やっぱり、ビールと揚げたてでしょ!
未成年の方と下戸の方にはすみません。
ビールと揚げたて天ぷら・・・最高です。もう死ぬ~です。
「レイジ、エビの用意を」
「おう、任せておけ!」
ここまで一緒に天ぷらを揚げていたレイジだったが、ここからは役割を分ける。レイジが下ごしらえ、二徹が揚げるのだ。
レイジは、細かく砕いた氷の中からシマエビを取り出す。レイジは包丁を取り出すと腹側全体に浅く包丁目を入れて、頭と殻を取り出す。そして串を使って背わたを取る。流れるような作業は実に美しい。この歳で王宮料理アカデミーのE級厨士になっただけのことはある。
そしてここからが、レイジの包丁捌きのテクニックが冴え渡る。尻尾の先を切り取り、しごいて水分を抜く。そして、尾の付け根から切込を入れていく。これを背側と腹側に行っていく。これは簡単なようで難しい作業だ。
レイジは二徹に教えてもらい、この3週間、徹底して練習してきたのだ。スピード感をもって次々とエビの下処理をする。
「実にすばらしい技術だ。しかし、これから油で揚げるだけなのに随分と包丁を使うんだな」
食い入るようにレイジの作業を見ていたヴィッツエル公爵は、そのような疑問を口にした。確かに揚げるだけなら必要のない作業のように思える。
「公爵殿、料理は科学だといつも我が夫が申しております。これもきっと深いわけがあるのでしょう」
そう言ってニコールが軽く二徹にウインクする。どうやら、説明のためのお膳立てをしてくれたようだ。二徹は頷いて、説明をする。
「エビは筋切りをしないと揚げた時に丸まってしまうのです。こうやって下処理をしておけば……」
二徹はレイジが下ごしらえをしたエビに衣を薄く付けて、180℃の油で揚げていく。揚がったエビは真っ直ぐである。
「おお!」
「曲がっていない」
アレックス次官とアディトン大臣が驚く。揚げたエビは屋台でも売られている食べ物であるが、大抵は黄色い衣がべカッとくっついて、曲がっていたからだ。目の前に置かれた揚げたてのエビの天ぷらは、真っ直ぐに白い衣をまとっている。
「うむ。美味しそうだ」
「この天つゆに付けてお召し上がりください」
天つゆは出汁、みりん、醤油、砂糖で作った二徹のオリジナルだ。器に入れた汁は黒光りをしていかにも美味しそうな輝きを放っている。揚げたてのエビをその汁に漬ける客人たち。
「むむむ……」
ヴィッツエル公爵はエビを口に入れる。ハフハフと息を吐きながら歯で噛むと、衣はさくっと崩れ、エビのプリプリした身に歯が届く。それは軽く抵抗したあと、ぷっつりと切れて、エビの旨みが広がる。
「う、うおおおおおっ!」
「なんですと~」
「これはうまい、うますぎる……」
「ぐぬぬぬ……」
「エビがプリプリでたまらない。これは感動を通り越して、もはや快感だ」
「はい、ニコール大尉、さらなる快感に到達するためにこれをどうぞ!」
ポンポンと二徹はキンキンに冷やしたビールをカウンターに置く。このタイミングで出したのは、口の中の油っぽさを初期化するのと、やはり天ぷらにはビールの一気飲みが一番だろう。
「に、二徹、私たちを殺す気か!」
「こ、ここでビールか。これは憎い演出だな。お、大尉、飲むのか?」
ヴィッツエル公爵がグラスに手をかけたが、それよりも早くニコールがゴキュゴキュと飲み干すのに見入ってしまった。赤いセクシーなドレスの美女のビール一気飲みだ。
「ぷは~っ。あ、公爵閣下、これはご無礼を……つい、我慢できずに……」
「いやいや、大尉の姿を見たら美味しさ2倍だ。わしも一気に飲もう」
もうヴィッツエル公爵だけでない。アレックス次官もアディトン卿もジェファーソン大使もグラスに口を付ける。そして飲み終わった頃にもう一匹の揚げたてのエビの天ぷらが。
それを間髪入れずにあんぐあんぐと食べる。
「はい、次はホウボウの天ぷらです。岩塩だけでどうぞ」
二徹はレイジが捌くホウボウを油で揚げる。180℃で2,3分で綺麗な揚げ色で浮いてくるホウボウの身。それを油をきって客人たちの前に置く。
「これはもう、顔が崩れる。エビの天ぷらとビールで降参なのに。これ以上嬉しくさせないでくれ」
ちょっと怒り気味の口調だが顔はニヤついているヴィッツエル公爵。その白身の揚げたてを口にする。サクサクした食感。濃厚な旨み。もう誰もが声すら上げない。
「どうしました。ニコール大尉?」
ニコールがホウボウの天ぷらをほおばってから、頬をピンク色に染めてプルプルと震えている様子を見て、二徹は声をかけた。あまりの美味しさに『ニコちゃん』モードになりそうだが、それを必死に耐えている感じだ。
「うっ……くっ……あ……あ……ん」
