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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第6話 嫁ごはん レシピ6 タイのお造りとアツアツご飯
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鮮度の違い

12/23 大幅変更しました。刺身のつくり方、いろんな資料を見て書いたけど、板前さんの監修受けたらボロボロになりそう……。日本料理の肝ですからねえ。ボロクソに切られたら倒れる。

「二徹様、刺身という食べ物。ただ単に切っただけに見えますが、切り方に美味しさのポイントがあるんでしょうか?」


 レイジたちが店を出て行った時にメイは二徹にそんなことを聞いた。メイは魚を切っていた時の二徹の様子を見ていたから、切り方に秘密があると気づいている。


 だが、いくら切り方にテクニックが必要と言っても、材料が同じならそんなに差がつくともメイには思えなかった。


 今回の勝負では、刺身の味を際立たせるわさびと醤油は二徹と同じものを使うから、そこに工夫を凝らすこともできない。純粋に魚を切るという腕の勝負になるのだ。


「刺身を造るためには、まず、よく切れる包丁と魚の鮮度が前提条件。そして、次に切る腕。この3つが揃った時に最高の味になるんだ。そのどれが欠けても不味くなる。そして、切り方も魚ごとに異なる技術が必要なのさ」


「そうなんですか……」


 二徹はキョロキョロと厨房を見る。店の料理用に何種類かの魚が箱に入っているが、その中からスズキ(ハジ)を見つけた。


「3枚卸の基本を覚えるには、このスズキ(ハジ)は都合のよい魚なんだよ。メイには、そのうち、この魚でさばき方を教えるよ」


 スズキは大きくて典型的な魚の形をしているので、3枚卸の基本練習にはもってこいの魚だ。身が固く扱いやすい。多少、乱暴に扱っても身がクズクズになることはない。その点、今回のタイは骨が固いので練習には不向きではある。


「ありがとうございます。それにしても、ボクは二徹様の魚の切り方を見ていたので分かるのですが、それをただ単に切っただけと馬鹿にするあの人は絶対勝てないと思いました」


「私も二徹が勝つと思ったから、勝負を受けたんだ。そうでなければ、あんな男など、とっくにぶっ飛ばしている」


 ニコールが忌々しそうにレイジが出て行ったドアを見ている。美しい顔が不機嫌そうな目つきで少々残念になっているが、そんな顔でもニコールは可愛い。


 気に食わない男をぶっ飛ばせなくてストレスが溜まっているから、二徹が勝ったらニコールは盛大に約束を果たすだろう。


 それを考えるとちょっとレイジが気の毒にもなったが、愛しのニコールがレイジとデートするのは、想像することさえもしたくない。


(悪いけど、ニコちゃんのために僕は全力を尽くす……)


そう心に誓う二徹であった。




 ポロローン。そんな中、吟遊詩人の青年がリュートを鳴らした。


「それじゃ、料理対決が始まる前に私が皆さんを楽しませよう」


 金髪の青年は、何曲かを披露した。店の客は食後のお茶を飲みながら、この歌声に聞き入った。

吟遊詩人の青年のリュートの腕はかなりのものだし、その歌声も美しく、1時間経つのを忘れてしまうほどであった。


 そのおかげもあって、定食屋に来ていた客は誰ひとり、帰ろうとしない。用事のある者もいたが、二徹と王宮アカデミーの料理人との対決の行方が気になったのだろう。


 さらに噂を聞きつけた近所の住人まで店にやってきて、店の中は人でいっぱいになってしまった。


「待たせたな!」


 レイジが仲間と戻ってきた。かっきり2時間。意外に律儀な奴だと二徹は思った。平民と思っている二徹を見下した態度があったから、きっと遅れてくると二徹は思っていたが、そこまで悪い人間ではないようだ。


「ふん。それではタイ(ドリム)のサシミとやらで勝負しよう」

「一応聞きますが、サシミの作り方はわかります?」

「そんなものは完成形を見れば想像がつく」

「そうですか。一応、コツはいくつかあるのですが」

「ふん。コツなど、この王宮料理アカデミーの俺なら、瞬時に見抜ける。そこまで聞いてしまったら、お前が負けた時に言い訳に使われるからな」

「……分かりました。それなら始めましょうか」


 テーブルを並べて調理台とする。右が二徹で左がレイジ。食材はタイ(ドリム)。お互いに持ち込んだものである。二徹のタイ(ドリム)は今朝、ミルルの魚屋で買ったものだ。何匹か買って氷に埋めていたものを使う。


