519 第30話:最終話18 I wonder what that will Prove?
『あ……あすとらるたいほうしゅつえんかくこていき……?』
『アストラル体放出遠隔固定機だ。最古の記憶にはなるが、我の記憶が正しければ、そういった呼び名だった。本来の正式名称は、もっともっと長いと聞いたがな』
『アストラル体、ってのは聞いたことあるわね』
『む。ヴィラデル、教えてくれぬか?』
『いいわよ。アストラル体っていうのは、動物にのみ備わった精神活動における感情を主に司る部分で、主に情緒体だとか感情体だとか……』
『待った待った、何語だそれは……』
視界に入るシアも微妙な表情をしている。さっぱり訳が分からない。大体、今は講義を受けられる時間ではない。
『まァ、今は小難しい話をいちいちしている暇はないわよね。いいわ、掻い摘んで説明すると……、その人物を構成している中心。……厳密にはちょっと違うんだけど、霊魂、魂のようなものを表す言葉と思ってくれてイイわ』
『魂か』
だったら最初からそう言ってくれれば、とも思うが話はそう単純でもないらしい。
『言っておくけど、似たようなもので別物だからね。アタシからそう教わっただなんて、ズース様に言わないでよ、ホントお願いだから』
『ぬ、分かった。そのようなことは絶対言わぬと誓おう。それで? 話を先に進ませぬか?』
『そうね。そのアストラル体を放出して遠隔……操作して固定、かな? つまりは、意識や感情を別のところに移し替える装置、ってコト?』
『ご明察だ、ヴィラデル殿! 君らの遥かな前身、かつてのマインナーズが、当時のエッグシェルシティの壁外にて活動するのに必要不可欠なものだった』
ここで虎丸のすぐ隣で並走するモログも話に加わる。シアもそうだが、念話を受けることはできるものの返すことのできないシアとモログは、走行中の風の音に負けぬようにと多少は大声を出す必要があった。
「創世の頃の話かッ!? 俺も幼き頃に師匠より教わったがッ、壁の外に出向き魔物を討伐して魔石を採取していたらしいなッ!」
ハークもそう歴史の授業で教わった。
記録に残るこの世界最古の文明は、光は通すが瘴気は通さぬ分厚くて巨大な卵の殻のような壁の中で生まれたという。
名は『都市国家連合』。世界中に点在していたという同様の卵の壁の中で形成された都市が国家にまで発展したものであるらしい。
都市同士の距離が離れており、また、壁で断絶されていたこともあって、それぞれに多種多様な発展を見せたが、ある時を境に都市内部で抗争が勃発、仕舞いには自らを守ってきた壁を彼ら自身の手で破壊するという、自滅によって滅ぶ都市が頻出するようになった。
ある時、とは、とある巨大なエッグシェルシティが突如消滅してしまったことに端を発するらしい。が、直接的な原因は増えすぎた人口を制御できなかったためや、人心の乱れによる影響であると考えられているようだ。
その後、残るエッグシェルシティの数が10を下回った頃、ようやくこの『都市国家連合』は安定期に入る。
この安定を支えた礎こそ、『マインナーズ』であったらしい。
『当時の瘴気は、今とは比べ物にならぬほど濃かった。それこそ人間が壁の外に出れば、10分程度で身体に致命的な症状が現れるほどだったという。そのため彼らは壁の外に別の肉体、瘴気に対する強い耐性を持ち、強化された肉体を作成。これに意識を移すことで、外界での活動を可能としていたのだ』
『それがアラストル体放出遠隔固定機、だったのか。歴史では詳細な記録が残っていないので、後の世で神話と混同されたか、『失われた技術』によるものではないかと聞いていたが……』
『惜しいわね、ハーク。ア、スト、ラル、よ』
『ぬ?』
『ま、何にせよ、ある意味失われた技術だったのね。そんな法器はエルフ族の間でも聞いたことはなかったわ。ということは、魔族の連中は仮に倒されてもあの肉体が失われるだけで、実際には死んでいないということなのね』
「何それ、ヒドイね!?」
これはシアの声だ。確かに理不尽である。憤りに近い感情を呼び起こされるようだ。
