猫の魂党
3/13 色々と書き足りないので改訂しました。
「総統閣下、今回の王女の護衛は2個小隊。これを撃破するにはそれなりの人数の動員が必要です」
「大丈夫です。今回は我が方も総力を上げます。戦闘部隊の主力を任にあてて、作戦の成功を確実にします」
とある建物の一室で数人の人間が打ち合わせをしている。みんな人目をはばかり、場所を転々と移動してこうやって定期的に会っているのだ。メンバーの大半は老人。幾人かは中年、若者。女性も一人混じっている。リーダーは白い髭をたくわえた老人。政府の要人の中に同じ顔があったが今は名を伏せている。この会合では『総統』と呼ばれている。その一際威厳のある総統が口を開いた。
「エッフェル平原は広い。守る方は兵力を分散しなくてはならないが、攻める方はピンポイントで王女に迫れる。護衛を排除して王女を誘拐すれば状況を打開できるだろう。皆の働きに期待する」
「それにしてもここまで詳細に作戦案が分かるとは、我ら反国王派『ゼーレ・カッツエ』は遠くを見る目と耳を持っていると言えますなあ。今はあの無能な王が玉座に座っているが、いずれは我が方の王が即位すること間違いなし」
中年の男が自慢げにそう豪語する。その言葉には少々強気の気持ちを含んでいる。メンバーは、この言葉に小さく笑い声をあげる。ここにいるメンバーの結束は固いが、外部では徐々に離脱するものが出てきている。そういう嫌な空気を払うかのようにも聞こえた。新国王の即位と共に勢力は失われつつある。だが、まだ政府中枢にまで入り込んでいるメンバーのおかげで重要な情報を得ることができた。まだ、逆転の目はある。
「このニコール・オーガスト中尉。女ながらに近衛隊の小隊長で今回の作戦案の立案者。今回の我が方の作戦、少し、スムーズに行き過ぎているのが気になりますが」
そう疑問を呈したのは、メンバーの中でも最も若い男である。はちみつ色のさらさらした髪がさわやかな青年だ。目が細く、いつも微笑んでいるような表情が特徴である。青年は内心、この反国王派の幹部たちの楽観主義に辟易していたのだが、今はそんなことを1ミリも感じさせない。そして年長者にやんわりと注意を促したが、残念ながらそんな気配りは全く役に立たなかった。
「まだ20代前半の小娘だ。そんな心配は要らないと思うが」
「貴族の令嬢のお遊びみたいなものだろう。作戦案はよくできていると思うが、歴戦の部下の意見のままの机上の作戦に違いない」
「一応、お忍びで街中に王女が来ることも考えられませんか?」
可能性があるならば、全ての展開に対して手を打つ。これが青年のポリシーであったが、ここに集う年長者の大半はそういう無駄に見えることが嫌いらしい。
「確かに王女の望みは街中の見学か、エッフェル平原でのお花見だという。だが、平原に決まった以上、両方に戦力を配置するのは戦力集中の原則から言ってもよくない」
「貴重な戦力は集中せねば、どっちつかずになるだろう」
若者の意見は即座に打ち消される。メンバーの大人たちは、この若者の才覚を感じて恐れていたこともあり、これまでも基本は反対。どんな意見もまずは反対する。
「それでは総統、ご決断を」
人の良い総統がこの青年にだまされないように決裁を急ぐ。青年は場の空気を察して、もう何も言わなかった。
「戦力は一点集中が基本だろう。町については捨てよう。情報では100%エッフェル平原ということだ。これを信じようではないか」
「さすが総統」
「あっぱれなご決断」
「やはり戦力は集中させるのが鉄則」
周りの連中は口々に老総統の決断を褒めちぎる。青年の意見を全く無視したという結果だけで満足していたのだ。周りのヨイショにますます気分を良くした老人はきっぱりと命令をする。
「それでは、エッフェル平原での王女拉致を許可する。実行部隊に伝えなさい。失敗は許さないとな。ほっほほ……」
(まるで作戦が成功したみたいな言い方だな。このおっさんたちは本当に勝つつもりがあるのか……まあいいだろう……)
予想通りの決断に青年は形の良い眉一つ動かさない。最初から無理だと分かっていたが、一応、主張しておくことで今後の行動に対する布石としたのだ。
