たこ焼きで「にゃ」
14話はこれで完結です。「にゃ」
猫仮面2号がギブアップを宣言したとき、周りの観客から拍手が沸き起こった。それは自然と広がり、大歓声へと変わる。
猫仮面1号、2号への賞賛だけでなく、健闘した青い三連星への拍手でもある。
敗れた3人の猛者たちは、その拍手に男泣きをしている。負けた悔しさではなく。人々の温かさに感激したのだ。
「すごいぞ、いいものを見せてもらった」
「あの食べっぷりに、こちらまでお腹がすいてしまったよ。帰りに何か食べに行こう」
「フランドルの3人もすごかった。ウェステリアの食い物も悪くないだろう」
周りからの温かい声にマスティフ、ボーダー、バーナードは立ち上がると深々と礼をした。自分たちはこのウェステリアの大食い自慢を倒し、メガ盛りメニューを食い尽くす目的でやってきたのだが、人々の温かさともてなしにこの数日、気持ちは随分と変化していた。
元々、見た目は怖いがなぜか憎めない性格の3人は、フードバトルでもファンがついて声援を受けていたが、負けを認める潔い態度とちゃんとお金を払う礼儀正しさ。彼ら目当てに見物が殺到して、町の飲食業の景気も良くなって歓迎ムードがより高まっていた。
「マスティフ曹長、ボーダー軍曹、バーナード軍曹。ウェステリア王国もいいところだろう?」
戦いに敗れた3人にニコールが近づいた。
「これはきれいな大尉殿」
「世界は広いと改めて思う」
「ウェステリアの料理の味にも感服した。今日食べたお好み焼きとやらの味は忘れられない。また、機会があれば食べに来たい」
そう言うと3人は右手を差し出した。ニコールは一人一人と握手をする。戦争をしてきたフランドルとウェステリアの軍人同士の握手である。
「両国はこれまで剣を交えてきたが、こうして接すると憎しみ等消えてしまう。大尉殿、戦争なんてするものではないですなあ」
マスティフ曹長の言葉にニコールも続ける。
「同感です。平和だからこそ、美味しいものも食べられるのです。ウェステリア王国も好き好んで戦いなどしたくはないのです」
「我が軍でもウェステリアの悪口を言う奴はごまんといるが、こうやってお互いが接してみるとそれではいけないことを痛感するよ」
「国に帰ったら、ウェステリア人の優しさと料理の美味さを伝えよう」
「大尉、これからどういうことになるかは分からないが、我らが戦場で相対することのないよう、互いに頑張っていこうではないか」
「我ら軍人。戦うことが仕事だが、暇でこうやって食べ歩きしかすることがない方が、多くの人が幸せだからな」
「うむ。軍人が活躍しない世界が理想だと私も思う」
わああっ……。
三連星とニコールのやりとりを聞いて、周りからの歓声が一層高まる。平和は誰もが望むことだ。
「さあ、皆さん、本日食べたお好み焼きの試食ができましたよ。どうぞ、味わってください!」
「皆さん、美味しいお好み焼きですよ!」
大きな鉄板でお好み焼きを作り続ける二徹とメイがそう叫んだ。観客へのサービスだ。周りでもこれまで大食い勝負を繰り広げられた食べ物屋がサービスで試食を提供している。
「さあ、大食い勝負で20杯クリアが初めて出たイカ団子スープはいかが?」
「これが名物絨毯カステラですよ!」
「激辛ドラゴンブレス・ヌードルはこちら!」
町はお祭り騒ぎとなった。
そんな騒ぎに紛れて、この大食い勝負を盛り上げた猫仮面父娘は、忽然と姿を消してしまった。
彼らの正体は一部を除いて謎のまま。伝説となったのであった。
*
「ニテツ、ご苦労だったな」
屋敷に帰ったニコールはそう二徹を労った。何しろ、ウェステリア風お好み焼きが大評判で、材料がなくなるまで作り続けたから、さすがの二徹もぐったりである。
「思ったより好評で参ったよ。材料がなくならなかったら、まだ焼いていたかもしれないね」
今日は休日なので、使用人もオフ。夕食は各自で取るから今からは夫婦水いらずである。メイも部屋に帰って休んでいるだろう。少し休んだ後、二徹はエプロンを再び身に付けて、夕食の準備に取り掛かった。
「二徹、疲れているなら今日はいいぞ。大食い勝負を見てお腹はそれほど減っていない」
そうニコールは遠慮したが、それでも夜も更けて小腹がすく頃だ。それに二徹は、ニコールに食べさせようと用意したものがあるのだ。
「大丈夫だよ、ニコちゃん。お酒のつまみに変わったものを出すよ」
「変わったもの?」
ニコールは二徹が不思議な鉄器を取り出したのを見て、興味がそそられた。それは黒々とした重そうな器。不思議なのは半円状に凹んでいるのだ。数は全部で20個もある。
