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異世界嫁ごはん ~最強の専業主夫に転職しました~  作者: 九重七六八
第13話 嫁ごはん レシピ13 夏バテ解消! ひつまぶしと手羽先名古屋飯
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ひつまぶしで肉食獣に変身

祝! 書籍化決定! 詳しくは明日、公式発表です。まずは割烹で発表中。

 市庁舎を完全に占領したレオンハルトは、アクトン卿が何者かに暗殺されていたと報告を受けて、思わずチッと舌打ちをした。逮捕されてから余計なことを白状してもらっては困るので、いずれ始末をするつもりではあったが、先を越されたという思いがあったからだ。


(一体、誰が殺ったのか……。敵の多そうな奴だったからどさくさに殺されたと見るべきだろうが……)


 それでもゼーレ・カッツエに関する資料の差し押えと自分につながる情報の隠滅はする必要があった。なんと言ってもゼーレ・カッツエのナンバー2の立場の男であったから、いろんな情報が手に入るはずである。もしかしたら、自分につながる情報があるかもしれない。


 それでもそういう危険はあったが、彼が死んだことは組織の大幅な弱体化につながることになる。これは組織を乗っ取る腹のレオンハルトにとっては好機であった。


「レオンハルト司令。エリンバラ市民はことのほか、大人しく、素直にこちらの呼びかけに従っております。ニコール大尉の市民懐柔策が効いているようです」


 そう副官からの報告を聞いて、レオンハルトは満足そうに頷いた。暴徒化寸前だった市民の怒りをどう鎮めるかは、占領軍としては頭の痛い問題である。それに初期の段階で手を打ったニコールの働きは目立たないが大きな手柄であることに違いない。


「よし。兵士たちも疲れただろう。食事を取って順に休むように命令したいが、休む場所や食事の準備などはできているか」

「はっ。すでにニコール大尉の命令で準備は整っているようです。閣下の命令待ちです」

「うむ。さすがだな。私はよい参謀をもった」


 実に手際のよいことだと、この戦の天才は思ったようだった。


(前線に立てば兵士の先頭に立って戦う勇猛さ。後方にあっては軍を支える支援体制を短い時間で構築するマネジメント能力。女にしておくにはもったいない……。いや、市民に対する心配りは女性ならではか……。やはり、彼女は部下として欲しい人材だな)


 レオンハルトはそうニコールを評価していたが、自分の部下になるということは、いずれ大陸での戦争に参加するということである。


(そうなるとあの男は、私を許さないだろうなあ……)


 そうレオンハルトは、妻の代わりに自分に殴られた二徹の顔を思い出した。


「ニコちゃん、お疲れ。夕食をもってきたよ」


 深夜、執務室で書類の山に囲まれているニコールに二徹が食事をもってきた。木でできた丸い蓋のついた器。それに小皿と水差しがお盆にのっている。


 もう夜も10時を過ぎて副官のシャルロットは宿舎に帰している。朝からの戦闘でニコールもかなり疲労の色が顔に出ている。


しかし、参謀の仕事は膨大である。夕方前には戦闘は終わり、町は落ち着きを取り戻しているが、各部隊からの報告や判断を求める案件、それに対する指示が大量にあった。


「はあ、疲れた~」


 朝から何も食べていないニコール。二徹にそう言われて、やっと空腹に気が付いた。それと同時に体が重く感じる。フラフラと二徹が食事を置いたテーブルに移動し、ソファに腰掛けた。二徹の隣である。


くんくん……。


 だが、同時に二徹のもってきた料理からいい匂いが漂ってきたことに気がついた。それは木の丸い蓋を開けるといっそう広がった。香ばしいその匂いは最近知った匂い。しかし、それはその時に嗅いだものよりさらに鮮烈であった。


「そ、それはなんだ?」

「ひつまぶしだよ」

「ひつまぶし?」


 ニコールは木の器を見る。上にはふっくらと焼き上げられ、タレで黒光りするウナギ。よく見ると包丁が細かく入れられている。下はタレがたっぷりとかかった白いごはん。


ごくり……。


 思わず、のどを鳴らしたニコール。嗅覚と視覚だけでもう口の中がよだれでいっぱいになる。


 じゅるじゅる……。


 食い気が仕事をする意欲を侵食していく。


(ダメだ……私にはまだ仕事が……)


