表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第17話 嫁ごはん レシピ17 ムール貝とカサゴのブイヤベース
186/254

ガジラ島へ

異世界嫁ごはん……4月25日発売です。今回も目を引く表紙絵で売上げ倍増……なるといいなあ。

クエール海賊団。

 

 ウェステリアの北東海域ルートの通行税の徴収の権限をもつ、政府に認められた民間の海上保安組織である。北東海域の安全を守る代わりに、通行する船から定額の通行税を取るのだ。それはオーデフやファルスなどの主要な都市に開設されたクエール事務所で、手形を買うことで徴収する。

 

 徴収金は船に乗っている人員一人につき金貨で1ディトラム。船を操縦する人員は無料というのが決まりである。海賊船の定期的な監査の時にその手形を見せないといけないのだ。

 

 もし、持っていなかった場合、徴収金は倍になるのが決まりである。


 なぜ、この海賊団にこの特権的な権利が認められているかというと、今から100年前。このウェステリアを滅ぼそうと当時世界最強と言われたスパニア艦隊を打ち破った時に、このクエール海賊団が大活躍したことによる。


 その時の褒美としてこの特権が認められ、ウェステリア北東部の海域は、ウェステリア海軍ではなく、クエール海賊団が守ることになっていたのだ。


 やっていることが海賊行為ではなく、防衛活動であるなら、名称を変えれば良いのであるが、そこは歴史と伝統を重んじた結果であろう


 このクエール海賊団はその旗が、魚の背びれと黒い貝をデザインしたもの。ガジラ島一面にその旗がなびいている。周囲が30ギラン(15km)ほどの小さな島である。人口はおよそ3000人。全員が海賊団に所属し、大小100隻超の船を所有している。


 通行税による収入で島民は豊かな生活を享受している。それだからこそ、この権利を守るためには神経を注いでいた。そのために海賊船の武装は常に最新装備であり、乗組員の訓練も怠らない。いざという時の武力も相当なもので、ウェステリア海軍よりも精鋭であるとまで言われていた。


そんなクエール海賊団の本拠地に二徹と二千足の死神は足を踏み入れている。

いや、正確に言えば、その支配する海域へと船を走らせている。


「風ガ……強イナ……」


 波がうねり、船が上下に大きく揺れている。それなのに二千足の死神は、甲板に出ていく。顔は真っ青である。


「おい、危ないよ。波にさらわれて……おい、嘘だろ?」


 二徹は二千足の死神を追いかけて、思いがけない光景を目にする。船の手すりにつかまり、海に乗り出した死神。まるでこれから死の国へ旅立つような苦しい顔をしている。そして……。


「ぐぼああああああっ……」


 吐いた。胃の中のものを全て吐いた。吐くものが無くなっても、胃の痙攣が収まらない。


「無理もない、この波だ。船乗りでもないのに酔わない方が不思議だぜ」


 そう船長は船を操りながら、もうひとりの若者を見ている。見られた二徹は首をすくめた。酔わないのが自分でも理由が分からないのだ。でも、これからの任務を思うと酔わなくてよかったと思う。通行証は持っているとはいえ、海賊団のアジトへ行くのだ。場合によっては危険が伴う。


「冷酷無比の暗殺者が船酔い?」


 船酔いで完全に戦意喪失している二千足の死神に二徹はそう話しかけた。馬鹿にするつもりはなくて、あくまでも話せば船酔いも弱まるのではという配慮からだ。


 だが、二千足の死神は苦しそうに首を振った。


「笑イタケレバ……笑ウガイイ……ウッ……ゲゲゲッ……」

「仕方がないなあ。今回の交渉は僕一人で行うから、君は寝てていいよ。床に体をつけて寝ると酔わないっていうからね」


 あまり根拠がないと思ったが、気休めにそう二徹は言って、甲板から戻ってきた死神を床に寝かせる。毛布をかける。完全に弱った死神は目をギュッと閉じて、揺れに体を耐えさせる。だが、顔は真っ青から白く変わり、またもや吐きそうになるのをこらえている。


「船長さん、あとどれくらいで到着するの?」


 死神が気の毒に思ってそう二徹は聞いてみた。船長は風をいっぱいに受けて走る船を見ながら、あと1時間くらいかと答えた。だが、その答えが終わらないうちに、船に近づいてくるものを発見した。


