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413 第25話01:The Unforgiven




 多くの魔物が跋扈し、危険と常に隣り合わせとも表現できるこの世界であっても、比較的安全なゾーンは存在する。

 それは数多くの人間種が生活する都市部の他にもう一つ、それは上空であった。


 無論、空を飛ぶモンスターも数多い。しかし、その大多数が重い体重を風魔法の補助によってほぼ無理矢理に空中へ浮かせているに等しく、飛行しているとはいえ低空がほとんどだった。

 基本的に魔物に比べて成長速度が遅く、実戦的な戦闘値が低いこともあり、『魔獣使い(ビーストテイマー)』に飼われていない野生のスカイホークにとっては最後の安全地帯、楽園のようなものだ。


 そんな誰彼構う必要もない空間の中で、しかし眼下に広がる湖の(ほとり)にて行われていた光景を眼にしたスカイホークたちは、それでも我先に恐れをなして次々方向を変えていった。

 地上では今まさに、恐ろしいほどの巨大な力と力のぶつかり合いが、現在進行形で行われているからであった。


「奥義・『朧穿(おぼろうがち)』! チェエエストォオオオオオオオオ!!」


 虎丸の背に跨ったハークが渾身の一撃を繰り出す。その表情は疑いようもなく本気であった。

 彼の握る『天青の太刀』の切っ先が向かうは、頭部をすっぽりと覆う兜を身に着けた雄々しく立つ筋骨隆々の大男。

 そう。誰が見てもモログである。


 自身に迫る旋突を彼は避けることもなく、逆に自分から迎えに行った。


「『ドラゴン・ニー』ッ!!」


 巨大な闘気に包まれた強烈な飛び膝蹴りが繰り出される。素材が違うにもかかわらず、両者は激突し硬質な音が周囲に響いた。

 見守るギャラリーから驚嘆と感嘆の声が自然と上がった。メンバーはシア、ヴィラデル、その肩にとまる日毬にそして、ハークの祖父ズースであった。


 驚嘆はモログが完全に後出しの状態から正確に迎撃を成功させたこと、感嘆はレベル十以上の差を覆してハークの攻撃がモログのそれと完全に拮抗していたことに対してだ。

 しかし、この勝負に関して分が悪いのはハークの方であった。

 モログの技は二段技であったからだ。


「ぬぅんッ!」


 右が止められようとも左があるとばかりにモログの左膝が突き出される。

 すんでのところで右に躱すハークだったが、騎乗していなければ完全には躱し切れなかったに違いない。追撃の可能性に逸早く気づいた虎丸の、その素早さのおかげである。


 ハークたちは大きく迂回するようにモログの周りを旋回しつつ距離を取り、態勢を整える。

 それを視て休む暇など与えんとばかりにモログが前に出た。


「今度は俺の番だなッ! 『バァーーーーーニング・ナックル』ッ!!」


「むっ!」


 迫るモログの火焔拳に対し、ハークも気合一発、己の大太刀に火を灯した。そして、蒼炎の刃が振るわれる。


「秘剣・『火炎車』!! おおりゃあ!」


 攻守所は変え、再び両雄は激突する。

 ただし今度は爆発音が響き、双方共に大きく後方に弾かれる。モログは二本足、虎丸は四ツ足でそれぞれ踏ん張り、地面に同じ数の溝を作って力任せに止まった。


 即座に体勢を立て直し、そして互いの中間地点でまたも両雄はぶつかり合おうとする。そこに待ったが入った。


「ハーク、モログ殿、虎丸君もそこまでにしよう」


 ハークの祖父、ズースの大きくはないが涼やかな声であった。決して良く通るような声ではないにもかかわらず、丁度模擬戦の間隙をぬった形となり、その言葉でモログもハークたちも戦闘態勢を解いていた。


 誰彼ともなく拍手が起こり、其々を労う為に彼女らは近寄っていく。ヴィラデルとシアは大太刀を下ろし、ふう~~~、と大きく息を吐いたハークのもとにである。


「お疲れ様、ハーク。今日もイイモノ、見せてもらったわヨ!」


「本当だね! あ、ハーク、『天青の太刀』の点検をするよ。貸しておくれ!」


「うむ、了解だ。よろしく頼むよ、シア」


 ハークはシアの要望通りに『天青の太刀』を未だ抜き身のままで手渡した。ハークの刀の保守点検はシアの役目である。とは言っても、最近はほとんど仕事がないのだが。

 手放しながらもハークの心の内から違和感がこみ上げてくるが我慢する。腕の先が突然無くなって、軽くなり過ぎたような気がするのである。これもここ最近になってのことだった。


