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59 第6話08:Chase & AVENGE!!③




 勝負と聞いて、ゲンバは流石に何の勝負なのか、とは聞き返さなかった。

 だが、少年の口調に真剣味をイマイチ感じられなかったというのも事実だ。

 彼はこの状況での勝負が、命のやり取りという真剣勝負だということを判って勝負を挑んでいるのか、ということだ。

 が、それを心配するのはゲンバの役目ではない。後で、そんなつもりではなかった、などと言われても、そんなことに責任を負う必要などゲンバには欠片も無いからだ。その代り、彼には別に確認せねばならないことがあった。


「俺を少しでも引き付けている内に、従魔に追わせるつもりか?」


 少年はその言葉を聞くと、今更ながら、ああ、そんな手もあるか、とでも思ったかのような表情を見せ、ちらりと視線を白い魔獣へと送った。一瞬、ゲンバは、少年が魔獣への追撃を指示したとみて身構えたが、腰を上げた魔獣は今度はゲンバから見て真横に移動し、少年との距離を更に倍に広げると地に寝そべってしまった。

 白き魔獣の行動は、紛う事無き少年の意思を表しているかのようだった。


「虎丸には手出しはさせんよ。追撃なんぞをさせる気も無い。儂はただ単にお主と戦ってみたくて追い駆けて来たのだ」


 改めて、とでも言わんばかりに少年があっけらかんと言い放った。この一言で、少年は虎丸と呼ばれた魔獣の主であるとゲンバも漸く確信に至ったが、同時に、レベル18が38を従えていることに意外感を隠せなかった。しかし、口をついたセリフは別の内容だった。


「俺はレベル30だ。小僧、貴様はレベル18であろう。勝負になどならんぞ」


 言外に、劣勢になれば虎丸という魔獣に参戦させる気だろうという意味を込める。

 少年は、その言葉を聞いて少し考える仕草をすると、何かを思いついたかのように口を開いた。


「ほう、何故儂のレベルを知っているのか、は後で聞くとして、まずは儂の実力を理解して貰わんといかんな」


 そして言い終わると同時に、背に負った大きな武器ではなく、腰に佩いた奇妙な反りを持つ剣を自然な動作で抜くと、ゲンバの眼前1メートル先に立っていた(・・・・・)


「何!?」


 少年はそこにイキナリ出現したワケではない。確かに早かったが、移動を始めた瞬間から目の前に到達するまで、ゲンバの眼はしっかりとその姿は捉えていたのだ。それが余りにも自然な動き過ぎて、攻撃を受ける寸前まで認識出来なかったのである。


「っつっ!!」


 慌てて後ろに跳躍し距離をとった瞬間、左腕の前腕部に痛みが走った。だが、痛み自体は全くもって軽いモノで、見れば腕の皮を薄く斬り裂かれただけだ。骨どころか筋肉にも達していない掠り傷であった。

 が、ゲンバは理解していた。

 少年がその気であれば、腕一本どころか致命傷すら与えられていたかもしれない、ということを。

 少年は確かにレベル18の筈であった。本来ならば攻撃を当てられたとしても(最も本来であれば攻撃を貰うことすらないであろうが)30と18のレベル差であれば、肉体の防御力の前に弾かれる筈である。ところがそうはならなかった。ゲンバは彼の攻撃が、ゲンバの肉体に邪魔されたのではなく、少年自身の意図に沿ってその程度に(・・・・・)抑えられたということを正確に理解していた。


 信じられないことであった。レベルとステータスの概念からすれば有り得ないことである。だがゲンバはたった今体験した事実を否定するようなことはしなかった。

 この少年は自分を殺せる。そういう相手として認識する必要があると認めた。いや、認めるしかない。だがそれでも、確実なダメージを与えられる機会をみすみす逃してまで己の力を提示するという少年のふざけた行動に、確かな屈辱感を味わっていたとしても無理からぬところであった。


「貴様、一体何者だ……!?」


「儂はハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー、冒険者だ。長いのでハークと呼ばれておる。さて、それではいざ、参る」


 言い終わるやいなや、またも金髪の少年は眼前に出現した。


「ぬうっ!」


 とはいえゲンバも流石に二度目だ。先程のように攻撃されるまで動けぬということはない。今度は右手の小剣でしっかりと少年の斬撃を受け止めることに成功した。


 受け止めたことは受け止めたのだが。


(ぐうっ!? 何という重さか!?)


 余りに重い斬撃に、腕が痺れて小剣を落としそうになってしまう。

 受け方が悪かった。向かって左からの斬撃に合わせたが、剣を保持する握り手が不十分であった。


 一旦体勢を立て直そうと横っ飛びに逃げようとするゲンバ。だがそれを、まるで読んでいたかのように反対側に回っていた少年からの斬りつけが阻んだ。

 咄嗟にこれも防御することは出来た。しかし今度はあまりにも咄嗟の行動であったが為に、こちらの武器が一方的にダメージを受け、刃こぼれを起こしている。


(このままではまずい! 飲み込まれる!)