『残念ながらその通りだ。しかもアストラル体放出遠隔固定機により、受けた痛みは抑制されるらしい』
『成程。あの魔族に対して、どこか緊張感が欠けていると感じた理由はそれか。命も失わず、痛みも感じないのではな』
『うむ。我に言葉を教えてくれた友人も、感覚が麻痺して危ない、と言っていたな。ただし、無限に新しい肉体へと転送することはできないようだ。新しい肉体へと交換するごとに手足など末端が動かし難くなり、最終的には歩くことさえ困難となるらしい』
『奴らとしても、戦いに全くのリスクが無い、というワケでもないということね。その回数は?』
『精々、3回程度だそうだ』
『そっか……、だから太古の魔族連中は、それなりに肉体を大切にしていたのね……』
『ヴィラデル殿は知っていたか』
彼女は肯く。そう言われてみれば、ヴィラデルは魔族と口論していた。これは、相手側に対する知識をある程度有していなければ不可能だ。
『まぁね。アタシも魔族との交戦経験は無いから、伝え聞いただけなんだけどね』
『それは、エルフ族同士での伝聞ということか?』
『ええ、そうよ。ハークも記憶があれば、同じような知識を持っていたハズよ。奴らが人間種、特にヒト族を『刈り取り』していたっていう事実をね』
『刈り取り?』
シアやモログも含めた全員の視線が集まる。ハークの懐に収まっていた日毬でさえ、話に意識をちゃんと傾けているようだった。
『奴ら魔族はね、その昔人間種を実効支配していた時代、定期的にヒト族から生贄を捧げさせていたの。年若い者の生贄をね』
『生贄、だと?』
『ええ。従わなければ『刈り取り』と称して一定数の虐殺も行っていたというわ』
「何だって!? 人を収穫物みたいに!」
ハークもシア、そしてヴィラデルの意見に賛成だった。
『全くだ。正に悪魔の所業ではないか。『魔族』と呼ばれるのも自業自得だ。しかし何故、そんなことを?』
『ここからは我が解説しよう。魔族は生きた年数こそ我ら龍族にも匹敵するが、肉体の寿命はそれほど長くはない』
『生きた年数が龍族に匹敵!? では奴ら魔族は、世代を重ねてはいないのか!?』
それは確かに、人間種とは言えない。体内に魔晶石があったこともそうだが、人間種とは別種、魔物であろう。
『うむ。生前の我には劣るが、ガナハより年上か同程度の筈だ。そして、彼らは肉体の寿命を延ばし、その生命を維持するために『刈り取り』を行っていたのだ。放っておけば新陳代謝の激しい彼らの肉体は、約20年から30年で限界を迎え、朽ちてしまう。それを防ぐためだ』
『何だと!? ではまさか、奴らは他者を殺してその肉体を奪い、自らの肉体に充てがいここまで生きてきたというのか!?』
『そうだ』
ハークを含み、仲間たちが一瞬絶句する。それほどだった。
正に魔族と呼ぶに相応しい。天使が聞いて呆れる。
『だから奴らは、古代の人々を支配しようとしていたのね。……もしかして、キカイヘイの中に脳以外の部分が無かったのも、帝国が定期的に大規模な戦争、いいえ、虐殺を行っていたのも……』
『恐らくは自らの肉体を新調する目的での『刈り取り』、またはその貯蔵分を蓄える目的だろう』
だからこそ、タルエルの死体は腕が左右で長さが違い、筋肉のつき方さえ別であったのだ。あれは借り物、いいや、他者からの刈り物であった訳だ。
「むうッ、何という馬鹿げた種族だッ! しかし何故ッ、奴らは封印の外に出られたのだッ!?」
『これは我の推測に過ぎないが、彼が最後の封印を施した時点で数体の潜伏者が既にこちら側に潜んでいたのではないだろうか。我は監視目的ではないが、封印の地を生前の終の棲家と選び、ずっとその地に留まっていた。しかし、異常を感知したことは一度も無い』
『これ以上何を起こす気か知らんが、どうせ碌なことではない。絶対に止めよう。二度と奴らに支配などさせんぞ』
アルティナやリィズ、シンやユナ、フーゲインやランバート、ジョゼフたちの身体を刈り取りさせるなど冗談ではない。彼らの子孫たちの身体であっても、許せることではとてもなかった。
「応ッ!」
「当然だよ!」
『ヤツらを止めましょう。これは命を懸ける価値があるわ』




