二徹の差し入れ
ちょっと出かけています。予約投稿。感想返しは遅れます。すみません。
「ふう~」
ニコールの仕事は終わらない。エッフェル平原から急ぎ戻ったニコールは、無事に城に戻ったシャルロットから町の中でも襲われたという報告を受けた。カロン軍曹と小隊の兵士が殴り倒されて大ケガをしたという。幸いにもペルージャ王女とミッシェル伯爵令嬢は無事で、怖い思いもしなかったというから安心したものの、ニコールは肝が冷える思いであった。
(エッフェル平原がフェイクと気づいたものがいる? いや、可能性を感じて町にも網を張ったとみるべきか)
敵が大勢力なら両方に力を注げただろうが、町の方はごく少数しか配置できなかったようだ。もしかしたら、組織の一部の者だけの行動だろう。恐らくそういうことはあるだろうと、カロン軍曹の分隊を付けたのだが、まさか1名で分隊が無力化されるとは思わなかった。カロン軍曹からの聞き取りで、その手練の男が『二千足の死神』と呼ばれる暗殺者であることがわかった。本当に危ないところであった。
「で、お前を助けたハンバーガー屋の青年というのは、どういう風貌だ?」
「それがですね。なんて言ったらよいのか、とてもスマートで優しい感じなんです。それで料理上手なんです」
「料理上手?」
「ブレド屋さんの店先で不思議な新製品の柔らかいブレドを売っていたんです。それにハンバーグというものをはさんで食べるんですよ」
(ハ、ハンバーグだと!?)
ニコールの脳裏にその光景が浮かんだ。料理が上手くてイケメンで、カロン軍曹を一撃で倒す暗殺者を倒せる青年。一人心当たりがある。それにニコールは、ハンバーグという名のこの世界では珍しい料理を食べたことがあったのだ。
「あんな人が旦那さんだったらなあ。隊長のご主人も優しくて良い方だと思いますけど、あの人だったらわたし、軍を辞めて結婚します。あ、でも、旦那さんにご飯作ってもらってわたしが働くというのもいいなあ。隊長みたいに……」
「……おい、シャルロット、その青年、助手に犬族の小さな女の子連れて……」
「はあ……そういえば、わたしにハンバーガーを渡すときににっこり微笑んだのですよね。もうあのスマイル最高。あれで余計に美味しく感じたかも~」
ニコールはシャルロット准尉に質問を続けようとしたが、もう自分の世界に入っていて聞いちゃいない。そうこうするうちに、兵士が慌ただしくニコールの執務室へと入ってきた。
「失礼します。緊急のご報告です」
「なんだ?」
「カロン軍曹たちが捕らえた二人組ですが、先ほど留置場で死にました」
「な、なんだと!」
「毒針を打たれたようです。それも遅効性だったらしく、急に痙攣を起こして……」
(口止めか……。これで町の方で王女を襲った黒幕の手がかりはなくなる)
それにしても恐ろしい敵である。その謎の青年がぶっ飛ばしたという手練の誘拐犯は捕まえることができなかった。シャルロット准尉の話から、その男が実行部隊の中心であったと推測される。恐らく、毒針で殺したのはその暗殺者だろう。カロン軍曹が人ごみの中で捕まえるわずかな隙に凶行に及ぶとは恐ろしい敵である。
「なんてことだ。エッフェル平原で捕らえた捕虜しか手がかりはなくなってしまったではないか」
エッフェル平原で捕らえた敵のリーダーを近衛隊本部に連行している。今頃、取り調べの真っ最中だろう。彼らから何か情報が聞き出せればよいのだが、これまで反国王派の黒幕は慎重に事を運んでおり、容易に正体を現さない。また、捕らえたのは末端の実行部隊の男たちであり、リーダー格でも上層部の情報はあまり持っていないと思われた。反国王派はそれだけ慎重で組織的に動いていたのだ。
それに今回の事件も王宮内部の者でなければ知りえない情報もあったので、内通者の存在が疑われる。これは非常に深刻な問題であった。わずかな護衛で出発した厨房車は都の郊外で襲われ、奪われたのだ。ゼーレ・カッツエの作戦は用意周到で、内部の事情が手に取るように分からなければ不可能なものであった。これに対する内偵も必要だ。これは近衛隊の仕事ではなく、内務省情報部の管轄であろうが。
それにしても、ニコールの作戦案がこういった動きを予想して逆手にとったものであり、王女の行き先を自分の腹心と上官のみに伝えただけだったので、情報漏れがなかった。もし、あの平原に王女がいたら激しい戦闘に巻き込まれて、無事に守ることは困難であったに違いない。ゼーレ・カッツエの目的は王女の誘拐。ペルージャ姫は現国王の妹。彼女を誘拐することで妹思いの国王に様々な要求を突きつけるつもりであったと思われる。
*
「ううう……隊長、お腹が減りました」
近衛隊の本部から山のような書類を運んできたシャルロット准尉。もう夕食時を過ぎている。お昼にハンバーガーを食べただけだから、もう空腹で目が回りそうな感じだ。
「泣き言を言うな。今日中に報告書を仕上げないといけないのだ」
小隊長執務室で書類に決裁をするニコール。事務仕事も鬼のようにこなしている。どこの世界でも、仕事ができる女性はこんなものだろう。
「ですけど、もう夜の8時を回っています。隊長、何か食べましょうよ。あ、町でわたしが昼間に話したブレドを買ってきましょうか?」
「こんな時間には閉まっているだろう。居酒屋くらいしかやってはいない」
現代日本とは違い、この異世界では24時間のコンビニなんてない。食事ができるところもこの時間ではそろそろオーダーストップであろう。
ドアのノックが鳴る。警備の兵士がやってきたのだ。
「ニコール中尉。近衛隊本部にご主人がお見えになりました。案内してまいりましたが、いかがいたしましょう」
「な、夫がか?」
「はい」
「と、通せ、許可する」
ちょっと緊張した感じの声に案内してきた兵士は、いつもの自分たちの隊長とは違う雰囲気に少し驚いた様子である。警備兵の背中から二徹がひょっこりと顔を出す。その顔を見てシャルロット准尉が素っ頓狂な声を上げた。
「あ! ハンバーガー屋のイケメン王子さま」
二徹の目には部屋の中で書類に埋もれているニコールとそれを手伝っている副官が見える。副官の顔には覚えがある。昼間に誘拐犯から助けた護衛の女性士官である。
(ニコちゃんの副官だったのか……。名前は確かシャルロット)
二徹も思わぬ再会で、少し驚いたが気を取り直して嫁のニコールに話しかける。
「やあ、ニコ……ニコール中尉」
「あ、ああ……お前か……どうした、こんな時間に職場に来るなんて」
流石に嫁の立場を慮って、ニコちゃん呼びは封印する。職場では絶対にきりりとした態度で仕事をしているに違いないからだ。夫の言葉に努めて機械的に答えるニコール。夫婦の会話にしてはぎこちない。
「あ、あああああっ!」
シャルロット准尉が二徹を指差し、大声で叫ぶ。目はまん丸で口も大きく開いている。心底驚いた様子だ。どうやら、二徹とハンバーガー屋の青年と隊長の旦那という単語が頭の中で結びついたようだ。
「隊長のご主人だったんですか!」
ふにゃふにゃとその場にしゃがみこむシャルロット。ちょっといいなと思っていたら、尊敬する上官の夫でしたという結末では報われない。そんなシャルロットに退室を促すニコール。シャルロット准尉は、小隊の控え室に戻ると二徹からの嬉しい差し入れに満足するのだが、今は軽いショックで肩を落として、廊下をトボトボと歩いていく。




