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61 第6話10:Magic Arts




 これからが本番だ。というのは虎丸も考えていた。


 先程の剣撃戦でならば、ハークにとって不利になる状況も、その可能性すらもあり得ないと虎丸は予想していたが、全くその通りだった。そんなものはこれまでハークと行動を共にしてきて戦闘をつぶさに視てくれば判るというものだ。

 攻撃も防御の技術もハークはステータス数値に表れないモノを持っている。これまで視て来た人族の中で随一と言っていい。レベルは12も差があるが、これまでハークの置かれてきた状況から考えればむしろぬるい方だ。


 だから、虎丸は安心して観ていられた。その心情は、我が子の成長を実感して感激の涙を流す母親の心境に似たものであったが、これからはそんな呑気に観戦などしていられない。

 相手の男も必死になった。これまでは自分との戦いに(虎丸自身は全く戦うつもりなどないが)備えて魔法力をなるべく温存していたようだが、それではハークに対応しきれないと悟ったのであろう。


 ハークは、対魔法戦闘は初めてである。

 彼には遠距離で相手を攻撃する手段が無い為、どうしても接近しなければ話にならない。丁度、先程のジョゼフの戦いと同じような戦いの構図となるだろう。寄れば勝てる、という状況もソックリだ。

 だが、ジョゼフには無い不利な点がハークにはある。それはHPが極端に低いということだ。ジョゼフであれば多少の無理をしても押し通れる攻撃が、ハークには致命的な傷になりかねない危険性がある。


 魔法に対する防御力である精神力の値は、種族特性も手伝って同レベル帯で比べればハークは高い。

 それでもHPが低すぎる。他の人間なら、例えばシアならばかすり傷で済む程度の攻撃も、ハークが受ければ重大な傷につながる可能性があった。ハークにはそういった、一種の危うさのようなものが常に付きまとっていた。

 知らぬうちに前足を立てて上半身を引き起こしていることに、虎丸は今更気が付いた。



 今の状況は丸っきり古都で男とジョゼフが戦っていた時の状況だなと、ハークは思った。僅かに離れた距離で男が魔法をいつでも発動できるように準備しているのが判る。


 男が発動しようとしている魔法も、先程のジョゼフ戦と全く同じものかもしれない、とハークは感じていた。

 決めつけは良くないし、何度も同じ手を使うものではないとも思ったが、実績のある戦法であればそれもおかしくはない。実際にあの時はジョゼフが氷柱の寸前で急停止し、事無きを得ていたが、前進は阻むことが出来ていた。その後もジョゼフは男の『氷柱の発現(アイシクル・スパイク)』を警戒し、遮二無二間合いを詰めることが出来なくなっていた。

 つまりは戦いを終わらせる充分な攻撃力を持ちながらも、それを回避されたとしてもその後の戦闘継続を有利に進める手札であると評価できるのだ。


〈だが、だからこそ打ち破る意味がある〉


 ハークはゆっくりと腰帯に挟まれた鞘を逆手に引き抜く。右手に抜き身の刀、左手に逆手に持った鞘を持ち、腰を落とす。

 突進の気配に、虎丸を含めた全員に緊張が走った。


 どんっ、と足を踏み鳴らしハークが突撃を開始する。前だけを見た前方にしか選択肢の無い極端な前傾姿勢。先程の剣撃戦で見せた、能楽師が行うような近付くことを悟られずに移動するような歩法とは違い、速さだけに重きを置いた突撃である。


「『氷柱の発現(アイシクル・スパイク)』ッッ!!」


 ゲンバはその往く手に絶妙のタイミングで魔法を発動させた。

 引き伸ばされた時間を進む中、ハークの眼には地面から今まさに形成されようとする氷柱の先端が見える。


〈まるで筍が生えてくるかのようだな〉


 などと呑気なことを頭の片隅で考えている場合ではない。このまま進めば良くて形成された氷柱に激突、悪ければ形成途中の氷柱に串刺しだ。

 ハークは更に前のめりで走る、がこれでも足りない。だからこそ左手を(・・・・・・・・)振り上げた。そして逆手に持つ鞘を船の櫂に見立て全力で漕ぐ。勿論、そこに水など無い。有るのは地面だけだ。ハークは地に鞘を突き立て、舟を漕ぐような動作で更なる加速を引き出した。

 結果、ハークは魔法形成初期状態の『氷柱の発現(アイシクル・スパイク)』を寸前で跳び越え、ゲンバに迫った。


(うおお!?)