 心の中で抵抗するニコールを誘惑して落とす二徹の甘い言葉。


「ニコちゃん、食べないと仕事は、はかどらないよ。ここは食事して体を休めようよ。これはニコちゃんのために特別に作ったスペシャルメニューだよ」


 確かにその通りではある。食事もしないで疲れた体を酷使してもよい仕事にはならないだろう。

いつものように軽く落城するニコール。二徹の前では防御力は0になる。


「し、仕方がないなあ。二徹がせっかく作ったんだ。それにしても、まだウナギとやらあったんだな」

「ニコちゃんに特別に食べてもらおうと思って、極上の奴を一匹残していたんだよ」


 二徹が残したウナギは200匹の中から選び出したものだ。太くて青みがかった胴体。そして「胴浮かし」といって、水に入れると頭と尻尾が沈んで胴が浮いているウナギである。生まれ変わる前に二徹はウナギ釣り名人から聞いた幻のウナギである。


「ひつまぶしというのは、ウナギをお櫃というご飯にまぶすというところから来ているんだよ。まずは、そのまま食べてよ」


 そういって二徹はひつまぶしを器に移す。そしてニコールの前に差し出した。たまらず、ニコールはそれを使い慣れた箸で口に入れた。それをニコールの隣でニコニコして見つめる二徹。


「うおおおおおっ……やわらかくて、香ばしくて……ああ、もうたまらない……」


 体全体に染み渡るウナギの味。それは脂がのっているがさわやかな、口に入れるとふっと消える脂の味。疲れて活力切れしているニコールの体が熱くなってくる。


「これは……旨い。昨日食べたウナギご飯も美味しかったが、これはさらに上を行くぞ」

「そうだね。ウナギの質もあるけど、タレの違いが大きいね」

「違うタレでも塗ったのか?」

「いいや。同じタレだけどね」

「同じタレとは思えないぞ、これは。それに同じならこんなに違わないだろう」


 二徹は説明した。昨日、200匹ものウナギのかば焼きを作った。焼いてはタレにくぐらせ、また焼いてはタレに付ける。そうするうちにウナギの脂がタレに加わり、炭で焼かれたウナギの味がタレに加わる。


 数段に進化したタレに化けるのだ。それを極上のうなぎに使い、二徹が最初から最後まで作ったのがこれだ。うまいに決まっている。


「そ、そうか。200匹のウナギの脂が染み込んでタレとこなれた旨さか……。もはや、これは美味しいという形容詞が役不足な……激熱美味しいと言っても表現できない」

「それじゃあ、激熱美味しいのをどうぞ、続けて召しませ」

「うおおおおおおおっ……うま、うま、うま……はぐはぐ……うま」


 夢中で食べるニコール。あっという間に器によそわれたものがなくなる。なくなると二徹は2杯目をよそう。そして小皿に入った薬味を投入する。薬味はネギにわさびにノリである。


 その様子を見てニコールの喉がゴクリとなる。見た目からしても新鮮に映る。


「があああっ……また味が変わって……これはたまらない……とまらない……」


 もう暴走状態のニコール。さらに3杯目はとどめの一撃である。あられをまぶしてお茶をかけた。水差しにはお茶が入っていたのだ。最後の締めのお茶漬けである。


 ウナギの濃厚なタレと淡白なお茶。この相反するもののハーモニー。さらっと食べれて、ウナギの旨みが後でガツンと来る。もうどうにでもしてくれという快感に襲われる。


「もう~、死んじゃう~美味しすぎて死んじゃうよ~」


 器を左手で持ち、箸でカツカツと流し込むニコール。もはや、理性が吹き飛び、完全にニコちゃんモードである。口元にご飯つぶがついているので、そっと二徹はそれをつまんで食べた。ニコールはそんな二徹をキッとにらんだ。


「なんてものを食べさせてくれたのだ!」

「え、まずかった?」

「違う。こんなに美味しくて精力がつくものを食べさせられたのだ。もう、もう……」


 グイっと下から睨みつけるニコール。そして両手を二徹の首に回した。


「もう私は肉食獣になってしまうぞ……」

「う……ニコちゃん……」


 グイっと口づけ。そのまま、二徹をソファにに押し倒す。


「二徹~。もう、大好き、好き、好き……」

「ニコちゃん、そんな大胆な。いくらウナギを食べたからと言ってもね」

「ウナギのせいもあるけど、それだけじゃない。もう体全体が熱くて……もう、我慢できないのだ」


(いやいや、それはもうウナギのせいですから!)


