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440 第27話01:帝都潜入




 帝都ラルの前にそびえ立つ巨大な城壁と城門を見上げて、かつてのハークならば感嘆の声を上げただろう。

 だが、モーデルの古都ソーディアン、王都レ・ルゾンモーデルにて同じようなものを拝見し、それらよりもほんの少し高さがあるとしても、オルレオンの闘技場だとかソーディアンの巨大剣に比べれば驚嘆に値するものでもない。この世界には巨大建造物が実に多いのだ。


 城門前に並ぶ人の列、つまりは帝都の中へと入りたい者の列はモーデルに比べてかなり少ない。特に王都レ・ルゾンモーデルのそれに比べれば4分の1くらいだ。程無くしてハークたちの順番がくる。

 槍持ちの重厚な鎧に身を包んだ兵士が二人近づいて来ては、その片割れが威嚇するかのような大声を上げた。


「おうおう! 随っ分と豪勢な馬車だな! 端っこの金細工でも少し削らせて貰って良いか⁉」


 大きく仰け反る道化た仕草と、ワザとらしい笑いで悪い冗談だと示してはいるものの、門兵としても国を守る兵士としても不適切な発言であったのは言うまでもないだろう。

 モーデルであればいくら本気ではないとはいっても、上官に殴られるだけでは済まない。下手をすれば翌日からの職すら失うこともあり得る。


「そんな手間をかける必要などありませんよ! 代わりにこちらをお納めください」


 しかし、スケリーは大して動じる素振りも見せずに、手にしていた硬貨を二人組それぞれに渡していた。どちらもモーデル王国製の金貨である。


「おおっ、……とぉ、催促もしてねえってのに殊勝なことだぜ! 何だお前ら、モーデルからの旅行者かよ?」


「ええ。この馬車もモーデル製ですよ。こちらの帝都ラルまで、さるお方をお連れしました」


 スケリーはわざと含みのある言い方をする。


 今日のスケリーは、いつものぴんと上に向かって逆立っている鶏冠(トサカ)髪を下ろし、緩く後ろに向けて撫でつけていた。こうして見ると、個性的ではありつつもそれ程奇抜と感じないので不思議なものだった。

 敢えて解りやすく現代風にたとえて言うならば、ソフトモヒカンのような感じに近い。


 そんなスケリーの隣の御者席に、今日のハークは裕福な貴族風の服装に身を包んで、更にフードまで被り、同じく貴族風の格好にフードで両耳を隠したヴィラデルと横並びに座っていた。

 この格好にフードだと貴族に聖職者を混ぜ合わせたかのようであり、モーデルだと小首を傾げられるらしいが、スケリーからは、帝国人はそんな微妙なことになんぞに気づかんでしょうという謎の御墨付きを得ている。


 そんなハークとヴィラデルが2人揃ってフードを上げて、顔をよく見えるようにした。

 スケリーによれば、これは相手に考えさせてそこに乗じる作戦であるらしい。

 それに東側諸国での地位の高い人物は、先にハークたちのように、顔を見せるだけで結局一言も発さずに物事を推し進める傾向がある、との話であった。


 果たして今の今まで調子よく話していた方がその身体を硬直させて黙り込む。代わりにもう一方の片割れがしたり(・・・)顔で言った。


「重要な視察とはな……」


 スケリーはこの門兵の言葉に対し、否定も肯定もしない。ただ、依然としてにこにことしているだけである。たったそれだけのことでスケリーは、こちらにとって都合の良いことを言質も取られることすらなく自ら提案させ、信じ込ませることに成功していた。


〈何とも呆気ないものだな〉


 ハークはそう思うばかりだ。

 恐らく彼の頭の中では、豪華な馬車である上に城門を通過するためだけの手間賃として、わざわざモーデル金貨を各々に渡すなど道理で羽振りが良いハズだ、などと勝手に辻褄が適合しているに違いない。

