514 第30話:最終話13 My fangs are so long, My nails are sharper than ice②
恐怖を与えるダシの役が完全にモログからヴィラデルへと移ってしまったが、ハークに文句などない。望む情報が得られるならば何だって良いのだ。
それに女性は時に、特定の状況下においては男性に倍する恐怖感を対峙する相手に与えることがある。これはこれで良かった。
テイゾーは今度も逡巡を見せる。しかし、こちらは当然だろう。
ハークはユニークスキル持ちではないが、もし持っていたならば秘匿を第一に考えるだろう。或いは仲間が持っていたとしても、その中身を明かすことは命を預けるのと同義だと教え込んだに違いない。
とはいえ、何事にも限度というものがある。その命を実際に失いかねない状況などだ。
「アラ、黙っちゃうノ? 別にいいケド、賢い選択とは言えないワよ?」
言い終わるや否や、構えたままだったヴィラデルの大剣が打ち下ろされ、ズゴンとテイゾーの鼻先1センチ手前に突き刺さっていた。あまりにも近すぎて、途中までハークも当てるつもりかと思ったほどである。
〈才能は、あるのだよなァ。才能は〉
拷問と剣術、どちらかなど言うまでもない。真面目に修行すればどちらも本物になるだろうと思えるくらいだった。
果たしてテイゾーは脂汗を垂らし、悲鳴をあげるかの如くに次々と己の秘密を吐露し始める。
「ボクのユニークスキルは、『遺失妄想技巧者』だ!」
ハークは虎丸の方へ向く。
虎丸は肯いた。嘘はついていない。虎丸には『鑑定』がある。詳細までは無理だが、SKILL名までは判明できた。
ハーク達はこちら側が『鑑定』を持ち、ましてや既に行っているとは教えていない。この時点では信用しても問題無いだろう。
「能力の詳細は?」
「現時点で実現可能な過去の技術製法を導き出すことができる!」
「過去の? 何だそれは?」
ハークは正直ぴんと来ていない。彼の生きた時代に過去は知識と経験の宝庫ではあっても脅威ではなかった。
だが、ヴィラデルは違う。彼女は顔色をわずかに変え、硬化させた。
「ロストってまさか……。だとしたら、あの『キカイヘイ』も過去の産物だったというの?」
「そうだよ! その通りだ! アレは、機械兵は、本来は懲罰兵用マインナーズの兵装だったんだ! だが、ヒト族では小さすぎて、中に入っては操作できない! 大きくしようにも、中身の何がどうなって動いているのかすらも、全く判らなかったんだ! だから、脳から直接送られる電気信号で操作できる技術と融合させた!」
「融合? 異なる技術と技術をつなぎ合わせた、ってこと?」
「そうだよ! でも、ボクの専門じゃあないから、ボクにはできない! やったのは彼だ!」
「彼?」
「そこの! デカいのが踏みつけている者だよ!」
全員の視線がモログの下に向かう。
注目を集めるその人物にも言い分はあるのだろうが、今は下手に喋れぬように上から抑えつけられていた。ダメージを負うほどでもないが、苦しくて話せないだろう。重要な情報を喋ってくれる大事な時に、大声でも上げられて邪魔をされては困るからだった。
「では、未来を予見できるという『星見』も貴様が?」
「そうだ! い、いや違うよ! ボクはあの方の要望通りに、頭に浮かんだ通りを図面に描き起こしただけなんだ! けれど、最初は上手くいかなくて、調べてみたらこの世界中に漂う魔力? みたいなものが悪さをして機械の働きを邪魔していたので、遮断する方法を提案してみたんだ!」
〈漂う魔力みたいなもの? 精霊のことか?〉
実際に精霊とその働きを見ることができるのは『精霊視』のSKILLを持つ者だけだ。つまりはこの世界でもエルフのみであるらしい。なので、実在を疑う者も多いとのことだ。
「そしたら、あの方が心当たりがあるって言ってさ! 数カ月後、『封魔石』を持ってきてくれたんだ! それに、ボクの専門じゃあないから造り上げたのもボクじゃあない! そいつだ! キミが踏んでるヤツ!」
「コレ?」
ヴィラデルが自らの下を指差した。
