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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
幕間 メイちゃん中等学校へ行く ~温かけんちんうどんとすり流し汁
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ジャンの試練

(こ、困った~)

 

 教室の席で頭を抱えている少年。犬族の少年ジャンである。乱暴者のこの少年は仲のいい友達はない。最近、クラスの行事でちょっと前向きになったことで、女子から熱い眼差しを向けられたこともあったが、いつもの素っ気ない態度で元に戻ってしまった。

 

 まあ、他クラスにそれがいいと思う女子が一人だけいたが、ジャンのクラスではそういうのはレアな存在である。女子も男子も乱暴者のジャンの扱いに困っていた。

 だから、あからさまに困った様子のジャンを見ても声をかけようなどと思うのは、ごく一部の人間だけである。


「ジャン、相変わらず面倒くさい態度を取っているね」


 そう言って声をかけたのはメイ。教室に入ったらジャンの姿が見えたので、屈託なく声をかけたのだ。クラスで普通にジャンに話かけるのは、メイとクラス委員のライラぐらいだ。


「うるせー。お節介女」

「安心したよ。予想通りの返答に」


 そう言ってメイは紅い鞄から、教科書を取り出して机にしまう。席替えでメイはジャンの隣になったのだ。まあ、体よくジャンのお世話係にさせられたのだが、おかげでジャンの屁理屈な態度が治っているので、クラスの担任はいい仕事をしたと言えるだろう。


「で、本当は何か聞いて欲しいことがあるんだよね。言ってごらんよ」


 そうジャンを見ないで教科書をトントンと揃えるメイ。その横顔にドキッとしたジャンはつい憎まれ口を言わずに素直に話してしまった。


「なあ、メイ、お前は中等学校へ行くのか?」


 この世界の庶民の子どもは、12歳までは初等学校へ行く。これは小学校にあたる。授業は午前中だけだが、よほどのことがない限り、親は初等学校へ子供を通わせる。12歳になると庶民の子供の半分は卒業。働くことになる。


 だが、家が裕福な子供はその上の中等学校へ進む。ただ、この中等学校への入学は成績がよく、試験に合格しないと入学が許可されない。単にお金があるだけではダメなのだ。


 これは庶民が入れる中等学校が、子供の数に対して少なく定員をもうけないと受け入れられないことが原因だ。

 

 新しい王は教育にも力を入れ、庶民の子供全員が中等学校へ進めるように改革を進めているが、庶民に学問はいらないと主張する旧体制派の一部貴族の反対や、財政の問題。さらに教える教員数が確保できないという理由もあって、すぐには進んでいない。


 よって庶民の子供たちには中等学校は狭き門なのである。試験も難しく、家庭教師をつけて家で勉強しないとまず入学できないのだ。


「……うん……実はね。ニテツ様とニコール様が、ボクに中等学校へ行くように勧めるんだ」

「そ、そうなのか!」

「ボクとしては、すぐに料理修行をしたいけど、ニテツ様がこれからの料理人は幅広い知識を学んでいく必要があるのだとおっしゃるんだよ」


 二徹はメイに料理人として大切なことを色々と教えていた。その一つに勉強の大切さ。様々な学問は料理人としての幅を広げるという教えは、転生前の父親、岩徹の教えだったのだ。数学や理科などの学問や語学に至るまで料理人として必要な知識というのだ。


「いいかい、メイ。料理人は美味しい料理を作る腕が最も大切だと思うよねでも、それだけじゃ、料理人としてはやっていけないんだよ」

「ニテツ様、美味しい料理を作る腕以外に大切なものがあるのですか?」

「美味しいものを作り続けられる力……経営力だよ」

「経営力?」


 料理人は職人である。腕さえあれば大成すると思いがちだ。学校の勉強もそっちのけで、勉強がしたくないだけで料理人の世界に飛び込む若者がいるが、まず続かない。学ぶ力が鍛えられていなければ、料理人としても何も身につかない。


 二徹が生まれ変わる前に様々な場所で料理修行をしていた時に教えられたことだ。ある板前さんが若い時に中退して得られなかった高校の資格を取り直し、大学まで行こうとしていたのだ。その板前さん曰く、料理人にも学問は必要だとのこと。


 結局、料理の腕だけでは一生、安い給料で人に使われるだけ。自分の作りたい料理も作ることはできない。かと言って、腕だけしかない料理人は店を始めても失敗する。


 原価計算もできないから、店の経営もどんぶり勘定になってしまい、気がついたときには経営が火の車になっていることが多いのだ。周りとの競争に勝つにも常に新しい商品を開発しないと勝てない。知識がない料理人はここでも劣勢に立たされる。


