでは」という訴えにも、またそれを裏付けできる証拠はないのだ。
私に出来るのは、真実を口にするだけ。
「こんな事頼むなんて……困るわ。偽証に手を貸すなんて絶対に出来ない。私の家が司法の仕事をしているのは知っているでしょう?」
「……」
シシリーは不機嫌そうな顔をして、返事をしようとしない。この場を切り上げるために、私は話を終わらせにかかった。
「もちろん、星の乙女様に限らず。何らかの犯罪現場に出くわしたら、それがどんなに些細なことでも必ず真実を証言すると約束するから。窃盗でも、誹謗中傷でも」
「……誓ってくれる?」
「ええ、誓うわ。必ず見たまま、聞いたままを証言するって誓う」
偽証に協力すると思われるような言質を取らないように注意深く答えた私は席を立とうと店員を呼ぶベルを鳴らした。
私はここでつい、幼馴染のシシリーに、変な行動を起こすのはいけないと、声をかけてしまった。
「……でも、もうこんな事やめた方がいいわ。……ねぇ、シシリー、私あなたが心配よ。他の証人の方達って……本物なの?」
「!! 私が勝手にしている事よ!! ピナ様を悪く言わないで!!」
偽証した人が一人いたら、他の人もそうかもしれないと言う目で見られてしまう、と言う忠告の意味で口にした言葉は彼女の逆鱗に触れてしまったようだった。
まるで親兄弟を侮辱されたかのような激しい怒りを向けられて、別れの挨拶もする事なく、私はカフェを逃げるみたいに出てきてしまった。
「失敗したな……」
友人を一人失ってしまった、と寂しく思った私はタウンハウスの私室で独り言を呟いた。
しかし、星の乙女の力になりたいと純粋に思っているようだったシシリーには申し訳ないと思うけど、事実は事実として父に今日された話をしないとならない。司法の仕事をしている家の子息令嬢として言いつけられた義務を果たすために、ハウススチュワート経由でお父様に渡してもらう手紙を書くと自分の侍女に預けた。
まさかこの日の行動が、グラウプナー……いえ、「救世の聖女レミリア」様が凱旋された後、直接お礼を言われるどころか表彰されるような出来事に発展するとは、この時の私はかけらほども考えていなかったのだった。