「それでは解散としよう」
次々と部屋を後にする秘密組織ゼーレ・カッツエのメンバー。青年も立ち去ろうと部屋を出る。そして、人目につかないように隠していた自分の馬車に乗り込もうとした時に声をかけられた。優雅な女性の声である。
「レオ……少しいいかしら」
「これはレディ……」
幹部メンバーの紅一点。まだ年齢は若い。黒髪の長い髪をまとめて黒いエレガントな帽子をかぶっている。セクシーな黒いドレスのシルエットからも、女性らしいスタイルが美しい。だが、妖艶な色気も少しだけ感じさせるが、まだ成長途中といった感じだ。これはこの令嬢がまだうら若いことに起因する。あと10年もすればかなりのものになるだろう。その美人が屈託のない笑顔を青年に見せた。
「屋敷まで送ってくださるかしら」
「それはお安い御用ですが、ご自分の馬車はどうなさいましたか?」
「先に帰しましたわ」
「そうですか……」
その言葉で若者は察した。この令嬢は馬車の中で密談を求めてきたのだ。もちろん、色恋沙汰ではない。この年若い女性は幹部メンバーの中で唯一、青年が実力を認めている人物であり、かなり頭が切れると評価していたのだ。
「レオンハルト少将、もう本名で話してもよいわね」
「この馬車は防音が利いていますからね。間者もいなさそうですし。アーネルト女侯爵」
「改まる必要はありませんわ。あなたと私は共に24歳。同い年。私は先祖代々の侯爵家を継いだだけで、あなたのように才覚で高貴な身分を授かったわけではありませんから」
「巷で天才軍人などと言われていますが、私は戦争で成り上がったに過ぎません」
「まあ、これはご謙遜を。大陸派遣軍では、海上交通路の要衝クーロン港をわずか1個中隊で攻め落としたことは事実でしょう。若き英雄と言われるのは間違いではありませんことよ……」
「お恥ずかしい。全てが人々の美辞麗句に過ぎません。実際の戦場は血みどろ。あの戦いでは多くの部下を失いました」
「まあ、殊勝なご発言ですこと。ですが、私はあなたの本質を見抜いていますわよ。あなたは部下の死を悼む人ではなく、それを踏み台にして自分の出世に繋げる男。あなたがあの負け犬党に加わると聞いて私も参加しているのですよ」
「ゼーレ・カッツエを負け犬党などとおしゃるとは大胆な方ですね」
「このままでは負け確定でしょう。でも、そこから逆転するのでしょう。あなたが主導権を握れば……」
(食えぬ女だ……)
レオンハルトはそう心の中で思いながらも、目は優しげな視線を送る。女侯爵も同様であるが、お互いの目は隙を見せないように緊張感が宿っている。
「私のような成り上がり軍人をそのように思って下さり、恐悦至極でございます」
「ふふふ……。まあ、挨拶はここまで。それでは本題に移りましょう。ズバリ聞きます。街に派遣する部下はお持ちなの? あなたの直属の兵は足がつくから使えないでしょう。なんなら、私が手配しましてよ」
「……それはありがたい……」
レオンハルトは自分の腹のうちを読まれたことには驚かない。自分が密かに街の中にも人員を割いて、王女の拉致に備えることをこの夫人は見抜いていたようだ。声をかけてきたから、恐らくそうだろうとは予想していた。
「私の部下は正規兵。怪しげな任務には使えません。一応、組織の下っ端連中を動かしますが、せいぜい、5,6人。戦闘力はゴミ以下」
「私が手練の人物を紹介しましょう。そういった作戦に精通した暗殺者。彼なら、一人でも目的を果たすでしょう」
「そのような者を召抱えておいでなのですか。侯爵閣下はお美しいのに実に油断がならない」
「ほほほ……。私のようなか弱い女をそのような目で見てはいけませんわ」
「失礼しました。それではその人間をお貸し願えますでしょうか?」
「明日、あなたの屋敷へ向かわせます。上手に使いこなしてごらんなさい」
「ご助力、痛み入ります」
レオンハルトはそう礼を述べて、軽く右手の平を胸に当てた。この女の狙いが何かは今は分からないが、利害が一致している今は手を組んでおこうと考えた。それは扇で顔を隠しながらも、レオンハルトのことを見ている女侯爵も同様であろう。




