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506 第30話:最終話05 I know who I am




「……帝都は消滅しておりました……」


 4日後、報告に戻ってきたスケリーの部下の言葉に、酒場2階の会議室に集まった主要人物、スケリー、ハークに彼の従魔たち、シア、ヴィラデル、モログにスケリーを補佐する若干名のモヒカンたちは一斉に息を飲んだ。


 数秒の沈黙の後、スケリーが口を開いた。


「……消滅とはどういうことだ……? 詳しく話せ」


「は、はいっ!」


 詳細を促された部下は泡を喰ってカサカサと手元の紙を広げようとする。恐らくは報告の内容を詳しくしたためたものだろう。だが、緊張と焦りのせいか上手くいかない。

 見ていられなくなったハークは、スケリーに対して目配せを行った。

 通常、こういった無言の合図というものは正確に意図が伝わることは極めて稀だが、スケリーならば心配ない。


「おい、もう少し落ち着きやがれや。誰もお前を急かしたりはしねえ。……こンだけの事態だ、うろたえるのも解る。ホレ、深呼吸しやがれ」


「へ、へいっ! ……すいやせん」


「良いんだ、正直俺だって戸惑ってるぜ。……そういやあお前、仲間はどうした?」


「帝都に潜入中の仲間たちとは、あの日以来連絡が取れていません。……きっと、消滅に巻き込まれちまったんでしょう……。俺はあン時に報告書をまとめていたんで、帝都から10キロほど離れた潜伏先の中に籠っていたんで無事でした。爆風で建物は壊れちまいましたがね」


「……そうか。だが、お前だけでも無事で帰ってきてくれて良かった。報告が受けられるんだからな」


「へい、ありがとうございやす」


「よし、もう落ち着いたな? では報告を再開しろ。……そうだな、解り易く時系列順、最初っからでいいぞ」


 ハークは一瞬、苦笑を漏らしそうになる。


(時系列順で話せと言うのは聞き易さ、解り易さもあるのだろうが、何より話し易さを考えて、であろうな)


 ふと、2つ隣の席のヴィラデルと眼が合った。彼女もまったく同じことを考えたのだろう。


「へ、へいっ。……俺はあの日、ずっと潜伏先の隠れ家の中で報告書を仕上げてました」


 先程の話と重複しているが、ハークを含めて誰もツっこんだりはしない。必要なことと理解しているからだ。


「昼近くなった頃合いだったと思いまさあ。急に帝都の方角の窓の隙間から強え光が漏れてきまして……、外を見ようと椅子を立ったら隠れ家がぶっ壊れました」


 モーデルと違い、帝国の建物には貴族宅でもない限り窓ガラスを使われることはほぼ無い。外の状況を確認しようとすれば、戸を開けるしかなかっただろう。


「よく無事だったじゃあねえか」


「ええ。気がついたらぶっ壊れた隠れ家の下敷きになっていましたが、何とか……。けど、俺のレベルがあってこそ無事でいられたようなモンです。普通の奴じゃあ、下手すりゃ瓦礫の下から抜け出すこともできなかったでしょう」


「では、帝都付近の住民も……」


 この世界はレベルアップすることでやがては重機いらずの力を手に入れることができる。頑丈さも同様だ。高所から落ちて怪我もしなくなるし、物が落下してきても平気になる。

 スケリーの部下たちは充分に手加減されていたとはいえ、モログと戯れられるほどかなりの実力者揃いだ。一派庶民からすれば10倍の数で武装したとしても瞬殺されるだろう。彼が無事でいられたからといって他の人々も、とは考えることはできない。


「恐らく生存者は絶望的でしょう。馬小屋もぶっ壊れてまして、仲間の分も含めた5頭の内、3頭が死亡、1頭は逃走、俺に懐いていた1頭だけが無事でした。そんで後ろ、帝都の方を見たんすけど……、何にも無かったんです」


「何にも……だと?」


「はい。帝都を囲む城壁もその上に突き出た皇城の屋根も、何もかもです」


 全員がまたも息を飲む。

 数秒間の沈黙を最初に打ち破ったのはハークであった。


「あの日の奇妙な形の雲の下で、そのようなことが……」


「奇妙な形の雲? そんなモンが見えたんですかい?」


「うむ。かなりの長距離だったので、まともに見えたのはエルフである儂とヴィラデルのみだけだったが、相当に巨大であったのは間違いない。帝都を充分に包み込む大きさだった」


