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97 第8話18:最終戦、勝負!




 ハークは、自分がジョゼフに腕を掴まれ、力任せに地面へと投げ倒されたことを悟る。

 地面に接吻することは免れたが息が詰まった。


「がはっ!」


 遅れて口から自然に悲鳴のような息が漏れる。しかし、それを気にしているような余裕はない。

 追撃が来る。その前に距離をとりながらも立ち上がらねばならない。


 ハークは倒された勢いを利用し、側転の要領で瞬時に起き上がろうとするが―――


「それまでっ! 勝負あり!」


 ゼーラトゥースがその時点で2本目の終了を宣言した。

 今回はハークの負けだ。勝負の邪魔にならない場所で観戦していた仲間達からも声が上がる。


 まだやれた、などとハークは抗議しない。

 倒された時点で死に体になった、と判断されても何らおかしくはないからだ。あの後、ジョゼフの追撃を受ける前に立ち上がり、またも互角の状況に持ち込めた可能性は良くて五分五分と言ったところであろう。


 先の状況でジョゼフの勝利宣言を行わなければ、それは確実にどちらかの命が、高確率でハークの命だが、それが失われるのを容認するということになる。ゼーラトゥースの判断と裁定は的確だった。


「大丈夫かね?」


 立ち上がったハークに先王ゼーラトゥースが声を掛ける。

 無論、先の二本目の裁定のことではなく、地面にめり込むほどの勢いで叩きつけられたハークの身を心配してのことだ。

 土埃を払いながら、ハークは叩きつけられた方の腕に違和感を覚える。


「折れてはいないようですが、肩が外れかかっておるようです」


 これは弱音ではなく事実を言っただけだ。棄権を問われたら続行を希望するつもりであった。例え戦闘中であろうとも、無理矢理捻じ込めば何とかなる。


「そうか。では、小休止の時間を設ける。魔法での治療を希望するかね?」


「いえ、大丈夫です。あくまでも実戦を想定し、自分で応急致します」


「承知した」


 先王との短い会話を終え、ハークは離れて見物していた仲間達の元へと歩み寄る。


『ご主人、大丈夫ッスか!?』


 いち早く声を掛けてきたのは虎丸だった。念話だから距離に関係の無い音量が耳にではなく、頭全体に響く。


『大丈夫だ、心配するな』


 肩を内側に向かって押し込むように関節に嵌め込んだ。少しの痛みと、炎症により患部がしばらくの間熱を持つが、『回復(ヒール)』によって処置をする。この魔法は消費魔力が大きいが、大怪我というわけでもない。既に完治しかかっていた。

 安心させるように、にこりと微笑むと強張っていた虎丸の表情もいくらか緩和されていく。


「大丈夫ですか!? ハークさん!」


 次に声がかかって来たのはテルセウスからだった。アルテオと共に駆け寄ってきた。

 彼の手には濃い色の着いた液体が入った小瓶が握られている。


「回復薬だ。ハーク殿、良かったら使ってくれ」


「ありがとう。だが、気持ちだけで充分だ。『回復(ヒール)』を使った。既に治療もほぼ完了している」


 ハークが丁寧に謝辞を示すと、その後ろにいたシンがやや興奮したかのように言う。


「ハークさんもギルド長も、どっちも凄まじいな! あれが達人同士の戦いってやつなんだな!? 何て言うか……、一手一手に駆け引きがあって、とても勉強になったよ!」


 熱く語るシンの様子を見て、ハークの眼が自然と細まる。


〈そうだ。曇りなき眼で視ろ、シンよ。そうすればお主はどんどん強くなれる〉


 ハークが弟子の健やかなる成長を願っていると、その後ろにシアの姿が視界に入る。

 彼女だけは何も言わず、しかも仲間達の中で唯一ハークに視線を合わせていない。

 何かを考え込んでいるようだった。その様子が気になり、ハークは自分から声を掛けた。


「どうした、シア?」


 その言葉を聞いてシアは、弾かれたように顔を上げるとハークの顔を視て、若干の逡巡を見せた後、ハークに向かって質問をした。


「ハーク。……何で本気を出さないんだい?」


「……何!?」


 言われた意味が判らず、ハークは遅れた反応をしてしまう。


〈どういう意味だ? まさか相手が死ぬと分かっていても、スキルを惜しみなく使うのが礼儀とでも言うつもりか?〉


 そうだとしたら、普段、情に厚い言動を見せることの多いシアにはしては珍しい反応だなと、ハークは思った。


「本気なら出しておる。試合用ではあるが」


「そっちじゃあないよ! 何で『斬魔刀』を使わないのか、って話さ!」


 ハークの方こそ、そっちか!? と思ってしまう。己の予想は完全に的外れであった。

 見れば他の仲間達も同じ気持ちであると表情から読み取れる。


〈……考えてみれば、確かにそうだな〉


 ハークの中で『斬魔刀』は、その名が示す通り魔を斬る刀、つまりは魔物専用の武器であった。その心は人間よりもはるかに巨大な魔物に対抗する為に、従来よりも長大な刃渡りが必要である、という一点に収束する。

