マヨネーズにとろける愛妻
3/18 マヨネーズの作り方で致命的な間違いを修正しました。最初のやり方では分離してしまいます。3/31 30分置いてからマヨネーズを舐めました。殺菌が十分でないためです。生卵が安全なのは日本だけ。
「二徹様、今度は何をしているんですか?」
二徹が卵黄に酢を入れ、塩コショウをして、油を少しずつ入れているのを見て、メイは不思議そうに聞いてきた。そんなことをしても液体の酢と油が混ざるわけがないとメイは思ったのだろう。油と酢を混ぜても、無様に分離して気持ち悪いものになるだけである。
「ふふん……。見ていてごらんよ。これをよくかき混ぜると……あら不思議」
そう言って二徹はものすごい勢いで泡立て器でかき回し始めた。みるみる生クリーム状になっていく。手作りマヨネーズである。この世界にはマヨネーズは存在しない。よって、名前は『マヨネーズ』。現在のところ、二徹のみが使っているものである。やがて、乳白色になった新鮮なマヨネーズが完成する。30分ほど経ってから、二徹はマヨネーズをメイに舐めさせる。口に入れたメイは、思わずぷるるんと体全体が震えてしまった。30分置いたのは酢による卵の殺菌のためである。
「お、美味しい~っ。口いっぱいになめらかでじっとりとしたコクが広がります」
「コツは油を少しずつ入れることかな。あとは根性でかき混ぜる」
こんな味は初めてであろう。これが卵と酢と油でできているとは誰も思わない。
「でも、不思議です。スイと油を混ぜても分離してしまうと思います。どうして卵を入れると混ざるんですか?」
「料理は科学だよ。どう説明しようかな。うん。AさんとBさんは仲が悪い。だから手がつなげない」
「そりゃそうですね」
「AさんとBさんの共通の友達Cさんとだったら手がつなげる。Aさん、Cさん、Bさんと並べばみんな一緒に手をつなげる。スイと卵と油がそういう関係なんだ」
「……難しいけど、なんとなくわかります。実際に混ざっていますし」
「そうやって混ぜることを乳化というんだけど、この現象でマヨネーズはできるのさ」
「マヨネーズ?」
「そうだよ。こんなこってりしているのに、さっぱりした感じもある調味料はないでしょう。一応、この世界では僕が発明したことになるのかな?」
発明というとおこがましい。単に転生前の知識によるチートに過ぎない。だが、マヨネーズがあればこの世界のグルメの幅も広がる。
「すごいです……。二徹様はスゴイ」
「そこまで褒められるとちょっと後ろめたいがね」
「でも、二徹様。これはすぐに傷んでしまいますよね」
「ふふん。卵が使ってあるからそう思うかもしれないね。でも、意外なことにマヨネーズは結構日持ちするんだよ」
「ええ! だって、卵が生で入ってるんでしょう? 火も通していないからすぐ腐るんじゃ?」
「まあ、手作りの奴は日持ち悪いけど、冷やすほどでもないよ。マヨネーズは卵の油漬けみたいなもんでね。腐るのを防ぐスイの力で結びついているから腐りにくいんだ。これも科学だね」
「そ、そうなんですか……」
「よし、じゃあ、メイ。シーフードをこのマヨネーズと和えなさい」
そう言って、下茹でして身を取り出したカニ、アサリ、エビ、タコをマヨネーズで混ぜさせた。いわゆる『カニマヨ』『エビマヨ』『アサリマヨ』『タコマヨ』である。
「さあ、じゃあ生地を薄く延ばすよ。メイは麺棒で延ばしてごらん」
「二徹様はどうするの?」
「僕はこうやるのさ!」
二徹は丸くした生地を少し叩いて延ばすと、空中に回転させた。遠心力で外に向かって生地が延びる。本場イタリアで教えてもらった方法だ。2ヶ月では完璧マスターした程ではないにせよ、飲み込みの早い二徹はこの方法で生地を延ばすことができるようになったのだ。
二人でピザの生地を4枚作った。それにピザソースを塗り、具材を載せる。半分はチキンのチリパウダー焼き。半分はマヨネーズで和えたシーフード。そこへチーズをたっぷりとかける。
「そろそろ、ニコちゃんが帰って来る頃だね」
玄関で家令のジョセフが出迎えている音が聞こえる。二徹はかまどの準備をする。石窯に火を入れて準備する。遠赤外線効果もある石窯である。ここへピザを入れれば、1~3分であっという間に香ばしく焼き上がる。途中、すばやく回転させながら焼くのだ。二徹はニコールがリビングに入ってくるタイミングに合わせて、ピザを焼き上げた。
