505 第30話:最終話04 Smell of the Game④
たっぷり10秒ほどが経過してから、パルパからの返答があった。
「バカな。何をバカなことを言っている」
「信じられぬのも無理はない。だが、本当のことだ」
「……なら本当の陛下は、どこで何をしていらっしゃる?」
「本物の皇帝陛下は既に殺されている」
「なっ!? 本当にバカなことを……」
「バカなことでも偽りでもないぞ。残念ながらな。詳細は明かせないが、モーデルの軍が任務にて戦闘を行い、倒した新型キカイヘイの中に、既に殺害されていた陛下の首が収められていたようだ」
「既に殺害だと? ……本当にバカも休み休み言え。大体からして、詳細も明かされぬままに相手側からただ与えられただけの情報を鵜呑みにすることなどもってのほか、と理解してくれるな?」
「重要なのはそちらではない。本当に重要なことは、お前たちが毎朝忠誠を捧げ、任務に命を懸ける相手が本来の人物ではない、ということだ。違うか?」
「……だとしたら実に業腹だな。そんな我々を憐れに思って、か? 圧殺のお前が?」
「止せ。余計な駆け引きに時間を割く必要は無い。お互いにな。解っているだろう」
デンワをつないでおくには双方に多大なエネルギーの消費を必要とする。具体的には源となる魔晶石の劣化だ。だからこそ、本来は先に会話の流れを決めておき、お互いに伝えるべきことだけを伝え合う。今回は異例の事態と言えた。
数瞬の後、ふーーーー、という長い息を吐き出した音がスピーカーから流れた。
パルパが自身の葛藤、不満や否定の言葉を吐きたくなる衝動を抑えつけ、ようやくしっかりと話を受け止める気になってきた、といったところであろう。
「……誰が殺せる、というんだ。皇帝陛下のレベルは俺たちより上なのだぞ?」
「そんなもの、キカイヘイで複数体囲めば問題無いだろう」
「お前はあの狐が首謀者で、暗殺を行ったと考えているのか?」
「断定はできないが、そうだ。あの男以外では、代役を立てるという発想自体が不可能だからな。まったく何をどうやって我らの眼を欺いているのだか……。それか、狐が陛下を唆して実戦に駆り出し、陛下の顔を知らぬモーデルの強者に討たせて死体を回収した線もあると考えている」
「それこそバカな話だ。あいつの口車ならば考えられなくもないが、陛下を簡単に殺せる者などいる訳がない」
「モーデルの強者を舐めない方が良いぞ。実際、俺は手も足も出なかった。自慢の鉄球を砕かれ、そのまま一撃を喰らい、腹を潰されかけた」
「何だと!? 圧殺のお前をたった2撃で、だと!?」
「違うぞ、パルパ。一撃だ。たった一撃。鉄球を粉砕した攻撃をそのまま腹に貰ったんだ。俺の『大回転圧殺球』をいとも簡単に貫いて、な」
「信じられん……」
「俺だって信じられなかったさ。だが、ここにもう一人俺と同じような目に遭ったヤツがいる。代わるぞ」
そう言ってロルフォンは受話器を後ろで控えていたクシャナルに渡す。
「よう、パルパか。久しぶりだな」
「その声、クシャナルか。お前も裏切っていたか。まァ、お前であれば納得しなくもない。元々、お前の忠誠心は低いものであったからな」
「まぁな。あんたの言う通り、俺は根無し草だ。ヤサを借りていただけさ。あんたらのように長く仕えていたワケでもねえからな」
「よくもぬけぬけと言えるものだ。……お前とは剣技での決着がまだだったな」
「止せやい。雑魚同士が小手先で争ったって意味なんかねーよ。本物にゃあ永久に届かねえぜ」
「……俺まで雑魚扱いされるのは心外だが、どうやら相当なヒドイ目に遭ったようだな?」
「おう。武器の特性を見極められた挙句に全ての攻撃を躱され、挙句の果てに破壊されて両手も灼かれた。完膚なきまでの敗北、ってヤツだな」
実はクシャナルがたった今語った事柄には1つだけ齟齬があった。クシャナルは全ての攻撃を躱され、と語ったがハークとて初撃は躱し切れず左頬に浅く傷をもらっている。
これはクシャナルにとって後の出来事があまりにも衝撃的すぎて、ハークの顔にちょっとした傷を作った事実など記憶にも残らなかったためであった。
「お前の斬撃を、全て、躱す……だと?」
「慢心していたぜ。上には上がいる。じゃあな、蒼い刀身の、身長よりも長え反りのある剣を持った亜人の剣士にゃあ注意しろ」
言うだけ言って、クシャナルは持っていた受話器をロルフォンに返す。
「パルパ。この際だから言っておこう。俺もお前も訓練として陛下とお手合わせしたことは何度かある。しかし、レベル差があろうとも手も足も出ないことまではなかった筈だ」