「今からたこ焼きを作ろうと思うんだ」
「たこ焼き。タコを焼くだけだろ?」
「まあ、見ててよ」
今回用意したたこ焼き器は、鍛冶屋のゼペットさんに特注で作ってもらったもの。油でなじませてある。それぞれの凹んだところに油を塗って、たこ焼きの生地を注ぐ。生地は小麦粉、卵、出汁の入ったもの。そこへ細かく切ったキャベツにタコを1個ずつ入れていく。そして揚げ玉を投入。
「ニテツ、その赤いものはなんだ?」
「あ、これね。これは紅しょうがだよ。刻んだ生姜を酢で漬け込んだものだよ。赤いのは食紅で色付けしたんだ。本当は今日のお好み焼きにも入れたかったのだけど、大量には作れなかったから、ニコちゃんだけだよ」
「私だけか……」
お好み焼きやたこ焼きには、紅しょうがは欠かせないと二徹は思っている。ソースで濃い味付けのこれらの味に紅しょうがは、異質な味を舌に感じさせ、それによって食欲を刺激するのだ。
表面が焼けてくると二徹は、これまた特注で作ってもらった鉄の串でひっくり返す。たこ焼きのひっくり返し方はコツがいる。これは二徹が料理就業中に関西のたこ焼き屋台でアルバイトした経験が生きている。
くるっと少しだけ傾ける作業を次々と行っていく。見ているだけで楽しいので、ニコールは興味深そうに見ている。
「なあ、二徹。どうして少しずつしかひっくり返さないんだ?」
「うん。中のドロッとしたところを少しずつ流してやると、綺麗なまるい形になるんだよ。ゆっくり焼いていくんだけど、こればかりはタイミングが重要。遅いと硬いだけのたこ焼きになるし、早いとぐちゃぐちゃになってしまうんだ」
そう言いながらも二徹も目を離さない。焼けたタイミングを見計らってたこ焼きの表面とたこ焼き器の表面を鉄串で剥がして、くるりと回転させる。
やがて綺麗な焼き色がついた丸い形になる。そしてくるくる回しながら仕上げ焼き。これは中のトロっとした部分に十分火を通すため。表面はカリカリ、中はふわとろのたこ焼の完成だ。
「はい、完成だよ」
ひょいひょいと皿にたこ焼きを取り出す。ニコールの皿に10個。二徹にも10個だ。そこへ刷毛でたっぷりと特製のお好み焼きソースを塗る。さらにマヨネーズ。そして緑色の粉をかける。
「それはなんだ?」
「これは青のりの粉。これも大量に作れなかったから、お好み焼きには使えなかったけど、少しだったら作れたので使ってみたよ。やはり仕上げはこれがないとね」
「う~ん。磯の香りが清々しい」
「こういう青海苔の香りはあまり好きじゃない人が多いから、市場では売ってないけど、たこ焼きには欠かせない素材だよ」
青のりは二徹の自家製。海で採取した青海苔を刻んで干して作ったものだ。十分に天日干しして、石臼で荒く引いたものだ。時間がかかる割に少ししかできない貴重品である。
「はい、完成したよ。すごく熱いから気をつけて食べてね」
「うむ。では、たこ焼きを食すぞ」
ニコールは添えられた竹串にたこ焼きを刺して、少しだけふうふうと息を吹きかけて冷ますと口に入れた。
「ふむ……表面はカリカリで香ばしい……そして、中は……トロトロ……うぐ……熱!」
口の中で流れ出たトロトロの熱いものにニコールは慌てた。口の中でハフハフと転がし、やけどをしないように冷ます。
「ハフハフ……ほれは……はつい…ハフハフ……でも、タコのエキスが染みわたり、濃い目のソースの味とマヨネーズのねっとりした味が一体となって……」
少し涙目になったニコールは、その味の塊をごくんと飲み込んだ。そして、思わず両手を頬に当ててうっとりとした表情になった」
「熱ウマ~い!」
「火傷をしないようにしてね。口の中の皮が取れてべろんべろんになってしまうからね」
そう二徹は注意をする。あまりの美味しさに熱さを忘れて、慌てて食べてしまうことがあるからだ。
「無理だ。これは熱くて大変だが、また口に入れたくなってしまう」
2つ目のたこ焼きをあんぐと頬張るニコール。またもや、幸せそうな顔になる。
「仕方ないなあ。口の中を消毒しないとね」
もう少し後で出そうと思ったけれど、二徹も飲みたくなったのですぐに用意することにした。
「なんだ、それは?」
小さなコップが四角い木の器に入れられている。いわゆる升である。そこへアレンビー船長からもらった東方の酒。米から作った日本酒を注ぎ込む。コップからあふれて木の升へ溢れる。
「日本酒だよ」
「もう、二徹、このたこ焼きにそれは合いすぎるぞ」
日本酒はニコールも大好きな酒である。東方からしか仕入れることが難しいので、今は1本しかない。それも残り少ない。また、アレンビー船長が帰国したら貰うつもりではある。