「ふん。既に俺の勝ちだな」


 レイジは二徹が取り出したタイを見て、そう宣言した。その言い方は勝利を確信した自信に満ちていた。


「確かに色や形はいい。いいタイ(ドリム)を仕入れたと言っておこう。だが、俺のタイの足元にも及ばない」


 そう言うとレイジは自分のタイを見せた。それは氷を入れたバケツに入れられている。一応、血抜きもしてあるようで、見た目は二徹のものと変わらない。


「サシミとやらは、新鮮さが勝敗を分けるポイントと見た。新鮮さとは海から取った時間で決まる。俺のタイ(ドリム)は1時間前に釣ったばかりのもの。それに比べてお前のタイは市場の魚屋で買ったものだろう。どう見ても採ってから、4時間以上経っているだろう。この時点で俺はお前に100ポイントの差をつけた」


「あ、そう……」


 興味ないという表情で二徹は答えた。100ポイントが一体、どんな基準なのか疑問に思ってしまったのは二徹だけじゃないだろう。


「そして、この包丁さばき!」


 レイジはバケツからタイを掴むと乱暴にまな板へと置く。なぜか腰に装着したケースから、自前の包丁を抜いた。


 それをくるくると曲芸のように回し、右手を振り上げると目にも止まらぬ速さで包丁を叩きつけた。

 一撃でタイの頭がはね飛ぶ。そして、慣れた手つきでタイを3枚に卸していく。そして皮もなんなく引いていく。


 さすがは王宮料理アカデミー生である。その手際のよさは、見ている観客を魅了する。これには二徹も驚いた。急ぐあまりに乱暴な作業ではあるが、手順はそれほど間違っていない。タイを調理する過程では3枚下ろしは必要な作業だから慣れているのだろう。


「刺身を初めて作るのに、随分と手際がいいね」


 二徹はそうレイジをちょっとだけ見直した。どうやらレイジは、完成形の刺身を一目見ただけで、作り方を想像できる力があるらしい。


「ふん。何を上から目線で言っている。こんな簡単な料理、見れば作り方は分かる。おそらく、切った厚みでも味は変わる」


「ほう……。観察もちゃんとしているね」


 二徹は生意気なレイジの力量を既に見抜いている。料理人としては無能ではないが、残念ながら経験も技術も足りない。


(残念だけど、君は日本料理に対する考え方が浅い……)


 二徹はレイジの手元をちらりと見た。レイジの使っているまな板は濡れているし、包丁もずっと使い続けているのが観察できた。タイの身にも水滴がついたままだ。


「人のことはどうでもいい。お前の作業が遅れるぞ。ただでさえ、鮮度が悪い魚だ。俺より遅ければ、遅いほど味は落ちるぞ」


「そりゃどうも……」


 レイジは3枚に卸した魚の身から刺身を切り出す。それがリズムよく、トントンと切られ、それが包丁の腹に乗って目の前の皿へと飛ぶ。


 包丁パフォーマンスである。見ていた観客たちも、見事なパフォーマンスに目を見張る。切られた刺身はきれいに皿へと並んでいく。皿にはあらかじめ、一枚の大きな長い葉が敷かれており、飾りの野菜も用意されて見た目にも美しい。