「ただいま、二徹」
ニコールがシャワーを浴びてダイニングに入ってきたのは、30分後。そのタイミングに合わせて、ピザが香ばしく焼きあがった。
「わあ、今日の夕食は何だ?」
「鳥と海の幸のハーフ&ハーフのパンザだよ」
「ニュウズの香りがいいね」
二徹は小さな樽に詰めたビールをグラスに注ぐ。氷で冷たく冷やしたそれはビール。ピザにはビールがよく合う。ちなみにこの世界ではビルクと呼んでいる。麦とホップで発酵させて作るこの世界でも定番の酒だ。
「メイはビルクは飲めないから、果物のジュースだよ」
そう言って二徹はブドウから絞った汁で作ったジュースを注ぐ。これにはメイが恐縮して遠慮する。
「ボ、ボクはいいです。二徹様と奥様と一緒に食べるなんてできません」
使用人のメイからすると当然の反応だ。主人夫婦とメイドの自分が、同じ食卓に座るなんて恐れ多い。
「この子がジョセフの話していたメイちゃんね」
ニコールがそうメイと二徹を交互に見てそう尋ねた。慌てて、メイはニコールのそばに行き、メイド服のスカートを少し持ち上げて軽くしゃがんだ。家令のジョセフに教えてもらった礼儀作法だ。
「初めまして奥様。ボクの名前はメイです。ご主人の二徹様に助けていただきました」
「ふ~ん。かわいい子ね」
ニコールはメイのつま先から頭のてっぺんまで見る。
「メイ、テーブルに着きなさい。今日だけは特別に一緒に食事をしよう。ニコちゃん……妻のニコールも君のことを知りたがっているからね」
二徹は専業主夫。よって、この家の真の主はニコールである。使用人を雇うかどうかはニコールが最終決定権をもっていることになる。
ジュー……。釜から出されたピザはチーズがとろけて、とてつもなくうまそうな匂いを出している。これに冷えたビールなんて最高だ。
「まずはビルクだね」
そう言うとニコールはジョッキに注がれたビールを一気に飲む。ゴクゴクと可憐な喉を下っていくビール。グラスから口を離すとうっすらと口の周りに白い泡がつく。それをナプキンでさり気なく拭いてあげる二徹。さらにニコールの前に置かれた丸い木の皿に置かれた焼きたてのピザを8分の1にカットする。香ばしく焼けたピザ生地がパリパリと音を立てて切れていく。その8分の1を手で取るニコール。チーズが伸びる。
「ん……ん……熱い……けど……美味ですうううう……」
口いっぱいに広がるシーフードマヨの具材。カニはほっこりとジューシー。エビはプリプリ。アサリは噛むたびにコクのあるスープが飛び出し、タコの食感が心地いい。
「うま、うま……なんなの、このクリーミーな味は!」
マヨネーズのコクのある味にうっとりするニコール。ただ、この味に病みつきになるとヤバイ。スタイルのいいニコールが太ってしまう。
「次は鶏肉の方を食べて。さあ、まずは食事。メイちゃんも食べていいよ」
ニコールの食べっぷりに唖然としているメイもゴクリとつばを飲み込んだ。二徹と一緒に作ったとはいえ、こんな食べ物は初めてだ。この世界のパンザと呼ばれる食べ物は、もっとシンプルでチーズが載っているだけなのだ。メイにとって、こんな豪華な具材のパンザは見たことも食べたこともなかった。
「うーっ。反則~っ」
鶏肉の方を食べたニコールが味覚の不意打ちに体を震わせる。チキンの方はチリパウダー味のピリ辛味なのだ。まろやかでコクのあるシーフードとの対比が絶妙である。
「辛い~……。けど、これは後に引くううう。これを食べたあと、もう一度シーフードの方も食べたくなるう~」
ニコールは無我夢中。見た目、可憐なニコールがどんどん食べるのを見て、メイもつられて食べる。
(美味しい……本当に美味しいよ……)
するとメイの目から涙がひとつ、ふたつとこぼれる。何かを思い出したのだ。
「どうしたんだい、メイちゃん」
「メイちゃん、二徹のこの料理がいくら美味しくても泣いちゃいけない」
「ううん……」
