475 第28話14:Ambush Trap③
例によって、ハークたちは一行を従えて村の全容が見える位置、それでいて森の木々に囲まれ、自分たちの姿をまだ隠しやすい場所へと移動していた。
森の中から見ると、中心部に存在する村はやや窪地となっている。
400人と聞いていたが、村の規模は想像よりもずっと小さいようだ。防衛のためか、中央部に木造の家々が集まって建てられているからだろう。できるだけ1箇所にまとまろうとしている感じだ。その周りに畑などが設置されている。
その更に周囲、村としては外枠に近い場所にキカイヘイたちが、村を囲み、封鎖するかのように転々と配置されていた。その数、47体。
「47? 随分と出張ってきているのね」
「どこに潜んでいるんだい? 見えないよ?」
シアがこう訊いたのは別段距離があるから、ではない。彼女にキカイヘイの姿が見えぬのはもっと別の理由からだった。
「土の中に潜っているのだ。眼の部分までは出して、周囲の様子を窺えるようにはしているようだがな。彼らは基本的に、呼吸を必要とはしていないのかも知れん」
「氷漬けにしようと、日毬ちゃんの『大濁流召喚』で大量の水の中に沈めようとも、彼らキカイヘイが苦しそうな素振りをしたことは無いものね」
ヴィラデルの言葉にハークは首肯する。
「うむ。しかし、47とはな。ワレンシュタイン領に行ったクシャナルたちが、残りのキカイヘイの数を語ったものとほぼ同数だ。完全に我らの行動が読まれておるようだ」
「そのようネ。まさか残りの13将全員までもが揃ってる、とかもあるのかしら?」
「虎丸によるとそれはなさそうだ。同郷で同種族の存在同士というのは根本的な匂いが似るらしい。育つ状況、環境、幼少期に食う食材などが同じであるからのようだな。あの村の範囲内にはキカイヘイとヒト族しかおらぬが、ヒト族の方は全員リンと同郷の匂いがするそうだ。少なくとも帝都から派遣された敵は、キカイヘイのみであるようだな」
「そっか。まァ、そりゃあそうよね。帝都の戦力をまるっきり空にする訳にはいかないものネ」
ここでフーゲインが会話に入ってくる。
「だな。しかしよォ、俺らの行動を事前に、そして完全に予測しちまえる『星見』という技術とやらもスゲエが、帝国にそういうモンがあると知れただけでも大きかったな。じゃなけりゃあ、俺たちは今頃慌てざるを得なかったし、情報の洩れどころを探るハメになってたぜ」
「そうだな」
フーゲインの言う通りであった。
特に無駄な内通者探しをする必要が無くなったのが本当に大きいだろう。もし、帝国の『星見』を知らなければ、彼が言った通りこの状況に驚愕し、内通者の存在を疑ったに違いないからだ。
行動予測をされると解っているのならば、実はそれほど怖いものでもない。予測を受けている前提で動けば良いだけだ。それすらも予測される恐れはあるが、取り得る対策には常に限度がある。
「んでよ、キカイヘイどもが村の一番外周に陣取っているって事ァ、どうやらウチの大将たちの予想が、見事に的中したみてえだな」
「そのようネ。アタシたちを襲撃者であると仮定するなら、キカイヘイの配置はあの村を守るためとしか考えられないもの」
確かにそうだった。ヴィラデルとフーゲインの2人が言うように、リンたちがワレンシュタイン領へ鞍替えしたことまでも敵方にバレているとすれば、もっと物理的な村の内側、則ち村の人々や重要人物を人質に取りやすい位置に陣取ることであろう。
ただ、ハークはこの時、わずかながらの違和感を覚えていた。
「待った。ヴィラデル、お主ならば見えんか? キカイヘイどもの向いている方向なのだが、奴ら村から見て外側ではなく、何故か反対の内側を向いておるぞ」
「え? ちょっと待って……。あ、私にも見えたわ。連中、なんであんな方向を見てるのかしら」
「……ダメだ。俺には全然見えねえ。ホントに眼が良いんだな、エルフ族はよ。羨ましいぜ」