「二徹様、驚きました。あの人、結構やりますね。包丁の扱いも上手です」


 メイは華麗なレイジの包丁さばきに目を奪われている。その隣で、二徹は対照的にゆっくりと包丁を引く。


 引くごとに、白く輝く身が生まれていく。


「どうだ、俺の方はできたぞ」


 レイジは美しく盛り付けた皿を指さした。それを見た観客は目を奪われる。皿に並べられた身は、緑の葉と調和しており、その見た目は美しく、美味しそうである。


「ほう……すごくきれい」

「リズムがいいね。スピードも味のうちというからな」

「さすが、王宮料理アカデミーの料理人。いくら二徹さんでも敵わないか」


 見ている観客は口々にそう小さな声でつぶやいた。ニコールとあのリュートを持った吟遊詩人の青年だけがじっくりと二徹の仕事を見守っている。


 特にニコールは、勝つのは二徹だと固く信じていることが、その態度から滲み出していた。

 二徹はよく布で拭いたまな板でタイを5切れ削ぎ切りで切ると、乾いた布で包丁を拭った。そして、また根元からゆっくりと引いて切っていく。


 レイジに比べると実に地味だが美しい所作である。これも見ている者を魅了する。さらに二徹は皮のついた柵を使う。


「メイ、お湯は沸いた?」


 助手をしているメイにそう聞いた二徹。お湯が沸いたことを確認すると、信じられないことに皮に熱湯をかけた。


「おいおい、生魚に熱は厳禁だぞ。俺との勝負に焦って狂ったのか?」


 そう言って笑うレイジを無視して、二徹はお湯をかけた柵を素早く用意した氷水に付ける。ここは重要なポイントだ。レイジと話している暇はない。


 そして皮に細かく鹿の子に包丁を入れて、同じように平切りにする。さらにレイジが去ってから、ちょっとした工夫をしておいた刺身を加える。


 自分で作った菜箸を巧みに使って、切った身を皿に盛り付けていった。やがてこちらも美しく盛り付けて完成する。


「僕もできました」

「うあああ……。こっちもきれいだ」

「ニテツさんも負けてはいない……」

「だが、向こうは取った時間が二徹さんより遅い時間だ。鮮度の差は大きいぞ」

「それに調理方法も派手だけどスピード感あったし、仕事を見るだけならアカデミーの奴が勝つかな」


 観客たちはそう予想した。そして、その予想はあっけなく裏切られた。まずは、二徹の刺身。わさびをちょっと付けて、醤油を少し付ける。


 そして口に運ぶ。口に入れた瞬間、みんなの顔がほころんだ。思わず笑ってしまう美味しさである。


「あ、甘い~」

「相変わらず美味しい。これは美味しいぞ!」

「コリコリした食感、そして噛むと舌で溶ける」

「マジかよ、生魚がこんなに旨いなんて」

「それにこの細かく包丁を入れた奴、皮が付いているのに生臭くない」


 観客たちは二徹の刺身を食べるのは、これが2回目であったが、その味は忘れられないようである。


 ニコールもひと切れを口に入れて、思わず両手を頬にあてた。


「うむ。美味い……というか、先ほどお湯をかけていた奴だよな。それがどうしてこんなにうまいのだ?」


 さすがに家じゃないので、ニコールは理性を保っている。そうじゃなければ、この刺身を食べて、二徹に対してトロトロになってしまうだろう。


「ふん。見た目だけだよ、そんなものは。誰でも珍しいものは美味しいと思ってしまうものだ。次は俺の番だ。こちらのタイ(ドリム)はそいつよりも、はるかに鮮度も高い。そして、数段上の包丁技術。食べなくても分かるくらいだ」


 レイジは自分の皿を差し出した。観客はそっとそれを摘む。同じようにわさびを載せて、醤油を付ける。


「ん?」

「なんだ?」

「こっちの方が新しい魚だろ?」

「鮮度は悪くないと思うのだけど……」


 食べた客たちはあまりの違いに驚く。たぶん、そんなに差は無いだろうと思っていただろうし、派手な包丁さばきや、釣ったばかりの魚を持ってきたことで、レイジの方が僅かに旨いだろうと思っていたのだ。


「こっちはなんだか、生臭い……それに何だか味が抜けている」

「水っぽいな」

「ニテツ様の方が勝つとは思っていましたけど、こんなに差がつくなんて……」


 メイは不思議そうに首をかしげた。ニコールは黙って、ひと切れで箸を置いた。


 二徹の方が美味しいことに安心したものの、あまりにレイジの方との差が激しくて、二人とも何が原因なのか理解できないのだ。


 それは味見をしたこの店の観客たちも同様であった。


「何を言っている、魚の差は歴然だ!」


 思わぬ不評に戸惑うレイジ。そもそも、生魚を切っただけの料理とも言えない刺身で差なんかつくわけがない。


 つくとしたら、材料の違い。それが大きいはずだと心の中で叫んでいた。


(俺のタイ(ドリム)は釣ったばかりの魚を使っているのだ。それに俺自身が完璧に血抜きをしたもの。この点だけでも大きくリードするはず……。そして手早く、華麗な包丁さばき。俺が負けることは絶対にない……)


 レイジは大きな声を張り上げて観客たちを指さした。


「お前らのような平民、高貴な味の違いが分かる訳が無いぜ」


 レイジはそう決めつけた。繊細な味の違いが分からないなら、よそ者の自分より二徹の方をうまいと言うに違いないと決めつけた。


「そんなこと言ってもな……こう差があっちゃ、卑怯もなにもない」

「そうだ、そうだ!」


 店の中が騒然となる。


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