 普通に考えれば対人間用にあそこまでの刃渡りは不要なのだ。むしろ細かい挙動が難しくなってしまう。

 だから、腰の剛刀は対人間用、背中の大太刀は対魔物用と、漠然とではあるが割り振っていたのだ。が、この世界にはステータスというものがあり、全ては数値化される。

 ハークの理論はあくまでも前世を基準にしたもので、武器の数値化が成されるこの世界では、より攻撃数値の高い武器を使わぬということは、本気を未だ出していないと判断されても仕様の無いものであった。


 そもそもジョゼフは対魔物用の見本とも言うべき大型の斧槍を使用している。ならばそこに挑むものもジョゼフと同じくより大型の武器で挑むのが筋であるとも言えるだろう。


「わかった。三本目はシアの打った『斬魔刀』でいく」


「……!! それでこそさ! よし、行っといで、ハーク!!」


 ハークの言葉に、シアは一瞬嬉しそうな顔をすると、次いで獰猛な、野性的な、そして魅力的な笑顔を見せ、ハークの肩をバシン、と叩いた。

 丁度痛めた箇所の真上だったので顔を顰めたが、とっくに患部は完治している。逆に気合が入った。


 踵を返し、試合の開始位置へと戻るべく仲間達から離れようとするハークの背に、他の人間の話が終わるのを待っていた虎丸の念話が繋がる。仲間内にも聞こえる複数回線ではなく、ハークにしか伝わらない単独回線で、だ。


『ご主人、最後に一つだけ訊いても良いッスか?』


『ン? どうした、虎丸』


『……ご主人、何でSKILLを一度も使用しないんッスか?』


 聡明な虎丸にしては珍しく察しの悪い質問だとハークは思った。これぐらい言わずとも我が相棒ならば分かっていると思っていたのだ。

 だが、この時虎丸が言いたかったことを察せなかったのは実はハークの方であった。


『何で、か。あそこで『大日輪』や『神風』を使えば、勝てる公算が高いであろうが、ジョゼフ殿を殺してしまう可能性もまた高いからだが……』 


 多少の失望が籠ったハークの返答を虎丸は言下に否定した。


『ご主人がジョゼフ殿を万が一にも殺したくないと思って行動していることは分かってるッス。そうじゃなくて……なんていうか、オイラは人間種ではないので上手く言えないッスけど、SKILLも使わずに負けてしまって、それで相手は納得するッスか?』


 ハークはその言葉に両目を限界まで見開いた。滅多に表情を変えることの無いよう散々前世で訓練をしたハークがここまでの驚愕を表に表すのは異例のことと言えた。


〈そうだ! 虎丸の言う通りだ! 何故、儂はそこに思い至らなかった!?〉


 横っ面を思いっきり平手で張られたい気持ちだった。

 試合で相手の命を慮る余り、大事なことを見失っていた。奥義の一つも使用せずに勝っても負けても、相手は侮られたと感じることであろう。自分だったら確実にそうだ。

 それは剣士にとって、死ぬよりも辛い恥辱に他ならなかった。


『ど、どうしたッスかご主人!? オイラなんか変なこと言っちゃったッスか!?』


 虎丸が主人の滅多に見ることの無い表情を視て驚愕し、慌てている。虎丸にとってハークがここまで感情を顔面に示していたのは、あのヒュージドラゴン、エルザルド戦以来だったのだから無理もなかった。


