星の瞬く夢
いつもの感じの当店伝統のスープを使ったラーメンなので安心してお読みください
あれ、あたし、今何しようとしてたんだっけ。夢を見た後の寝起きで現実が一瞬分からなくなるような感覚。
周りはよく手入れされた庭園で……そうだ、ここは学園の中庭だ。スチルの背景で何回も見た。
そして、あたしの目の前にいるのは……不安そうな顔をしているキツイ顔の美人。ゲームの中では悪役だったけど、この世界ではその権力と立場を利用して男を侍らせている嫌な奴。ああ、クソ、こいつのせいで何度もゲームオーバーになってリトライに課金アイテムを使う羽目になったの思い出しちゃった。
この前の、星の乙女であるあたしとの顔合わせの時にも、ウィル達があたしと仲良くしてるのをイライラしながら睨んでて。原作の知識悪用してこんなにストーリーめちゃめちゃにしといて、いざ星の乙女が出てきたら逆恨みとかすごい性格悪いよね。本物のレミリアじゃないけどこいつも十分ヤな奴なんだ、ってよく分かった。まぁそっちの方がこの先で殺すときに罪悪感とか無くなるから良いっちゃ良いんだけど。
だから今日は「もうあんたの思い通りにならないから」って宣戦布告するために呼び出したの。学園の他の生徒も最初はちやほやしてたけどその日のうちに全然寄ってこなくなっちゃったし……きっとそれもこの女の指示だよね。ほんと性格悪い。
星の乙女の顔ってさすが主人公なだけあって、あたしの前世の顔よりずっと可愛いから超良い思いができると思ったのに、こいつが邪魔するからモブっぽいのがちょっと話しかけてくるだけになっちゃってるんだもん。
そうだ、だから、あたしは……あんたには誰も渡さない、ってこの作品の本当のヒロインとしてビシッと言ってやろうと思ってこの女をここに呼び出したんだ。
「あんたも転生者でしょ?」
「えっ……」
怒鳴りつけてやろう、と思ったあたしの言葉は何故か喋ろうとしたようにはならなかった。自分が先に出会うからってゲームの知識を利用して逆ハー作るとか最低、となじってやろうとしたのに。
ただ尋ねるだけの形になって、あたしは勢いを失ってしまった。
「う、うん……そう。その、ピナさんも前世の記憶がある、んだよね? 星の乙女と救世の騎士の……」
「何、自分だけじゃなくてがっかりしちゃった?」
「ちが、あの……そうじゃないです……前世の話をされるなんて思ってなかったから、ちょっとびっくりしちゃっただけで」
文句を言ってやろうと思って呼び出したレミリアって女は、こっちがイライラするような良い子ちゃんの顔をしていた。心の底じゃちっともそんな事思ってないクセに。あたしが一番嫌いなタイプだ。断罪フラグ回避したかっただけ、逆ハーとか何のこと? なんて言いやがって、何それ同じ女のあたし相手にぶりっこ通じると思ってるの?