舌からもたらせる快感に必死に抗う様子が色っぽすぎる。ヴィッツエル公爵らもその姿と天ぷらの美味しさに恍惚となっている。だが、それだけではない。愛妻が必死に耐えているのに、二徹はさらに第2弾を投入する。
「ホウボウの皮です」
「か、皮だと~っ!」×4
「香ばしい~っ」
「パリパリ……そして味が深い~」
「ホウボウの腹骨周りの身です」
「ぐあああああああっ~」
「骨の周りの肉の濃厚な味といったら……」
「も、もう~だめ……」
「ニコール大尉、ここはがまん、がまん」
「んんん……」
二徹に差し出された2杯目のビールを一気飲みしてなんとか耐えたニコール。他の3人はもう惚けたようになっている。
「ここで口直しをしていただきます」
二徹の合図でレイジが小さな小皿にキュウリやナス、キャベツを乗せてきた。
「な、なんだね?」
「野菜を酢にでも漬けたのか?」
「はい、アレックス次官。これは糠漬けというものだそうです。タケノコのアク抜きで使った糠で野菜を漬けたのです。酸っぱくて口の中がさっぱりしますよ」
自信たっぷりのレイジ。これはレイジが、毎日かき混ぜて発酵を促進した自信作である。コリコリと噛むと確かに酸っぱいが、なんとも言えない味が広がる。
先ほどの攻撃で体の芯まで美味しさに蹂躙された4人であったが、さすがに油で口の中がネトネトした感覚が生まれつつあったことは確か。このぬか漬けでさっぱりとリセットされる。
「はい。さっぱりしたところで、次はタケノコです。これは朝取りしたタケノコをすぐに水茹したものを急いで生産地から運ばせたものです」
これは王宮料理アカデミーの力があってこそ。前にタケノコ料理の研究で二徹が食べ方を教えて、食堂で好評だったことで食材として認められたことが大きい。
タケノコの先端部分の軟らかいところだけを天ぷらにすると、もうたまらない美味しさである。軟らかいけど、少しコリコリした食感に濃厚な味が体全体を包み込む感覚にとらわれる。
さらにマイタケに青しその天ぷらが続く。もう大満足のお腹いっぱいである。
「それではデザートにしましょう」
そう言って二徹が最後に出したのも天ぷら。
「なんだね、これは?」
ヴィッツエル公爵はそれをひと噛みした。
「ど、どうしたのですか?」
隣のニコールは、ヴィッツエル公爵がポロポロを涙を流し始めたのを見て驚いた。どうやら、食べたデザートというのが原因らしい。
「何というものを食べさせてくれたのだ!」
涙が止まらない公爵。ニコールも食べてみた。
「う、こ、これは……甘い……そして、これは果物か?」
「そうです。イチジクを天ぷらにしてみました」
イチジクは果物としては珍しくないものだ。それを天ぷらにするということも驚きだが、ヴィッツエル公爵の涙はそれが原因ではない。
「これは……我が祖国、セント・フィーリアのイチジクだ。しかも、わしの故郷、フラガンのイチジクだ。よく生で手に入れたな」
ヴィッツエル公爵の生まれ故郷。先祖代々が住む土地フラガン地方は、イチジクの名産地だ。この特産品は他よりも大きく、そして甘味と酸味が一体となった味が絶妙で、最も美味しいと言われるものだ。
これも王宮料理アカデミーの総力をあげて手に入れた一品だ。ヴィッツエル公爵がイチジクの産地出身だと外務省で聞いた二徹が、なんとか手に入れたいと要望した結果である。
このデザートは、今回の長旅で長く祖国を離れているヴィッツエル公爵への気持ちがこもった一品なのだ。そんな二徹の心を感じ取った公爵は涙をぬぐい、いちじくの天ぷらを完食した。
「うむ。大満足だ。今までいろんな国で接待を受けたが、このような料理を食べたのは初めてだ。」
「フィッシュ&チップス《キル&タルロフライ》を所望したが、ここまで進化したものを食べられるとは思いもしなかった」
そう評価する公爵。慌てて今まで黙って食するしかなかったジェファーソン大使が反論する。
「公爵、我がフランドルの食事も最高のものでした。公爵も大満足だったではないですか。それに今日の料理はただ油で揚げただけ。これを料理と言えるのでしょうか?」
「くくく……。おっさん、何も分かっていないようだな」
「お、おっさんだと!?」
レイジの言葉にちょっと怒ったジェファーソン大使。外国の大使に向かって、確かに不敬ではあるが、レイジは負けてはいない。
「この天ぷらという料理。単純なようで単純じゃない。少しでも間違えれば、この料理はそこらで売っている衣ガチガチ、ベカベカのフィッシュ&チップスになってしまうんだ」
「確かに小麦粉と卵と水を混ぜたものを揚げれば固くなるだけだ。それなのに今日のはサクサクで軽い衣であった。是非、極意を教えてもらいたいものだ」
ヴィッツエル公爵の質問にレイジは自慢げに答え始めた。彼が3週間前に二徹から聞いて知ったことである。