「…………」
「だが、俺が言いたいのはそんな事実よりも陛下が既に弑され、今の陛下は別人が成りすましているということだけだ。そんな奴が陛下の玉座に座り、偉そうにふんぞり返ってお前たちに命令を下しているのだぞ? 我慢できるのか?」
「確かにそれは我慢ならん。……お前の話が本当だとして、陛下がいつ頃から別人にすり替えられていたか、分かっているのか?」
「正確な時期までは俺も分からん。だが、少なくとも俺がいた頃から既にすり替えられていたようだ」
「何だと、そんな前からか!?」
「ああ。俺やお前など、20年仕えている者でも違和感すら抱けなかった。相手の擬態は完璧だぞ」
「そんな相手をどうやって見破れというのだ?」
当然の疑問だった。しかし抑えようとも途方に暮れたかのようなパルパの声に対し、ロルフォンは自信を持って返答する。
「大丈夫だ。良い策がある」
◇ ◇ ◇
帝国皇城の謁見の場、煌びやかな玉座に座る人物の前に7名の将軍が跪いていた。
帝国の誇る13将軍の内、死んだり消えた者以外の全員が集結している。残存した者たちだけとはいえ、全員集合は近年、下手をすると4という数字が13に置き換わって以来初であるかも知れなかった。
「何の用だ?」
気怠そうな態度を隠しもしない人物の眼が、7名の中心にいるパルパへと真っ直ぐに向けられる。
「緊急に、皇帝陛下に確認したい儀が発生いたしました」
「聞いている。『研究所』の様子を見に行っているイローウエルの帰還すら待てぬほどだとな。早く仔細を申せ」
「は。恐れながら、兵士たちの間に陛下が別人とすり替わっているのではないか、との不穏な噂が生じております」
「何だと……?」
パルパは素早く懐のフルプレート内より手帳大の法器を取り出して、木の装丁に埋め込まれた宝石を玉座へと向けた。
「礼を失する行動であることは百も承知しております。ですが、無用な諍いを避けるため、今しばらくのご辛抱を!」
「貴様……! 『鑑定』か!?」
次の瞬間、パルパの手元に待ちわびていた数字が表示されていた。『鑑定法器』に。
「レベル……28だとぉ!? ロドニウス!」
「お、おう!」
横にいたロドニウスが立ち上がると同時に懐から『魔法袋』を取り出し、その中身を乱暴に床へとぶちまける。
雑にぶちまけられたのは7将たちの武器であった。彼らは素早く各々自分の武器を手に取ると即座に構えた。玉座に座る人物に向けて。パルパも同様に、その巨大剣の切っ先を自身が今まで忠節を向けてきた相手へと向けて叫ぶ。
「おのれ! いつまでも我らを謀れると思うな! 本物の皇帝陛下はどこだ!? 洗いざらい吐いてもらう! 楽に死ねると思うなよ!」
「チッ……! サルどもが……。余計な知恵をつけてしまったようだな。イローウエルには後で事後報告でも行えば良かろう」
その人物が玉座より立ち上がる。
「諦めろ! あの狐もすぐに捕縛する! 手筈は整えてある!」
「フン、狐、か……。あいつは寛容すぎるな。何故ここまでサルどもの増長を許すのか。……まぁいい。面倒だがこのバルビエル自ら、無礼なお前たちに死を賜ってやろうではないか!」
名乗りを上げた男の背が急速に盛り上がり、はじけた。
◇ ◇ ◇
その日、ハークはこの世界に来て初めての地震を経験したと思った。
既に1年以上この世界で生きているが、1度たりとも地が揺れるのを自然に感知することが無かったためだ。
なので、この世界には地震というものが存在しないのかと考えていたくらいである。
だが、違う。
大した揺れでもないのに周りの人々が慌てふためき地震だ地震だと叫び合う中、ハークはこの揺れが地震にしてはおかしいことに気づく。短すぎるのだ。既に揺れも収まりかけていた。
だというのに、未だ混乱が収まらぬどころか広がりつつある荒くれ者たちと仲間の様子を訝しく思いながらも、ハークは建物の外へと出る。いつものように傍に居た虎丸とその背に乗る日毬も彼の後に続いた。
そして、ハークは視線を揺れが伝わってきたであろう方向へと向ける。そこで彼は動きをぴたりと止めた。
「ちょっと、ハーク、どうした……の?」
まだ慄きを収めきっていないヴィラデルも、ハークが建物の外へ出ていったのに気づいたのか、彼を追ってきてその視線を追う。そして、言葉を失った。
「何だ、あれは……帝都の方角か……?」
ハークとヴィラデルの共通の視界の先には、巨大な雲が立ち昇りつつあった。
まるで巨大なキノコのような形をした雲が、天に向かって伸び上がるように見えた。