「あー、ハイハイそういうの良いから。現実で鈍感系ヒロインぶるのって痛いよ?」
まだ「そんな関係じゃない」「そんな事思ってなかった」だなんて見え見えの言い訳してるけど、ウザイ。相手したくないから話を強制的に終了させて本題に入った。
「もういいから。ねぇあんた誰が推しキャラだったの?」
「え? ……えっと、レミリアですけど……」
「自分? ナルシストってやつ? うわぁ」
「ち、違います! ゲームの中の悪役令嬢レミリアが好きだったんです!」
「は……? 女キャラが好きだったの? 女なのに? レズってやつ……? きっしょ……」
やだ、あたしも可愛いし変なことされるかもしれない。思わず一歩下がると、「違います」「幸せになって欲しいなって応援してた感じで」なんてごちゃごちゃ言っていた。じゃあ「乙女ゲーなのにイケメンに目もくれず女の子キャラを好きになっちゃう、周りと違う自分の感性が大好き」ってやつじゃん。どっちにしろ絶対仲良くしたくないタイプだけど。
しかもちゃっかり、婚約者として過ごしてるうちにウィルの事好きになっちゃったとか言ってて、全然一途じゃなくてウケる。あたしの一番はずっとアンヘル様だから、こいつのとは本気度全然違うけど。
「じゃああんたさぁ、あたしに協力しなさいよ。実家は金持ちなんでしょ?」
「え、そんな……」
初期は資金やりくり大変だったし、こいつも良い思いしたんだからその分ちょっとくらい楽してもいいよね。好感度上げる選択肢とか全部覚えてるからそっちは問題ないけど、せっかくなら可愛い衣装やアイテム揃えたいし。国が保護するって言ってたくせに、学生に相応しい金額とか言ってはした金しか寄越さないだもん、あのクソ王。
あたしがそう言うとレミリアは随分嫌がりやがった。は? 何そのあたしが金たかってるみたいな言い方。
「あんた、あたしが得るはずだった好感度とか盗んどいて何言ってるの? ウィリアルドはグラは好みだけど面白味のない男だから別にいいかなって思ってたけど、狙ってもいいんだよ? 落としちゃおうかな~」
そう言うとレミリアは目に見えて動揺した。よっぽどウィリアルドの事が好きらしい。そうそう、最初っからあたしの言うこと素直に聞いておけばいいんだよ。
それからは全部私の思う通りになった。
いや、最初はちょっとだけそうならなかったけど。何故か攻略通りに進めてるはずなのにキャラ達と全然仲良くなれなくて。
だってさぁ、ゲームに出てきた話と選択肢以外も会話があるからそっちでどう答えるのが正解かとか分かんないじゃん。そこでちょっと間違えたら好感度いちいち下がるっぽくて。
そもそもあたし人から好かれるタイプだから最初は全部上手くいくんだけど、時間がたつといつの間にかいなくなってるんだよね。
いや、ちょっと張り切りすぎたし、この世界の免疫ない男達からするとドキドキして意識しすぎちゃうのかも。
レミリアは「そんなに人の悪口ばっかり聞くのはやだなって皆思うんじゃないかな」とか良い子ぶったアドバイスしてきたけど。失礼な奴。
親しくなったかなってちょっとぶっちゃけた話しただけなのに、いきなり態度変えて向こうの方が最低じゃん! 一回友達になっといて、ほんと酷いよね。でも本当のあたしの事を受け入れてくれないならこっちからお断りだって。
そう思ってたけど、時間がたつほど上手くいかなくなってあたしは焦った。これじゃ前世の時みたいになっちゃう。だからゲームの知識を少しだけ使う事にしたの。別にずるい事じゃない。だって課金アイテムは、使って欲しくてこの世界を作った人達が生み出した物だもん。
相変わらず良い子ぶったレミリアは「ここはゲームじゃなくて現実なんだからそんな事しちゃダメだよ」とか「人の気持ちを操るなんて良くない」なんて言ってくるけど。操ってないし! ここはヒロインであるあたしのための世界なんだから、これが正しい形なの。
お前こそゲームの知識使って散々ストーリーめちゃめちゃにしといて、自分は良くてあたしはダメとか性格悪い。
でもゲームとは違う反応が多くてちょっと変な感じ。けど、陰では最初あたしの事悪く言ってたらしいのに、そのうちあたしから目を離せなくなって、触られるとつい喜んじゃうようになっていく男達を見るのは楽しいから別にいいかな。感情があたしを勝手に好きになっちゃうのに戸惑うイケメン達をゆっくり落としていくのはとっても愉快だった。
別にこれは何も悪いことじゃない、ちゃんとやったら絶対出来てたけど、真面目にやるのは面倒だから近道しただけ。
レミリアはしょっちゅうあたしの好感度上げに言いがかり付けてくるけど、「じゃあウィルもあたしのものにしちゃおっかな」って言うと速攻黙るから何も怖くない。学園ではあたしに惚れちゃった男を好きな女達に文句を言われることもあるけど、そっちの対応も全部させてる。貴族の家に生まれて良い思いしてきたんだからヒロインのためにこのくらい働くのは義務でしょ?