メイは首を左右に軽く振った。思い出したのだ。小さい時に母親と一緒にこのパンザを作ったことを。こんな豪華な具材は用意できなかったけれど、薄っぺらい生地にちょっとのニュウズをのせただけのもの。でも、お母さんとの思い出の料理だ。もうそんな記憶はどこかに行ってしまったと思っていただけに、メイの目からは涙がどんどん出てきて止まらなくなる。
「二徹様。この料理、2種類の味が一つになっているから美味しいんですよね」
「そうだね。ハーフ&ハーフパンザは、違う味が一度に味わえるのがいいところだね」
「ボクは思うんです。ボクのパパは猫族。ママは犬族。二人は愛し合ってボクが生まれた。パパは事故で死んでしまって、ママは猫族のパパと結婚したことでいじめられた。ボクも猫族と犬族のハーフだっていじめられたけど、異なる2つのものは、食べ物だとこんなに素敵な味になるんです。だから……」
もうメイの顔は涙でぐっしょり。そんな小さなメイをニコールはそっと胸に抱きしめた。
「大丈夫だ。君は今日からこのオーガスト家の一員だ。お母さんの分も君が幸せに生きていかないとな」
「ニコちゃん、それじゃ……」
「メイちゃんを雇うことに賛成する。ちゃんと学校で勉強させて、私が素敵なレディに仕上げる」
「ニコちゃんが?」
二徹はそう茶化す。ニコールは、見た目はレディだが、家のことはからっきし何もできない。素敵なレディの見本としては無理だろう。ニコールは格闘技好きの勇猛な軍人なのだ。
「メイちゃん、ニコちゃんの許可が出たよ。今日から君はこの家のメイド。仕事は僕の助手だ。午前中は学校へ行って、午後から仕事だよ」
「あ、ありがとうございます。二徹様、奥様……」
メイはそういって涙をエプロンで拭い、ぺこりとお辞儀をした。今日から、オーガスト家のメイドとして暮らすのだ。
「メイ、残った1枚、ジョセフに持って行ってくれ」
「はい、二徹様」
焼けたピザを家令の賄い飯として、メイに持って行かせる。二徹は口当たりのよい果実酒をニコールに持っていく。
カラン……。氷を揺らしてニコールは果実酒に口をつける。ビールをジョッキに2杯も飲んだから、かなり顔が赤い。
「二徹ったら、ああいう子が趣味なんだ」
「ニコちゃん、酔ってる?」
窓のさんに腰かけ、片足を膝立てしてニコールは色っぽい目で二徹を見る。二徹は食器や鍋を手早く洗っている。
「もう……二徹、こっちへ来て!」
「はいはい……」
洗い終わり、身につけた黒いエプロンで手を拭く。エプロンは外してニコールのところへ行く。
「どうしたの? 今日は絡み酒?」
酒があまり飲めない二徹に比してニコールは飲める。それこそ、うわばみみたいに無限に飲める。これは体質であろう。ニコールは酒乱ではないが、飲むと二徹に対して超甘えてくる。これはいつも美味しい料理を食べるとこういう状態になるが、酒はさらに拍車をかける。
「いい子を見つけたようね。二徹は女の子を見る目はいい……」
「おいおい、なんかエロい響きだね」
「二徹は食材の目利きもすごいけど……女の子の目利きもすごい」
「そりゃ、妻にこんなかわいい女の子を選んだからね」
「ん~。そういって、またごまかす~っ」
ニコールはとろんとして二徹を見つめる。
「いくら可愛くても……浮気はしちゃだめだぞ~」
「ニコちゃん、いくらなんでもメイはまだ子供だよ。僕は犯罪者になるつもりはないよ。それに僕はニコちゃん一筋。僕の嫁は君だけだからね」
「それならいいけど~。プンプン」
ぐいっとグラスを開けるニコール。そのグラスを受け取る二徹。
「もう寝る~っ。二徹、おんぶうう……」
「おやおや、僕の妻はいつにも増して、甘えんぼだね」
「おんぶううう~」
駄々をこねるニコール。普段はしゃっきりしてスキのない感じだが、今は隙だらけの超無防備。ちょっとはだけて色っぽい。メイを下がらせていてよかったと思う二徹。オーガスト家の当主がこんな甘えん坊では威厳が保てない。
「はい、ニコちゃん。おんぶ」
二徹はそっと背中を向ける。そこに撫でかかるように体を預けるニコール。ひょいと立ち上がると寝室に運ぶ。途中、洗面所で歯を磨かせてベッドへ。
「ふぁああっ……。疲れた~。私、寝るうううっ」
「はい。お疲れさま。僕の奥さん」
「に・て・つ~」
ニコールはベッドで寝そべり、両手を真っ直ぐに上げる。お休みのキスの要求はいつものことだ。