 このまま守勢に回ったままでは不利と判断し、ゲンバも攻勢に出るのだった。



 ハークの猛攻に曝された相手の男が、開き直って攻勢に出たことが虎丸には分かった。

 それは自分から手を出したというよりも、手を出させられたという印象が強い。端から見ていれば特に。とはいえ、あのままであれば勝負は決まっていただろうから、最善の選択であったろう。

 そして始まる一進一退の攻防。ハークが防ぐと即座に反撃し、それを辛くも凌いだ男の振り払うような斬撃をハークは難無く躱し、また攻撃する。

 攻防が一進一退であったのは最初だけ。じりじりと相手の男の足が後退していくのは、二人の剣撃戦の縮図を表すが如きであった。

 レベル30の男がレベル18のハークに真っ向勝負で押し負けていく。

 これが魔法専門職などの遠距離戦しか戦いの選択肢がない(クラス)であれば想定外の近接戦を強いられて成す術が無い、という状況も納得かもしれない。が、男が充分に剣での近接戦も専門職程ではないが得手であることは、先程のジョゼフ戦から判断出来得る事柄だった。

 虎丸の見立てでは男は魔法戦士タイプである。

 レベル12も差があれば、如何に剣と魔法の複合職とはいえ、残念ながらハークがステータス値で上回られるものなど何一つとして有り得ない筈である。

 ならば何故、全てのステータスにおいて不利である筈のハークが、この至近距離の打ち合いを終始有利に進めていられるのか。

 そのワケを一言で言うのなら、技量の差であった。

 起点となる動作、全身を使った力の連動、鞭のようにしなる両腕、柄と一体化したような握りこみ。

 その全てが刃の向かう方向へ寸分の狂いも無く加えられ、斬るという一点に集約されている。

 己が刀を振るのか、己が刀を振るわされているのか。どちらが主でどちらが従か。境界が曖昧になり、刀とハーク、どちらが付属物(・・・)なのか判らなくなるほどの技の妙、そして精緻。

 単純な武器の強さなどではない。

 確かにハークの素の攻撃力と刀の攻撃力プラス数値を合わせた値は、相手の男のそれを上回っているのは確実かも知れない。しかし、それは刀を振るう斬撃の攻撃力が上がっただけで、例えば刃と刃を合わせ、静止した状態から両者力を籠める鍔迫り合いの状況であるならば、ハークはいとも簡単に押し切られてしまうことだろう。

 圧倒的な刀の性能を引き出す振りの速さ、斬撃の一点に力を集約する技術、そして、その速さと技術に応えきれる唯一の武器、刀。武器のプラス数値を含めたハークの攻撃力の合計値とは、それらすべてを内包したものであると、虎丸には思えてならなかった。


 虎丸がハークに頼まれたのは、お頭と呼ばれた男との真剣勝負を邪魔せず、そして邪魔させないこと。

 つまりは1対1の勝負に彼の仲間を介入させないことだが、彼らは既に遠く離れた場所まで自ら移動し、現在も移動し続けているのでそちらの警戒はもう必要ない。問題はもう一つの虎丸にも手出しをするな、ということであったが、その命に関して虎丸は尊重はしていても、実際にハークに命の危険が迫れば迷わず介入するつもりであった。今のところ、いや、この剣撃戦を続けている限りその心配はなかった。



 自分が押している。

 ハークは傲りでも油断でもなく、事実として現在の状況をそう分析していた。

 もう十合ほども打ち合いを続けているが、主導権を得ているのはこちらだ。男の斬撃はハークを殺すことの出来る力は持っているが、ハークの受けを上回れる技術が足りない。対してこちらは、相手の癖や防御技能の上限を、既に八割方掴みかけていた。一撃一撃ごとに男の小剣が刃こぼれの痕を増やしているのは、咄嗟に剣閃の軌跡に防御を滑り込ますのが精一杯であることを示していた。もう半歩どころか足跡一つ分でも近付けば今すぐにでも致命の一撃を叩き込む事が出来るだろう。

 が、そんなことはしない。勿体無いし、今は楽しんでいる最中なのだ。


 そう。ハークは楽しんでいた。

 レベル30の人族の猛者と互角の戦いを繰り広げるこの状況を。


 ハークは既に、レベル35に匹敵する攻撃力を持っている、と虎丸に太鼓判を押されていた。

 それはつまり、レベル35の敵を相手にしても殺すことが出来る、ということである。実際に、レベル33のトロールを倒したことはそれを裏付けるものだ。

 だが、殺せることと戦えることは決して同義ではない。殺し得る手段を得たことと、勝負になる実力を持つに至ったことは決して同じではないのだ。


 例えば今の状況で、奥義・『大日輪』のSKILLを放てば、勝負はハークの勝利に大きく傾くことだろう。一撃で命を奪ってしまうかもしれないし、そこまではいかなくとも大きく戦闘能力を奪うことだろう。

 それは、斬った、ということにはなるが、勝負に勝ったことにはならない、とハークは考えていた。

 勝負とは互いの技術と技術をぶつけ合い、競い合うことである。技術の無い魔物相手なら兎も角、武術を修めた人間相手をSKILLの力だけで斬って捨ててしまうのは暗殺と変わらないとハークには思えたのだ。


 だからこそ、チカラと力、ワザと技、そのぶつけ合い、真っ向勝負を挑んだのだ。

 そしてハークは今、持てる力と技を使って自分よりも圧倒的にレベルの高い相手と真っ向勝負を出来るまでになった。

 この世界に渡り、初めてこの身体に宿った日、ハークは3人の男に成す術無く追い込まれた。

 しかも3対1ではなく1対1で。

 あれはSKILLやレベル、ステイタスの存在を知る知らない以前に、刀を合わせることも出来ずに攻撃を躱しきることも失敗した。虎丸がいなければ逃げることすら不可能だった。この世界の戦い方を全く判っていなかったのだ。まさに屈辱である。虎丸が助けてくれなければ死んでいたという言葉は、嘘偽りのない自分の気持ちだった。


 それが今、レベル30の猛者と刃を合わせ、戦えている。この世界特有の強さを手に入れて。これが楽しくないと言えるわけがない。


 ハークは知らず内に笑いながら攻撃を続けていた。




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