 二徹はニコールに組み敷かれていたが、その両手首をガシッと掴むとニコールの背中へ持っていき、くるりと体を入れ替えた。


「こんなところで肉食獣になってはいけないよ。それに可愛い君に迫られたら、僕の方が肉食獣になってしまうよ」

「いや、今は私が肉食獣だ」

「今の君は可愛い僕の獲物だよ」


 ニコールは目を伏せて腕の力を抜いた。そして、小さな声でつぶやいた。


「じ、じゃあ……二徹が肉食獣になっていい……今から私は狩られた獲物だ」

「もうニコちゃん、激可愛い!」


「二徹、食べて……いい……ぞ」


 ガタッ!


「誰!」

「天井か!」

 

 突然、天井で音がした。ソファで折り重なっていた2人だったが反応は早い。二徹はひつまぶしを入れていたお櫃を加速付きで投げた。ニコールは愛用の日本刀を手にする。


バキッ、ガタン、ボト……。


 高速で放たれたお櫃は砕けたが、それは天井の板も破壊した。そしてそこにいた人物ごと落下したのだ。


「お、お前は……」

「イタタタ……不覚ダッタ……」


 ヨロヨロと立ち上がったのはどこかで見たことのなる人物。布で口元を隠された顔からは、男であることしか推測できないが、袖口から少し覗く腕には2匹のムカデに刺青が見える。


昔、二徹が戦ったことがある凄腕の暗殺者だ。


「この、不埒もの!」


 ニコールが日本刀を抜いて斬りかかる。その一閃を回転して避ける二千足の死神。だが、扉は二徹がいるので逃げられない。


「僕とニコちゃんのラブシーンを覗きに来たわけではなさそうだけど」

「もしそうなら、ここで抹殺する」


 顔を真っ赤にしているニコール。もう目の前にいるのが凄腕暗殺者であることは脇に置いている。先ほどの自分の行動が見られたと知って、恥ずかしさで頭から湯気が立っているようだ。


「チガウ……ソンナモノハミタクハナカッタ……」

「な、なんだと!」

「ニコちゃん、危ないよ」

「マジカ……」


 キレて日本刀をめちゃくちゃに振り回すニコール。狭い部屋でこれは危ない。切られたカーテン、建具、テーブルが真っ二つになっていく。死に物狂いで逃げ回る死神。そして二徹も逃げる。


「フウフウ……」

「ハアハア……」


「ニ、ニコちゃん……冷静になってよ。この人、多分、仕事でニコちゃんを監視していたんだよ」


 コクコクと頷く死神。彼は雇い主の命令でAZK連隊の参謀であるニコールを監視していたに過ぎない。


「だったら、なおさらだ。アクトン卿を暗殺した奴かもしれない。二徹、奴を捕まえるのだ」

「了解!」


 二徹は加速した。そして複数のパンチを死神に繰り出す。二千足の死神は両腕を交差させて、かろうじて急所を守り致命的なダメージを防ぐ。だが、二徹の攻撃の威力はすさまじい。死神は体ごと吹き飛んだ。


ぶち当たったのは扉。これは死神には結果的には幸いとなった。


 壊れた扉ごとゴロゴロと体を回転させて、廊下の壁にぶち当たった二千足の死神。一時、気を失いそうになったが、右手の袖から針を取り出すとそれを自分の太ももに突き刺した。


「グッ……」


 その痛みで気を取り戻す。すぐに窓を破って外へと飛び出した。警備をしていた兵士が後を追ったが、暗闇の中、姿をくらませた。


「ウウウウ……アノヒツマブシ……食ベテミタカッタ……」


 プロフェッショナルな暗殺者を惑わせた『ひつまぶし』。あまりの美味しそうな匂いとニコールの食べっぷりに我を忘れてしまい、悶絶してしまったことは、二千足の死神の秘密だ。そんなことをアーネルト女侯爵には報告はできない。


 ちなみに二徹とニコールのイチャイチャがトドメであった。ひつまぶしのことで頭いっぱいなところで、あのラブシーン。いっぱいいっぱいのところで、ニコールの『食べていい』が死神の冷徹な心を折った。


「リ……リアジュウ、爆発シロ。そして、ヒツマブシ食ワセロ!」


 闇夜で叫ぶ不気味な男の声がエリンバラの町に響いたのであった。


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