「旦那、船が近づいてきますぜ」

「クエール海賊団の船ですか?」

「いや、ガジラ島とは反対方向から島へ向かっていたようだし、旗が違う」


 船長はそう言って近づいてくる船から赤い煙弾が3発上がるのを確認する。それは停戦せよとの合図。こちらが5人乗りの小さな漁船であるのに対し、向こうは結構大きな船だ。100人は乗せられる貨物船である。


 船長は帆を降ろし、船を停止させる。やがて貨物船は近づいてきて隣に寄せてロープで繋いだ。はしごをかけて人が降りてくる。その恰好はウェステリア王国の近衛兵の制服である。


「お前たち、一体、どこへ行こうとしている?」


 そう言いながら船に乗り込んできた人物を見て、二徹は思わず声を上げてしまった。


「オズボーン中尉ではないですか?」

「お、お前は、ニコールの旦那の!」


 乗り込んできたのは近衛隊のオズボーン中尉であった。心なしか顔が蒼白なのは、船酔いしているからであろうと思ったが、二徹はスルーした。

それを感じさせないように、気丈に振舞っている彼の努力をフイにはしたくない。


 都に駐屯している近衛隊の小隊長である彼がこんな海上にいるのには理由がある。エリザベスの護衛任務にあたった彼は、任務を果たせずフェニックスにエリザベスをさらわれてしまったのだ。


 それを悔やんだオズボーンは、自分をエリザベス奪回の特別任務に付けてくれるよう中隊長に頼んだら、それが通ってしまったのだ。それで自分の部下を50名率いてやってきたのだ。クエール海賊団に会いにいくのは、この50名の兵士と共にオーデフへ潜入するために協力を得ようと考えたためだ。


 この点においては、オズボーン中尉は優秀であったが、完全武装の近衛兵を50名も連れてガジラ島へ乗り込むのはどうかと二徹は思った。


(海賊とトラブルにならないといいけれど……)


 この二徹の懸念は現実となってしまうのだが、彼の人となりを考えるとここで注意しても仕方がないだろう。


「それにしても……失態を償わせるためとはいえ、よく近衛隊に命令が下りましたよね」


 これは二徹だけではなく、みんなが思う不可解なことだ。任務を果たせなかったオズオーンには一切お咎めがなかったこともだ。


「俺はこう思う。この件はもっと大きなところの思惑が働いてのことではないかと思うのだ」

「大きなところ?」

「これ以上は憶測だがな……。ニコールにも知らされていないんじゃないのか?」


 ニコールはAZK連隊と共に出撃してしまっているので、エリザベスが誘拐されてしまったことを知っているかどうかは分からない。しかし、オーデフの反乱でエリザベスが女王として担ぎ上げられていることは当然知っているだろう。


 厳重な警戒体制の中でいとも簡単に誘拐されてしまったことを不審に思っていることは間違いないとは思う。


「で、お前たち……一人は船酔いで役に立たないようだが……」


 オズボーンは船室の片隅で毛布に包まり、縮こまっている二千足の死神をちらりと見た。二徹は死神の姿がわからなくてよかったと思った。二千足の死神は指名手配されている犯罪者なので、オズボーンも彼のことは知っているはずだ。ここで捕縛されたら困る。


 まさか、凄腕の暗殺者が船酔いでダウンしているなどと思わないので、オズボーンはスルーしてくれたようだ。ちなみに50人の兵士のうち、半数も船酔いでダウンしている。残りもなんとか耐えているが、戦力としては完全に9割減であろう。


「民間人の出る幕ではない。ここまで来たからには、島までの同行は許すがそれ以上は、我々の任務の足手まといだ」


 偉そうにそう命令をするオズボーン中尉。二徹がライバルのニコールの夫だと知っているので、親切にする気持ちがない。


「軍が民間人の行動を束縛する権利はないと思いますけどね……」


 そう二徹は反論しようと思ったが、ここで近衛兵と諍いを起こすのは得策ではないだろうと思い、言葉を選んだ。だからといって、オズボーンの部隊がエリザベスを救出できるとは、あまり思わない。


(まあ、隠れて行けばいいか……。島での説得は任せておけばいいし)


 島の海賊について多少は知っていると思われる二千足の死神が、極度の船酔いで役に立たないので、ここは交渉をオズボーンにやってもらおうかと考えたのであった。


 だが、二徹の考えは甘かった。


二千足の死神にオズボーン中尉……役立たずの2人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