さっきから専門じゃあない専門じゃあないと繰り返しているが、では何が専門なのかと改めて聞いてみたくなる。
大体からして、設計を行った時点での責任の帰属があるのではないか、ともハークは思った。何か下手な責任逃れでもしているのであろうか。
とはいえ、そういう込み入った話は後回しにするべきだった。本題は、重要な部分はそこではない。
「そして、『カクヘイキ』とやらも、か」
「この世界は技術体系がおかしい! ボクが前いた世界に比べてメチャクチャだ! 機械兵やデヴァイス・オブ・アストロロジーを造るのが核兵器よりずっと時間がかからないだなんてね! そりゃあ全部大変だったけど、そもそも魔法を使わなきゃあ密閉装置すら作成できやしない! だから、1つ1つ段階を踏んでいったんだ! そして、ようやく完成……! い、いや、最後は彼が完成させた!」
テイゾーが目線で最後の1人、シアが床に抑えつけている者を示した。だがもうその目線を追う者はいない。
「下手な責任逃れは、もうたくさんだ」
「せ、責任逃れじゃあないよ! ボクらは、ボクはただ造り上げただけじゃあないか!」
テイゾーの口調がより必死さを増したが、ハークが引っかかったのはむしろその言葉の選択にであった。
「造り上げた……だけ……、だと?」
「そっ、そうだよ! 使うことを決めたのも、あの方だったんだ! 急に……!」
「バカ言うんじゃあないわよ! それがどういう意図に、どういう目的で使われるかくらい、想像がつくでしょうが!」
思わずと怒鳴ったヴィラデルの声に、テイゾー以外の仲間たちに組み伏せられている者たち3人は、揃って大きく身を震わせた。
だが、ただ1人、テイゾーだけは別であった。
「そっ、それにしたって、こんな場所で使われるなんて思ってもみなかったんだ! 破壊力を敵国に見せつけるだけかと……! だから、……だから、ボクは悪くない! 造れと命じられてその通りに造っただけなんだから!」
「……な……。この…………!」
呆れてものが言えぬとはこのことだった。ヴィラデルは抑えていた殺気が急速に漏れ始めている。
それは、ハークも同じであった。
「もう良い、ヴィラデル」
言うが早いか、ハークがずらりと背に負う大太刀を抜いた。
「聞くに堪えん。こ奴は斬る……!」
「ハーク……」
脅しでも何でもなかった。我慢していただけに噴火寸前となっている怒気が今にも漏れそうである。
こういう時、ハークは未だ自分の修行不足を悟るが、今回ばかりは別だった。
「はぁ!? な、何言ってるんだよ!? 全部素直に話したじゃあないか!?」
「ハーク、落ち着いて。って、落ち着いてるか。でも、まだ話は終わっていないわよ。聞くべきことがまだ……」
ヴィラデルがやんわりと止めようとしてくれるが、彼女も自身の堪忍袋の緒がもう持たぬ寸前であることをよく理解していた。
「解っているよ、ヴィラデル。儂らのような素人ではなく、ちゃんとした情報分析官にこ奴を引き渡して、改めて尋問してもらった方が良いことはな。だが儂は、以前お主が言ったように餓鬼なのでな」
ハークとしても、我ながら皮肉めいた意地の悪い下手な冗談となってしまったかとも思ったが、ヴィラデルはふっと表情を柔らかくする。
「いつの話をしているのよ……。でもいいの? こんなヤツ、斬るのに値しないわ。剣が穢れる、ってヤツじゃあないの?」
「心配ないさ。若い頃は過ちの1つや2つするものだ」
「ふん、まったくも~。ドコでそんな言葉憶えてくるのかしらネェ……。お目付け役としては心配なんだけど」
「一応、なのだろう? 気にするな」
「おい! 何をいつまでも呑気な話をしているんだよ!? ボクを助けろよ、この性悪! ボクは魂が異世界から渡ってきた影響で、技巧の神から2度と転生ができないかも知れないって言われているんだ!」
「技巧の、神?」
その時だった。
ハークは瞬間的にうなじの毛が総て逆立つのを感じた。
『危ないッス! ご主人!』
「きゅんっ!」
「危ないッ、ハークッ!」
ハークは虎丸とモログの肩越しに、深い紫紺の光を見た気がした。
直後、モログの肩が爆発する。