「もしくは、それ以上でもおかしくはなかったのかも知れないわね」


 ヴィラデルが一言付け加える。ハークも肯き、彼女の正しさを認めた。


「ではやはり俺ぁ……、2~3時間は気を失っていたみてえでさあ」


「む。そんな自覚があったのかね?」


「ええ。腹の空き具合で何となく。考えてもみりゃあ、でけえ街が丸ごと吹き飛ばされたってぇのに煙や粉塵がほとんど見当たりませんでした」


「ああ、そういうこと? 確かに直後であれば遠くまで見通せるような状況というのは考え難いわね」


「それで? 帝都が消えていたのを発見した君は、次にどうしたのかね?」


 ハークが続きを促す。


「残った馬に乗って、帝都があった場所に近づきやした」


 全員が眼を見開いた。モログも含めて。


「ほうッ。更に確認を行ったというのかッ。勇敢だなッ」


「イヤイヤ、すぐに後悔しやしたぜ……。街はどこまでも更地と化してまして、瓦礫だらけで真っ直ぐ進むことすらできやせん。黒焦げになった死体もそこら中に……。生きてる人間は1人も発見できませんでしたわ」


「……酷いものだったのだな。皇城や例の研究所まで吹き飛んでおったのか?」


 ハークからの質問に、彼は顎を引くことで肯定を示した。


「例外はありやせんでした」


「…………」


「とはいえ、どちらの跡地にまでも辿り着けませんでしたわ」


「夜になってしまったのか?」


「いや、その前に問題が。街の跡地に踏み込んでしばらくしたところで、突如、魔物が集まり始めたんです」


「魔物だと?」


「死体の匂いにつられて、かしらね?」


「かも知れねえですが、ただの魔物じゃあありません。集まってきたのはワイバーンでしたぜ」


「ワイバーン!? 亜龍じゃあねえか!」


 驚いたスケリーが半ば叫ぶように言う。


「ワイバーンなんて初めて見たんで、正直ビビリましたぜ。しかも空から来るもんだから、警戒が遅れやしてね。気がついた時にゃあ数匹が近くの瓦礫の上に……」


「オイオイ……、それでよく襲われなかったなァ」


「モチロン、速攻で身を隠しましたわ。隠れ場所なら、沢山ありましたからねェ」


「馬と共にか?」


「はい、ハークの旦那。あいつとは付き合いが長いんで。両眼を抑えてやれば怯える事ァありやせん。一緒に座りこんで、辺りが暗くなるのを待ちました」


「ほう」


 ハークは感心する。良い判断だ。しかし、彼はそれ以上に馬術の達人のようであった。しかも相当な。

 馬は基本的に憶病な動物である。だが、同時に頭も良い。ヒトが思う以上に。しかも鍛えれば鍛えるほどに向上することまである。

 更に、互いの絆と信頼感によってはどこまでも乗り手に応えてくれるとも聞いたことがあった。


「んで、夜になってから脱出しました」


「ではそのまま何時間も耐えたのか。大した胆力だ」


「お褒めに預かり光栄でさあ。けど、気になることもありましてね……」


「というと?」


「どうも、あのワイバーンの奴ら、俺らの事にずっと気づいていたんじゃあねえかって思ったんす」


「何だと? しかしそれじゃあ、襲われなかった説明がつかねえだろ」


 訝しげな顔でスケリーがそう話に割って入る。


「まァ、そうなんすけどね」


「ちょっと良いかな?」


 次に会話に割って入ったのは今まで特に発言の無かったシアであった。


「あたしはワイバーンとの交戦経験があるワケじゃあないけれど、ギルドで学んだ限りじゃあ知覚能力、とりわけ視覚と嗅覚は要注意と聞いたことがあるよ」


「アタシも良いかしら?」


 今度はヴィラデルだった。勿論、シアを含めた全員が肯く。


「アタシはかなり昔だけれど、ワイバーンとも交戦経験があるわ。さすが亜龍と言われるだけあって、強敵だった印象があるわね。シアが言った通り、非常に知覚能力が高いとも感じたわ」


「隠れた程度で、やり過ごせるような相手ではない、と?」


「ええ。そう思えるわ」


 ハークの確認に対し、ヴィラデルは肯定を示す。実際に交戦経験がある者の情報は、何より重要であろう。

 しかし、そうなると結局、最初の質問に戻ることとなる。


「けどよォ、じゃあ何でお前は襲われなかったんだ? いや、お前が襲われて欲しかったとかじゃあねえが、不思議でよォ。何か、感じた事ァねえか?」


「あくまで俺の感覚なんすがね。奴ら、満腹だったんじゃあねえかって、後から考えれば思えるんです」


 野の獣でもそういうことはあるという。魔物であっても同じような事例は聞いたことがあった。ハークは成程と思う。


「周囲には黒焦げ死体が沢山あったからか。そっちを喰ってた様子はあったのか?」


「すいやせん。隠れていたんで、何とも……。ただ、周囲はヤケに静かでした」







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― 新着の感想 ―
[一言] まあ、丸ごと逝っちゃうのは予想できたが…… なぜワイバーン?
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