「ニテツ様は、その経営力をつけるためにボクに中等学校へ行きなさいと勧めるんだ」

「……それ、俺の親方と同じ意見だ」

「親方?」

 

 ジャンの両親は早くに死んでしまい、遠い親戚の鍛冶屋の親方に引き取られている。その親方は子供がおらず、ジャンに後を継がせたいそうだが、勉強が大切だと常々言っているのだという。


「でも、俺は納得できないな。勉強なんか鍛冶職人に必要だとは思わない。だけど、親方が中等学校の金は出すから行けと言うんだ」

「ふ~ん。ジャン、あんたの親方、素敵な人ね。それに比べて、ジャンはバカだね」

「な、なんだと、この男おんな!」

「だってそうじゃない。これまでも親方に勉強が大事だと言われていたんでしょ。それなのにあんたったら、真面目にやらなかったから……」

「ううう……」


 メイに言われて後悔しているジャン。一応、親方の手前、学校には来ていたが真面目には勉強していなかったジャン。成績はたぶん最下位のビリっケツである。


 授業料の安い公立の中等学校は、お金さえ払えば誰でも入れるわけではない。入るには試験で選別されるのだ。そして、毎年、多くの受験生がいて公立の学校は狭き門である。学校のレベルにもよるが、このクラスでも上位の3分の1しか入れないのが普通だ。特にメイたちが通える地区にあるブルーバード中等学校は、人気の学校だから倍率が高い。


「ボクも試験に通るか分からないから、今、お屋敷でニテツ様に教えてもらっているんだよ。ライラもナンナも試験勉強しているって言ってたよ」

「ふん。優等生様は真面目なことだな」

「ジャンも今から始めたらどう?」

「はあ!?」


 メイの申し出に驚くジャン。実はメイはジャンの頭の良さを見抜いていた、性格に難があって勉強して来なかっただけで、記憶力の良さや飲み込みの早さは結構なものだと前から思っていたのだ。


「中等学校の試験は1ヶ月後だけど、ジャンなら奇跡が起こるかもしれないよ」

「ちっ……そんなめんどくさい事やるものかよ」


「あら、逃げるんだ。そして恩がある親方さんの期待を裏切るんだ。試験に落ちるのが怖いんでしょう?」


 メイは両手を腰に当てて、そう挑発した。座っているジャンに顔を近づけたから、ジャンは思わずのけぞった。心臓がバクバクしている。


「に、逃げるものか。このジャン様が本気を出せば、そんな試験、軽く通るさ」

「じゃ、決まりだね。今日から夜に一緒に勉強できるようニテツ様に頼んでみるよ」

「えっ……。お前の家で勉強するのか?」


「毎日は無理かもしれないけど、週に2回くらいなら来れるでしょ。来ないときは課題を出してもらって、次に来るまでにそれをやる」


「……やってやろうじゃんかよ。俺の本気モードを見せてやるぜ!」


 ジャンがこう啖呵を切ったのは、メイにうまく操られたから。この少年、こうやってメイにうまく乗せられて、一世一代の決心の元に生まれて初めて勉強に向き合うことになる。



「なんですって、ジャン様がブルーバード中等学校へ進学するですって?」

「はい。先ほど、先生のところへ願書を出したって話です」

「あの学校1番のバカが今から合格するなんて無理だろうけど……」


 手下のジュノーとライアンからそう聞いたのは、同じ学年のローレン。彼女はお金持ちが行く私立の中等学校へ進学予定だ。ジュノーとライアンも同じである。


「わ、わたしくしもブルーバード校を受けようかしら……」

「ええっ!」

「ローレンちゃんが聖ブリタリオ中等学校へ行くと言うから、僕たちも行くことにしたのに」


 いつものわがままに振り回されるジュノーとライアン。今回もその類であるが、こんなことはしょっちゅうだ。だけど、ローレンの下僕をやめられないのはどうしてか、当の本人たちも分かっていない。


「よく考えなさい。わたくしたちの成績でブルーバードを目指さないなんて、ちょっと悔しくないかしら。お父様のお金の力を頼るのは良くないと思うのです」


「昨日までブリタリオでいいって言っていたのでは?」

「庶民が行く学校なんか行けますかとか高笑いしてましたが?」


「それは……ジャン様が中等学校へ行かないとかで……諦めていたから……じゃない。急に気が変わったのです。わたくしたちも堂々と試験に合格して進学しようじゃありませんこと!」


「ええええ!」


 ローレンの成績は学校でも10本の指に入る。手下のジュノーとライアンも合格には十分に手が届く成績であるから合格は間違いがない。既に行くことに決めている聖ブリタリオを滑り止めにして、公立のブルーバード校を受験することにした3人組。


 彼らが受験することでジャンの合格する確率が下がったことは分かっていない。


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