ついでに、お城の偉い人達に星の乙女であるあたしの事を害そうとした、意地悪な女達の事を通報してやった。「命の危機を感じた」とかってほんの少し大げさに言ってみたら自宅謹慎にされてて、ちょっとスカッとしちゃった。
マップ進めたり魔物と戦ったりのめんどくさい事は全部あたしの代わりに実際動くのはレミリアにやらせた。あたしがちゃんとやったらすぐに出来るんだから、じゃあ別にあたしである必要無いじゃん?
実家の金に物言わせて前の世界の知識でズルしてた内政チートもそのままやらせたけど、これはチョコレートとかカレーとか指示出したのはあたしだから完全にあたしの成果。あたしがやっても絶対同じくらい上手くできたし。
いや、あたしの方が上手く出来てたんじゃない? センスあったし、デザインとか。まぁめんどくさいからやらないけど。
あたしが推してたイケメン達はみーんなあたしの事が好きになってるし、あたしの事を素晴らしいって褒められるのも最高。レミリアも良い子ちゃんで時々うざいけど、基本一緒に居て気分良くなるからこれからも友達でいてやってもいいかな。女友達ってウザイのばっかですぐあたしを避けようとする奴しかいなかったけどレミリアは結構良い奴だから友達でいてあげてる。今まであたしの周りにいた女にろくなのが居なかったって事かな、あの子はわりと好き。
あたしは全部全部思い通りになるこの世界で、やっとあたしに相応しい幸せが手に入ってきて生まれて初めて満ち足りた気持ちになれていた。
明日はとうとう魔国に行けることになったし! これでやっとアンヘルに会える……! もう弟って死んでるのかな? ならあたしが慰めてあげないと。
イベントのスチルは絶対再現したいよね。「俺を救ってくれたお前の愛に誓う」って夜明けの海岸でキスされるヤツ! 他のキャラはこれからかまってあげる時間減っちゃうかなぁ、ごめんね。でも結婚するならアンヘルってずっと決めてたから。だって顔もキャラデザも性格もセリフとかも好きすぎるんだもん!
魔道具ごしに見た映像を思い出してあたしは笑みを浮かべた。やっと実物見られるのがすごい楽しみで、今日ちゃんと眠れるかなぁ、ってワクワクしながら眠りについた。
『ん……』
背中にゴツゴツ当たる堅いベッドの上であたしは目が覚める。薄暗い部屋の中、空気も濁っていてカビの臭いがしていた。
『何ここ、どこ……あ……』
喉に違和感があってちゃんと喋れない、空気が漏れるだけになって音にならなかった。
なんであたしこんなとこにいるの? 一瞬本気で分からなくなってパニックになっていた。まさか誘拐?! 今日はアンヘルに会う日なのにこんなの最悪、そう思いかけて……思い出した。全部……全部……
『あああ……嘘、やめて……! やだ……いやぁああ……!!』
汚くてせまい部屋、最低限の食事、毎日頭痛がするほど祝福の力を使わされて、疲れて指が一本も動かない。抵抗するとよけい酷くされるからどんなに嫌でも我慢するしかない。
焼かれた喉はまともな声を出せず、意味のある言葉に聞こえないような壊れた笛みたいな音しか鳴らない。
体を汚されてもお風呂もろくに入れない、こんな生活送るくらいなら殺して欲しいけど、死ぬことだけは許してくれない。
これが、こっちが現実だ……あたしの現実……
『やだやだやだやだ……! あぁああ、やだぁっ、やだぁあああ!』
なんであんな夢見せたの、酷い、どうして?! せめてどんな夢だったか忘れさせてくれれば良かったのに!
ここに連れてこられて、顔を焼かれて、ずっとどこか痛いし苦しいし……しばらくしたら頭がぼんやりするようになって、つらいとかあんまり思わなくて済むようになってたのに、……こんな、幸せな夢だけ見せられたら覚えてるだけでつらいじゃん……!!
