裏切りのラーメン
ゴロゴロゴロゴロ……
砂利道を転げるカバンの音。
日曜日の昼下がりの事だった。
まだまだ暑くて陽射しが厳しい秋の大栗川。土手沿いの砂利道を、一人の少女が歩いていた。
足取りは鈍い。自分の背丈ほどもあるキャリーバッグを、重たそうに引きずっているのだ。
「ゆすら? ゆすらじゃないか? 何やってんだそんなの持って?」
土手沿いをプラプラ散歩していた聖痕十文字学園中等部二年、時城コータがすれ違った少女に声をかけた。
「せ、先輩!」
うかない顔の少女が、ようやく砂利道から顔を上げてコータに気付く。
山桜ゆすら。
桃色の髪に、栗鼠のようにクリクリした瞳が愛らしい、コータの美術部の後輩だ。
「重そうだな、運ぶの手伝おうか?」
見かねて、そう言ったコータに、
「あ、ありがとうございます。でも、そんな事より……」
ゆすらが切羽詰まった表情で、コータの手をキュッと握り締めた。
「今日、ちょっとした……お食事会があって! 一緒に来て欲しいんです!」
あえ……? コータの顔が見る見る赤くなって行く。
お食事会に一緒て!
「わかったよ、ゆすら。事情はわからんが俺も行くぜ!」
眉毛をキリッとさせて、コータは彼女にそう答えた。
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「あら~、ゆすらちゃん。買い出しお疲れ様~!」
ゆすらとコータの着いた先。『炎浄院』。
いかめしい表札のかかった大邸宅の玄関を開けて顔を出したのは、コータのクラスメート。エナだった。
「うぶぐぅううう!!!」
邸内から漂ってくる、まるで養豚場のような獣臭に、コータは胃がひっくり返りそうになるのを必死で堪えた。
「先輩! 豚骨30kg、鶏皮50kg! 買ってきました! あ、あぁああああと、コータ先輩も、エナ先輩のラーメンを……食べたいって!」
ゆすらが震え声でエナに挨拶したあと、腸から絞りきったような声で、コータをエナに突き出してそう言った。
「コータくんも一緒? いーわ。上がって上がって! もう『一の丼』の準備はできてるから!」
コータに気付いたエナは、眼鏡を輝かせてそう言った。
そういうことだったのか!
コータは怒りと悔恨に濁った眼でゆすらを見た。
「あぇへへへへ……」
口元をヒクつかせながら、シレッと彼から目をそらすゆすら。
炎浄院エナ。この女が『JCラーメンコンサルタント』なる謎の肩書を自称して、後輩やクラスメートを家に招いては凶悪に不味い実験ラーメンを無理矢理食べさせていると言う黒い噂は、本当だったのだ。
ゆすらは、風紀委員会ではエナの後輩。誘われたら断れないだろう。
それで、コータを道連れにして一人当たりの『ノルマ』を減らそうと……!!!
「ごめんエナ! おれ急用思い出した! 立川でパシリム見ないと!」
血相を変えて炎浄院邸から逃亡を計るコータに、
「数学、現代文、古典、化学、読書感想!」
エナが、眼鏡を冷たく煌かせながら何かの教科を列挙していく。
「うぐ!」
コータが固まった。
先月末、エナに写させてもらった、夏休みの課題科目だ。
まさか! 教師にチクったらエナ自身も問責は免れないはずだ。だが……
コータは怯えた目でエナの貌を見た。エナの顔が無言で語った。
刺し違えて悔いなし。
煌く眼鏡のその奥に、ラーメンへの果てなき冒険魂と、どす黒い狂気の炎が渦巻いていた。
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ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつ…………
豚骨や鳥ガラ、その他訳の分からない素材が目一杯詰め込まれた巨大な寸胴鍋が、グラグラ煮立ち始めた。
邸内に立ち込めた獣臭と灰色の油煙が、更にその濃さを深めた。
「お待たせ! 一の丼『真説・爆熱灼刹麺』! 今日は五の丼まであるからね!」
食卓でブルブル震えるコータとゆすらの前に、エナが強烈な異臭を放つ漆黒のスープ麺を運んできた。