「アタシたちにはこれが普通なだけヨ。それにしても何で内側なのかしら。普通、防衛のためなら逆じゃあないの?」
「さっぱり分からねえ。何でだ?」
悩むヴィラデルとフーゲインを尻目に、ハークにはどこか嫌な予感がこみ上げてきていた。
しかし、まだ具体的な言葉に表せられる要素が足りない。漠然とした不安を煽るよりもまず、ハークは事態を進めることを優先した。
「この状況では、まだハッキリとしたことも言えぬが、村の方々から何らかの事情を聞くことができれば変わるやも知れん。どの道、事前に話も通しておかねばならぬしな。そろそろ我らは先行するとしよう」
「そうだな。頼むぜ、ハークに虎丸さんよ」
「気をつけてね」
「がう」
「よし。ではリン、行くぞ」
「分かりました。よ、よろしくお願いいたします」
ハークと、やや緊張の面持ちであるリンは、乗りやすいように伏せの体勢の虎丸に跨った。
次いで、2人して上半身を前に倒し、虎丸の背とくっつける。騎乗するというより、両者とも虎丸の背中の方向から抱きついたような体勢だ。ハークが前、リンが後ろである。どちらも小柄であるため、身体が干渉しあうことも無かった。
2人を背に乗せた、というよりくっつけた虎丸はするすると音もなく進み、森を抜け出る。
そして茂みの中を選んで進み、キカイヘイたちが包囲網を敷く直前で一度停止した。
しばらくすると、やがて柔らかな微風が吹き茂みを揺らす。その風に乗るようにして虎丸は一気に村の中心部へと駆け抜けた。
虎丸が持つ種族特性SKILL『野生の狩人』の効果により、たった今横を通り過ぎたばかりのハークたちに気づく者はいない。
虎丸とハークはそれを確認すると村の中心も中心、最も大きな館の中へと忍び込んだ。
館の中は少々暗い。外は天気も良く、真っ昼間であることから、建物自体が外部からの光を取り込みにくい構造をしているのが分かる。材質は木造であるらしく、この世界にとっては異質なのかもしれないが、ハークにとっては前世で見慣れたものに非常に近かった。
ここでリンが虎丸から降りると、ハークもそれに倣う。
「こちらです。私の後についてきてください」
肯くとリンは足音を立てることなく進む。前も後ろも足音が無いので、ハークも自然と忍び足になってしまう。
しばらく進むと、リンは1つの戸が全て締め切られた部屋の前に立った。
すると、中から声がかかってくる。
「どなたかな?」
しわがれた、いかにも老人といった声であった。
「私です、長老様。リンでございます」
「ご当主様? いつお帰りに? いえ、その前にお入りください」
「失礼いたします」
楚々とした様子でリンは部屋の中へと入っていく。
中には数本の燭台の上で燃える蝋燭の光に照らされた一人の小さな老婆が座っていた。
畳の上かと思えば、全て板の間である。アルトリーリアと違い、畳の素材がこちらでは無いのかも知れない。
老婆の前にリンが座ると、話が再開された。
「良くぞご無事でご帰還なされました、ご当主様」
「ご心配をおかけしました。こちらは皆、息災でしたか?」
「……ええ、寿命で亡くなった者が2人ほどいたくらいです。それより何が……?」
「事情は今からご説明いたします。その前に……、ハーク殿こちらへ」
呼ばれたハークは部屋の中へと入っていく。当然に虎丸もその後をついていった。
老婆の眼は最初、ハークを映し、その耳を見て一瞬見開かれる。しかし、その後ろの虎丸へと視線を移すと、先に倍するほどの限界にまで両眼を見開いていた。
「訳あってご同行いただいたエルフの剣士、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー殿です。後ろは従魔の虎丸様です」
「お初にお目にかかる」
ハークはそう挨拶したが、長老と呼ばれた老婆の眼は未だに虎丸の方へと向いたままだった。
まるで固定されているかのようである。
虎丸の威風堂々とした容姿と、それに比べて希薄すぎる気配に驚いているのだろう。その気持ちはハークにもよく理解できた。