『忘れさせて! 忘れさせてよぉ……』
それかあのまま死にたかった。あの幸せな夢から覚めないでずっといられないなら夢を見たまま死んじゃいたかった。
なんでこんな、こんな酷いことを。こんなにつらいのにこんなに苦しいのに神様もあたしに何もしてくれない!!
「あ゛あ、う゛ぁわぁあああああ!!」
(誰かあたしを殺してぇえええ!!!)
あまりに苦しくて、どうしようもなくなってベッドの上でのたうち回る。管理人の男が「うるさい!」と怒鳴りながら階段を上がってくる足音を聞きながら、あたしは夢の中から持って帰ってしまった幸福感を忘れようと頭をかきむしりながら叫んだ。
遠くの景色をリアルタイムで映し出すように改良された水鏡の魔術の中で、みすぼらしい姿をした女が発狂したように叫んでいる。
可愛らしかった容貌は見る影もなくなり、当時を知っている者が見ても、顔の火傷を差し引いても本人とは分からないだろう。
「ああ、良かった。最近反応が悪くなってたけど、これでまた新鮮な気持ちで絶望してくれるわ」
わたくしは悲鳴を聞きながら笑みを浮かべた。胸の内から湧く喜びを抑えきれない。
まるでまっさらな、誰も足跡を付けていない雪原を歩くような気持ち。
夢を操る魔術を開発して良かったわ。想像してたより効果が良いみたい。最近は繋がったままの手足の骨の髄に針金を打ち込んで中から削ってやったり、歯を抜いた歯茎の穴にネジを差し込んで直接神経を刺してやったり、そのまま口を閉じられないようにして男達に「奉仕」させたり色々やってみたけどどうも反応が代わり映えなくて退屈になっていたから。もちろん直接ではなくて、こいつの管理を任せている者達に誘導してやらせたのだけど。
もっと何通りも、何十通りも何百通りもこの女の絶望の悲鳴が聞きたいわ。
今回はレミリアの中身以外は現実世界と本人達の反応を精密にシミュレートしたとてもリアルな夢を見せたけど、次はあの女の都合が良いことだけ起きる、それこそ物語みたいな夢を見せてあげようかしら。何をやっても周りの男達は全部肯定して、口々にピナを褒め称えて愛を囁く夢を。あの女が求めてたみたいに、夢の中で見目の良い男に取り合いをされて「あたしのために争わないで」って言わせたいわ。ああ、その夢から覚めた時どんな顔をしてくれるのかしら。
だって、地の底にめり込んでるあの女を殴ってもあんまり楽しくないじゃない?
高ぁい所に持ち上げて、そこから何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩き落としてやる方がずっと痛くてつらいでしょう?
……エミはお前と友人になろうとしてくれていたのに。差し伸べられた手を振り払ってこの未来を選んだのは自分なのだから、わたくしの望む通りにしっかり後悔して死ぬより苦しんでもらわないと。死ぬ事はおろか狂って自我を失うなんて楽な道は許さない。そのために正気だけは失わないよう高価なポーションも使い放題にさせているのだから。
「そうだ、わたくしの記憶を元にした夢も見せてあげましょう!」
アンヘルが好きって言ってたもの。アンヘルがわたくしを愛おしげに見つめる瞳や、わたくしが言われた……物語よりも情熱的な言葉も夢に使いたいわね。
普段のあの人はどうしましょうか。わたくしに膝枕をねだったり、「お疲れさま」って頭を撫でると子犬のように喜ぶアンヘルはピナの好みかしら? ギャップ萌えって言葉もエミの世界にはあったし、喜んでくれるといいのだけど。
「あなたが夢から覚めて絶望する姿が今からとっても楽しみ」
アンヘルの夢を見せた後に、「夢の中の幸せは全てレミリアが得ていたもの」って教えてあげたいから、自然に、耳に入れる良い方法を考えないと。
わたくしは素敵な予定をまた一つ思いついて、上機嫌のまま水盆を眺め続けた。