「どうかしたの?」


 未だ正面にいたヴィラデルが、ハークの様子が少しだけ変わったのを敏感に察知して顔を覗き込んできた。ただ、ハークとしては何とも説明しにくいので白を切るしかない。


「いや、何でもない。少し疲れただけだ」


 満更(まんざら)嘘でもない。実際、ハークの額には玉の汗がうっすらと浮かんでいる。

 しかし、ヴィラデルはそれに気づくこともないままに、ハークの言葉を鵜呑みにしたようで、次いで、あまりに興奮したのか早口で喋り始めた。


「あらそう? ハークにしては珍しいわネ。まァ、しょうがないか。模擬とは言ったって、ナンバーワン冒険者とのガチ試合だものね! でもやっぱり最後の、『複合攻撃』は凄かったワよ! あなたの方がずっと大きく跳ね飛ばしていたワ! 威力においては完全に上回っていたのではないかしら!?」


「ぬ? そうだったか?」


 ハークの反応はつれないものだ。集中を通り越して、最早必死にも近い真剣さで先程の模擬戦に挑んでいたからである。

 そうとは知らずにヴィラデルはハーク相手に捲し立てを続け、ズースはそんな孫と同族の美しい女性との(たわむれ)れを横目で見ながらモログに訊く。


「と、評されておるが、モログ殿としては如何(いかが)かね?」


 老人の率直な質問に対し、汗もかいておらず、既に息の調子も平静へと戻ったモログが即座に答えた。


「むッ? あのエルフの美しいお嬢さんの言う通りだよッ。最後の攻撃ッ、『バーニング・ナックル』と奥義・『火炎車』だったかッ。あの打ち合いだけならば完全に俺の負けだったなッ。それまでの打ち合いではほとんど互角であったから、魔導力の差によるものであろうッ」


「ふうむ……、成程。つまりは純粋な()力差と言ったところかな?」


 モログが肯く。その頃には丁度、ハークの大太刀『天青の太刀』を点検し終わったシアが戻ってきていた。

 彼女は本来の持ち主に返却しながら言う。


「はい、ハーク。やっぱり今回も、損傷どころか小さな傷一つ見つけられなかったよ」


「いつもいつも有り難う、シア」


「使い手も化けモンなら、武器も化けモンよねェ。まったく」


 呆れたような口調で憎まれ口を叩くヴィラデルであるが、ハークは苦笑するだけだ。代わりに祖父であるズースが文句を言う。


「こらこら、ヴィラデルちゃんや、ワシの可愛い孫を化けモン呼ばわりは、さすがに許さんぞい」


「あら、ゴメンナサイ」


 ヴィラデルは彼女にしては珍しく即座に非を認めて謝罪するが、両者の間に漂う空気は重苦しくも微妙ですらもない。既に気心知れた雰囲気が両者の間にはあった。ヒト族の間では気難しい存在だとして恐れられているというズースだが、同族、そして身内と親しい間柄の者相手には全く別の、気さくで優しい一面しか見せていない。

 ヴィラデルを始めとして、一週間経たぬうちに周囲はすっかり慣れたものである。

 ズースの評によると、むしろ肝心のハークが未だに一番余所余所しいらしい。


 そんなハークが辺りを見回してから感慨深げに、呟くように言った。


「それにしても……、まさかチョイと修練をしたいがためだけに、王都を抜け出しこんな所くんだりまで走ってくる羽目になるとは思わなんだ」


「そうよねぇ……」


 ヴィラデルを筆頭に次々とモログ以外の同行者からの同意の声が続く。

 彼らの周囲には何もない。一方は草原が広がり、もう一方には北の果てにまで続く湖が見えるのみだ。


 ここは王都から東に十キロほど進んだところ。そのまま湖に沿って進めばあのロズフォッグ領だが、街道からも大分離れた場所であり、ハークたちの他には見える範囲全体でも人っ子一人いない。



 あの凶獣、クラーケン戦から一週間が経過していた。

 この短い期間で、ハークは勿論のこと、彼の周囲も状況は一変していた。戸惑うほどに。





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