冷酒に熱々のたこ焼きは最高である。ハフハフと口の中で転がした後に食べるたこ焼き。その濃厚なソースを洗い流し、口の中をリセットすると共に体に染み渡る香り高い酒。もうたまらない。これぞ、至福の時間である。
「ハフハフ……うまうま……そしてキュッとした切れ味……もう……たまらない……」
「ニコちゃん、コップのお酒がなくなったら、升にこぼれたのを飲むんだよ」
「わ、わかっている……この木の器もいい香りだ。ここから飲む酒もまた格別……」
くっ……と飲み干し、口の中で転がすように味わうニコール。日本酒の影響で頬がピンク色に染まっている。
「ねえ、ニ・テ・ツ……」
「どうしたの、ニコちゃん」
「人は隠れた意外な才能をもっているものだ」
「急な話だね。もしかしたら、シャルロット少尉のこと?」
二徹も猫仮面2号がシャルロット少尉だと見抜いている。理由があるのだろうと、少し痛い格好のシャルロットには話しかけなかったが。
「彼女のあの才能は凄かった。軍では使えないが、あれも一芸だ」
「そうだね。人を驚かせる才能はすばらしいね」
いつの間にかニコールは二徹の隣に座っている。そっと頭を傾けてニコちゃんモード全開である。
「私の隠れた才能もあるぞ」
「ニコちゃんの隠れた才能?」
「それは……」
「それは?」
ニコールはキュッと二徹の腕に絡みついている。もう顔は真っ赤かである。
「タコを食べるとニテツに吸い付いて離れない才能だにゃ!」
「ニコちゃん、酔っているよね、完全に酔っているよね?」
「酔ってなんていないにゃ。これは覚醒だにゃ。今からもう離れないにゃ。今日はずっと吸い付いて離れないから。私はチュウチュウタコになったのだにゃ!」
「ニコちゃん~それはちょっと激しくくっつき過ぎだよ。いろいろと絡まってるよ」
「もう、そんなことはいいにゃ!」
今日もオーガスト夫妻は、意味不明のイチャイチャで1日を終えた。
*
「ゴホン……それでシャルロット、父上との休暇はどうであった?」
ニコールは昨晩のことはあまり覚えていない。疲れたところに染み渡る日本酒で酔いが回ってしまったこともあるが、思い出したくない甘え方だったことが大きい。
職場で思い出すと顔がニヤけてしまうから、今は記憶の奥底へ沈めているのだ。
「はい。3日間、父の大好きな食べ歩きで満足して帰っていきました。大尉に挨拶をする予定でしたが、部隊から急に呼び出しがかかったもので、今朝、急いでエバプールへ戻りました。大尉には申し訳ないと言っておりました」
そうシャルロットは報告した。本当は食べ過ぎが原因。今もホテルで休養をしており、昼過ぎに馬車で帰る予定なのだ。
「そうか、それは残念だったが、いずれお会いすることもあろう」
書類をトントンと揃えて、ニコールは意地悪そうにシャルロットに視線を向けた。まあ、この親子の活躍については、ニコールは十分に把握している。
「町では猫仮面というのが大活躍でな。猫仮面2号というのが、ちょうどお前くらいの体格で、あの青い三連星を圧倒するくらい食べるのだ。あれには驚いたぞ」
「は、はあ。そうだったのですね。わたしもその姿見たかったです。猫仮面は町で有名になっているようですからね」
澄ました感じで受け流すシャルロット。あくまでもシラを切るつもりのようだ。
「そうだ、シャルロット、あのウェステリア風お好み焼きの味はどうであった?」
「大尉、あれはですね、それこそ、タコの味が全体に染み渡って……あれ、ああ、それは試食でたまたま食べただけで、その、あの……戦いが終わった後に父と行ったんですよね」
「ふむ。そうだったのか……」
「そ、そうですよ」
「そうだぎゃ!」
「そうだにゃ……あっ……」
ニコールはそっと立ち上がってポンポンとシャルロットの肩を叩いた。
「シャルロット、いい才能を持っているな。まあ、隠れた才能はここぞという時に役立つかもしれない」
「は、はい……」
「まあ、なんだな。一応、お前もいい年だからな。語尾に『にゃ』とかは付けない方がいいと思うぞ」
「……はい。気をつけさせていただきます。自分の年もわきまえず、調子に乗っておりました。これからは『にゃ』は封印します。あれ、大尉、どうかされました?」
なぜか、ニコールの顔は羞恥心で真っ赤になっている。
思い出したのだ。
昨日、『にゃ』を連発したことを……。
異世界嫁ごはん、11月25日 オーバーラップノベルスで発売。
もうすぐ表紙絵、口絵などが公開。
よろしくお願いします。