 彼はすぐ横の相棒へと視線を向けた。


「どうする? 馬車の中は検めるか?」


「トラブルはゴメンだな。オレはまだ生きていたい」


「そうだな。なら、決まりだ」


 門兵2人組は何事かを示し合せて頷き合い、先程のしたり顔を晒した方が真剣というよりも若干の苦さを含んだ表情で言った。


「申し訳ありませんが、少しだけ馬車の中を見せてくれませんか? いやなに、お手間は取らせません。ちょいと外から覗かせていただければ結構ですから」


 この言葉を聞いてスケリーがハークたちの方へと顔を向ける。

 使用人が主に確認を取っているという態だ。そして、ハークとヴィラデルの2人は貴人の姉弟という設定である。

 姉役のヴィラデルが肯いて許可を示した。スケリーの注文はなるべく不遜に高飛車にということだったが、彼女はごく自然に演じきる。……まぁ、普段の彼女からそう離れた印象の仕草でもないのだが。


「分かりました。今、お開けしますよ」


 スケリーが即座に御者席を降り、馬車の後方扉を開けに行く。

 通常、馬車の扉は側面にあるが、スケリーが今日提供してくれたこの馬車は以前、旅行業者スタンに古都ソーディアンからワレンシュタイン領の領都オルレオンまでの道程を乗せてもらったものと、同系の最新型であるらしい。そう言われてもハークには違いが分からないが、広さと密閉のために最も後方が出入り口がなのは変わらない。家の間口の大きさが税の基準であったがために、鰻の寝床のようだと形容されるほどに奥へと細長い構造の京の町屋がどこか思い出されてくる。


 馬車後方にようやく辿り着いたスケリーが扉を開けると同時に、そこから門兵たちが中を覗き込んだ。スケリーの部下5人が乗っているのが見えた筈だが、2人組の様子に別段変化はない。護衛が乗り込んでいるのは当然だし、特徴的な風体も鎧兜で隠していたからだった。


「終わりました。ご協力感謝しますよ。いやぁ、我々も一応の仕事の実績っていうんですかね。そういうものは残していかなきゃあならないんでね」


 思わずと門兵が本音を漏らす。

 実は奥の奥、衣装部屋にはシアとモログが身を隠していた筈なのだが、当然ながら気づかれた気配はない。


 直前まで二人の背の高さ、身体の大きさをどう誤魔化すかと色々な方法を模索していたのだが、結局どれも上手くいかず、こうなった。小さな身体を巨大に見せることは簡単ではないにしても様々な手段があるのに対し、逆に巨大な身体を小さく見せることは本当に容易ではなく、至極困難であるのだ。


「帝都は場所によっては非常に危険です。何なら我々がご案内しましょうか? 宿のご紹介もできますよ」


 素直な心で聞くならば、この門兵の言葉は純粋な親切心からだと感じるかも知れない。

 だが、それは誤りである。本心はハークたちの行動を把握し、自分らの管理下に置きたいがためだ。スケリーも良く解っている。


「実にありがたいお話ですが、お忙しい皆様にそこまでのお手を煩わせるワケには参りません。それに……、ちょっとお耳を拝借……」


「ん? 何だ?」


 訝しがる門兵だが、結局はスケリーに向けて片方の耳を寄せた。


「あまり大きな声では言えませんが、ここだけの話……、今回の案件は非常に厄介なのですよ……」


 皆まで言わずという雰囲気を醸し出している。ちらりとハークたちの方向にもスケリーは視線を向けていた。

 遠回しに関わり合いになるなと言っているのだ。ただし、直接そのまま伝えては相手の疑心暗鬼を招く。あえて『解る人だけには解る』言い方をすることで、相手の共感を誘うやり方だった。


 何かが頭の中に浮かんだであろうその門兵は、途端に渋い表情となる。

 国というものは、時を重ねれば重ねるだけ公にできぬ案件も増えていくものだ。そして、そういった問題が起きているとして、それに対する対処が現在進行形でもう行われている最中としても、末端の兵士にまで伝わることは無い。あったとしても、それはあくまでも事後の話だろう。往々にして解決した頃、もしくはどうにもならなくなった辺りで知らされるのである。


 下手に関わろうとして事態を悪化させてしまった場合、その兵士にもう昇進の見込みは無くなってしまう。更に東大陸では物理的に将来を丸ごと抹消されることも多くあることだった。

 好奇心は猫を殺す。雉も鳴かずば撃たれまい。つまり余計な事をして、命を失いかねないということである。


 同僚が小声で「おいおい、やめといた方がいいぜ」と耳打ちし、彼もそれに神妙に頷くと言った。


「そういうことならば仕方ない。お時間を取らせました。もう行って結構です」


 見送る門兵たちをその場に残し、こうしていよいよハークたちは帝都の中へと進むこととなった。





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