フランドル大使館へ
「連隊長、エバンス様を始め、王宮料理アカデミーの上層部を襲った実行犯は逮捕しました。今は、その背後関係を調べております」
ニコールはそうレオンハルト少将に報告している。ニコールの的確な指示と、衛兵警備隊との連携で実行犯をことごとく捕らえたのだ。これはニコールの他の部署との連携を巧みに行う指揮力・調整力を示したものだ。
AZK連隊は、新しく創設された部隊であり、その人員は陸軍の様々な部署からの選抜。それぞれから選ばれた優秀な人員が集められている。
国に弓を引く反逆者の捜査とその殲滅が任務だが、新しい部署だけにノウハウも人脈もない。ニコールは親しい友人がいる衛兵警備隊との連携を密にし、捜査は衛兵警備隊に。武力による逮捕はAZK連隊の部隊を使って成果をあげていた。
(全く、この女は優秀だ。将来、私が大陸派遣団の軍団長になったら、数万の兵を彼女に与えて、その指揮ぶりを見てみたいものだ……)
参謀として仕えるニコールをそうレオンハルトは買っていた。優秀なだけに自分とゼーレ・カッツエの関係を暴かれる危険性もあったが、基本、優秀な人間が好きなレオンハルトは、自分のために仕える将来の将軍候補にニコールの名を記録していた。
「うむ。ニコール大尉、ご苦労だった。この事件、どうやら、裏でフランドル王国が動いていると思われるのだが、かの国とは外交関係が非常に難しい状況だ。もし、フランドルが関わっていたとしても、外交関係を揺るがす行動は慎むように」
「はい。承知しております」
これはニコールも十分わかっていた。これはウェステリアの国内問題ではない。ゼーレ・カッツエの後ろにはフランドル王国がいて、ウェステリアを内部から攻略しようと動いていることは間違いがない。
「この事件の背後には、密かにゼーレ・カッツエに与する有力貴族なり司教がいるはずだ。その逮捕に全力を尽くせ」
レオンハルト少将はそう命じたが、実際にこの優秀な参謀が自由に動き、組織を根こそぎ壊滅に追い込むことは好ましいと思っていなかった。
レオンハルト少将の目的はゼーレ・カッツエの掌握。現在の幹部をことごとく粛清するが、組織自体は自分が利用したいのだ。
ただ、フランドルとの戦争で成り上がったレオンハルトとしては、かの国は不倶戴天の敵であり、手を組むことは一切考えていない。将来、ウェステリアの新国王を目指すという野望をもつレオンハルトとしては、仮想敵国と関係をもつことは国民の支持を得られなくなるから危険なのだ。
「はっ……」
ニコールはそんなレオンハルト少将には、複雑な思いをもっている。極秘ルートで国王直属の侍従から彼とゼーレ・カッツエの関係を調べ、監視するように命令されていたからだ。だが、関係がわかった時でもそれを公にすることは固く禁じられていた。
それが現国王の考えであることは予測できたが、それが何を狙ったものであるかは聡明なニコールでも察りかねた。この戦争の天才がもし反逆行為に加担しているなら、即刻、取り除かないと大変なことになる懸念がある。
(ただ、この人は同じ軍人としては尊敬に値する人物だ。見習うべきことが多い)
ニコールと4歳違うだけだが、既に将軍の地位まで上り詰めた才覚は尋常ではない。しかも平民出身であるから、その出世は戦場での活躍で得たものだからだ。それだけに、ニコール自身も常に試されているという緊張感に包まれている。
トントントントン……。
普通よりも多くドアが叩かれる音がする。明らかに慌てている様子が分かる。
「シャルロット少尉、入ります!」
やはり明らかに動揺している口調のシャルロット少尉。レオンハルトの許可と同時に、もつれるように部屋に入ってきた。
「シャルロット少尉、もっと落ち着いて入れ。そして報告は短く、的確にだ」
「は、はい、もしわけありません……ニコール大尉」
シャルロット少尉にそう苦言をするニコール。シャルロットはニコールの直属の副官であるから、ここは指導をしておく。彼女は無能ではないが、感情が表に出てしまうタイプである。この慌てぶりからすると、今からする報告は相当な驚きを伴うものであることがニコールにもレオンハルトにも予想できた。
「犯人が白状をしました。この事件の首謀者の名前が分かりました。複数名の証言ですので、これはかなりの信ぴょう性があると思われます」
エバンスたちを襲撃した犯人から、黒幕がわかったというのだ。これにはニコールもレオンハルトも別の思惑でその黒幕の名前に興味をもった。
「それで、その証言から分かったのは誰だ?」
「驚かないでください……」
シャルロット少尉はニコールとレオンハルトを交互に見る。直属の上官であるニコールにはともかく、一番の上官であるレオンハルトにはもう少し敬意を払った言い方があると思うが、慌てているのでそれはスルーされている。
「まずは、オルグレン大司教」
「オルグレン卿だと……。彼は教会のNo.4だ」
ニコールは前から怪しいとにらんでいた人物だったが、名前が上がって驚きを隠せない。これは大変なことになる。教会勢力のNo.4となると、教会自体の関与があると推測するからだ。ニコールとしては教会が絡んでいることは、以前から疑っていたがそれはできることならあって欲しくないと思っていた。
「次にエイトン伯爵……」
「王国の外務省の役人だな。確か外務大臣の筆頭補佐官だったと思う」
レオンハルトはそう説明した。よく知っている人物だが、その知っている理由については詳しくは話さない。2名ともゼーレ・カッツエの高級幹部だったからだ。
「それで両名とも今はどうしているのだ?」
そうニコールはその先の報告を急がせた。判明して何も手を打たないのでは意味がない。これは現場レベルの指揮官のすばやい行動が問われる。
「はい。指名手配をして今、行方を追っています。王国最高裁判所より逮捕状も出ました。これは衛兵警備隊の大尉のご友人の力のおかげです。両名とも屋敷にはいませんでした。既に逃亡していると思われます」
「そうか……。両名ともこのファルスに潜伏しているはずだ。逮捕は時間の問題だが……」
ニコールの心配は両名が外国への逃亡すること。島国であるウェステリア王国から外国へ逃亡するには、港から船を使って脱出するしかない。
「だが……それ以外にも逃げる場所がある。シャルロット」
「隊長、すでに手は打ってありますよ」
できる副官、シャルロット少尉はニコールの命令を先読みして、すでにその場所に部隊を派遣する準備をしていた。天然でもシャルロットはできる子なのだ。
「よし。それでは私たちも行くぞ」
「は、はい。ニコール大尉」
「レオンハルト連隊長。これからフランドル王国大使館へ出動します。ご許可を」
ニコールはそう上官のレオンハルト少将に許可を求める。フランドル大使館は首都ファルスの中心街にある。そこへ6個小隊300名を派遣する。目的はフランドル王国大使館に逃げ込む首謀者2名を逮捕することである。
「わかった。だが、ニコール大尉。先程も言ったがくれぐれも国際法に抵触することのないように」
「分かっています」
大使館は条約上ではその国の主権が及ぶ範囲となっており、軍を出撃させて敷地内に侵入させることは、完全な宣戦布告、侵略行為になるのだ。フランドル王国とは現在、休戦中で微妙な関係である。迂闊な行為は戦争につながりかねない。
よって、仮に犯人が大使館に逃げ込んだら、それを逮捕することは不可能である。条約上、敷地内には一歩も踏み込むことはできない。