『いや、変なことなどとんでもない! 礼を言うぞ、虎丸。お前は本当に頭の良いヤツだ。大事なことを気付かせて……、いや、思い出させて貰った!』


『??』


 ハークはイマイチ不得要領顔の虎丸の頭を軽く一撫でし、今度こそ踵を返して試合開始の定位置に向かって歩き出す。

 歩きながら背に括り付けていた大太刀の紐の結び合わせを解き、鞘ごと胸の前に持ってくる。

 定位置に到着したハークは足を止め、横向きに構えた大太刀『斬魔刀』の鯉口を切る。

 チャキリッ、という小気味の良い音はまるで封印を解くかの如く感じられた。

 金属が鞘と擦れる音を上げながら、刀身がその姿を久々に現す。思えば実戦で使うのは実に6日ぶり、約一週間だ。


「虎丸!」


 相棒の名を呼んで、ハークは抜き払った鞘を虎丸の元に放り投げる。

 虎丸は器用に寝そべったまま口で咥えることで飛んできた大太刀の鞘をキャッチした。


「預かってておくれ」


「ガウッ!」


 了解、とでも言う様に虎丸は一吼えすると、前足を折り畳むようにして大切なものを扱うかのように大太刀の鞘を抱え込んだ。


 これでいい。それを見届け、ハークはそう思う。

 かつてとある藩の権力争いに巻き込まれ、その藩の剣術指南役と決闘した際に、鞘を投げ捨てたその相手を、生き残る気概が無いのかという意味で揶揄したこともあったが、こうしておけば、たった今抜き放たれた大太刀『斬魔刀』の納まり帰る場も確保されるというものだ。


「そいつが『ザンマトウ』、か。シアが自慢していたが、……成程、本当に美しいな。どうやら漸く本気を見せてくれるようだな、ハークよ!」


 やはり、ハークの仲間たちと同じく、ジョゼフもハークが全力を出していないのではと考えていたらしい。


「こいつは加減が効かなくてな。使うかどうか迷ったのだが、シア達に諭されたよ」


 そう答えると、ジョゼフは増々気合が入ったらしく、闘気溢れる獰猛な笑顔になる。


「そうかそうかぁ! 流石は俺の愛弟子だ! 良く分かってやがる。さあ、先王様、最終戦の開始の合図をよろしくお願いしますわ!」


 大声を出すジョゼフの全身からは、この戦いで死ぬことも覚悟した戦士の気概が伝わって来ていた。


〈これに気付かんとは……な。儂も腑抜けたものよ〉


 後悔に(ほぞ)を噛む思いだ。しかし、今更謝罪することも出来ない。せめてこれから全身全霊を持って戦うことを心の中で誓うのみだ。


「ようし、二人共! 準備は良いな!? それではこれより、最終戦を開始する! これに勝った方が勝者だ! いざ、始めいぃ!!」


「行くぞ、ジョゼフ殿! 死ぬなよ!」


「それはこっちの台詞よッ! こいッッ!!」


 ハークはジョゼフの返答を聞くや否や、大太刀をずん、と地面に突き立てた。


「何!?」


 ジョゼフが警戒とも困惑とも取れぬ声を上げる。

 僅かな一瞬で、地に魔力を流し込むという下準備が完成した。


「受けてみろ! 秘剣・『山津波』っ!!」


 ハークのSKILLが発動する。地面に突き刺した大太刀を力任せに振り上げ、巻き込んだ大量の土砂がハークの魔力によって無数の剣刃を形成する。それが正に山津波、雪崩の如くジョゼフへと襲い掛かった。


 こんな武術SKILLとも魔法とも区別つかぬものを、ジョゼフどころか全員が見たことも無かった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 全く未知の攻撃に曝されたジョゼフに取れる手段は己の身を守るのみであった。

 土石流が凄まじい勢いのままジョゼフの身体全体を飲み込み、その身を斬り刻む。一つ一つの刃は短く、レベルの高いジョゼフには受ける傷も浅かったが、その数は多く、更に全く未知の攻撃に曝された衝撃はやはり大きかった。

 ジョゼフは歯を喰いしばり息を止めて、顔面の前でクロスさせた両腕でひたすら耐えきる。


 やがて、漸く土石流がジョゼフの元を過ぎ去り、後方へと通過する。土砂に覆われた視界が開け、防御の為に顔前を庇う両腕を広げた瞬間、目前へと跳びかかるハークの姿をジョゼフの両目は捉えた。


「何だとぉ!?」


 ハークは秘剣・『山津波』を放った後、それで勝負が決まる筈など無いと予想し、自らの放った剣撃土石流を全力で追い駆け、間合いを一気に詰めていたのだ。

 既に一足一刀の間境を超えていたハークは、直前で跳躍し、身体を90度傾けて地面と水平に跳ぶ。


 そして、二度目の追撃SKILLを発動させた。


「奥義・『大日輪』!! おおりゃあぁ!」


 全身を一回転させながらの一文字斬りは、ハークが跳躍時に身体を90度傾けていたことにより、唐竹割りの打ち降ろしへと変貌する。

 その日輪を描く軌跡は、咄嗟に防御のために突き出したジョゼフの斧槍の柄の部分を真っ二つに斬り裂いた。

 ジョゼフの斧槍は持ち手や柄の部分すら硬い金属で構成されている特注品であったが、大太刀『斬魔刀』は全く意に返すことなく分断していた。





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