 慌てたのはゲンバである。彼は先の魔法で片が付くと疑っていなかった。悪くとも先のジョゼフの様に動きの枕を押さえることは出来るだろうと踏んでいたのだ。それをまさか発動しきる前に乗り越えられるなどとは思ってもいなかった。

 ここでゲンバが想定外の事態に対応できない程度の男であれば、この時点で勝負はついていた筈である。だが、ゲンバの豊富な戦闘経験はこれしきの想定外で自身の敗北を甘受することは無かった。

 具体的に言えば、このような状況に陥った場合の手札を用意していたということである。


「『氷の霞(アイスヘイズ)』ッ!!」


 既に一足一刀の間境(まざかい)を越えたハークの鼻先に名の通りの氷の霞が発生する。


〈むっ!?〉


 細かく透明な氷の粒子が、辺りは既に夜で昼でも薄暗い森の中でもあったのだが木々の間を抜ける木漏れ日ならぬ月の木漏れ光を受けて乱反射し、一時的にハークの視界を完全に奪った。

 ハークは先程、ジョゼフがこの魔法を喰らったところを見ていたものの、距離があったためにここまでの効果を及ぼすとは予想していなかった。

 お蔭で初動が遅れる。

 視界が無くとも相手の正確な位置が解る勘と、視界以外の感覚に頼る技能を習得しているハークではあるが、視覚が使えるのであればそれが最も効率が良く、正確で確実であるのは常なる人間と変わることはない。

 必殺の間合に持ち込んだところで視界を奪われたのも(まず)かった。こちらが必殺の間合に到達したということは、己も相手の必殺の間合に自ら踏み込んでいる、ということと同義であるからだ。


 ハークは相手の小直剣を警戒し、防御に専念した。安全策を取ったワケだが、その隙にゲンバは先程よりも大きく間合をとることに成功していた。


〈本当に参考になるな〉


 己の命を賭けの担保にして、一か八かの突貫を成功させたにしては、相手に凌がれてしまってもハークは気落ちすることはない。

 むしろ貴重な経験をさせて貰ったと思っているほどだ。

 とはいえ、遠距離攻撃手段の無いハークにとって、先程よりもさらに間合が伸びてしまったことは決定的に不利である。しかも、この間合であればゲンバがジョゼフ戦で見せた残り一つの魔法も使用してくるに違いなかった。


〈さて、どうするかな〉


 『氷柱の飛礫(アイシクル・ショット)』。鋭い刃を備えた氷の塊をまるで散弾のように撃ち出す魔法。

 あの魔法に対して、ハークは『氷柱の発現(アイシクル・スパイク)』の場合と違い(『氷柱の発現(アイシクル・スパイク)』への対策もかなり危険極まる強引なものであったが)、明確な対策を打ち出せていない。

 ジョゼフは飛来する氷の飛礫を粗方防ぎつつ、高い体力値に任せて防御を抜けた僅かな塊は無視することで大胆に間合を詰めた。最も危険度の低いやり方で実を取ったと言えるジョゼフの戦法だが、それがそのままハークに使える手かどうかは怪しいものであった。

 というのもハークはレベル18である。レベル30のジョゼフが受けても僅か数個では傷らしい傷にならなかったが、ハークの場合、腕であれば腕を、脚であれば脚を貫かれてしまい潰されかねないのではないかという懸念が有った。




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