39 第4話07:野営
ハーク達一行は北の森を綺麗な水の流れる小川を発見し、そこから僅かに距離を取った場所に野営の準備を進めていた。
第一の依頼であるジャイアントホーンボア討伐を難無く完遂した彼らは、まずしっかりと戦利品の血抜きと後処理を行った後、シアの持つ法器『魔法袋』に収めることとなった。
『魔法袋』とは法器製作技術によって作られた不特定多数の生きた生物以外の物体を、重さ大きさを感じさせず保管、携帯可能な文字通り魔法の袋である。
その利便性の高さから人気の品であるのは勿論だが、流通数として考えれば割とありふれたものであり、ピンキリとはいえそこそこの性能であればこの世界の一般市民にも手が届かぬ程の代物ではない。
人間と亜人の混血の血を引くという特殊な出自を持つシアは、その関係上どうしてもソロでの活動が多くなると考え、新人時代、かなり無理をしてこれを購入したらしい。
重い荷物を抱えながら一人でモンスターとの戦闘など、考えるまでも無く無謀だと判断した結果であろう。
実のところハークもこの『魔法袋』を所持している。
だが、その『魔法袋』はシアの持つ一般市民が所有するようなモノとは比べ物にならぬ程に価値があるらしい。
元々はハークの身体の元の持ち主が故郷より持ち出したものであるようで、ハークの知恵袋たるエルザルドによると『古代造物』という世界に数十点しか現存しないと言われる超絶貴重品であるという。
何しろ先日成り行きで倒すこととなった全長30メートルものドラゴンの肉体をその内に収めて尚、まだまだ余裕がありそうなのだ。
おまけに保存能力も異様なほど高いようだ。以前は人里離れた山奥にでも破棄するしかないかともハークは考えていたのだが、先日既に腐敗が始まっているかもと思い、袋の中に手を入れ死骸の一部分を触って確かめてみると肉自体は未だ乾いてすらもおらず、弾力さえ残っていた。気のせいか、ほんのりと暖かさすら内部から感じる程である。袋内部の時が経過していないかのようであった。
これら規格外とすら言える性能故か、この世界に於いて最高レベルの知識を持つと自負するエルザルドをして正確な価値は計りかねるとのことで、本来は家宝か、はたまたエルフの至宝とされていても何らおかしくは無いという。
そんなものを家出の際に持ち出してくるとか、この身体の元の持ち主はもしかしたら相当な……、ともハーク自身思わなくも無かった。
当然ながら、そんなものを所持しているなど表明することに意味は無い。
いくらパーティーを組み、互いの命を預け合う関係になったとしても、そんな秘密を共有しては双方共にやりにくくなるだけだ。悩む余地すらないと言えた。
つまりは今、この状況でハークの『魔法袋』は使用不可なのである。
シアの『魔法袋』は当時、資金の乏しい金欠時代に少ない報酬から掻き集めて手に入れたモノで、性能としては最低ランクだ。馬鹿デカいジャイアントホーンボアをそのまま詰め込むわけにはいかない。ハークが斬り落とした頭部を含めると、全体の8割強の保管スペースを占領することになってしまう。冒険者として必須なイザという時の治療薬、食料品やその他便利な法器を含めれば既に容量オーバーだった。
おまけに討伐依頼はもう一戦控えている。
トロールは元々価値のある素材が少なく、上手く事が運んだとしても、持ち帰る必要のあるような物は胸の心臓下部に魔物が持つ魔石、あるいは魔晶石くらいだが、それでも現時点で『魔法袋』満タン状態以上という状況は避けるべきだった。
と、なれば当然、積載物を減らすしかない。
具体的に言えばジャイアントホーンボアの素材の中で価値の低い内臓の一部などを破棄することだった。
何だかんだと解体に整理と時間を食われ、半日もかからずに到達できるはずと言われていた村予定地に着くころには確実に日が暮れてしまう、ということでここで野営という運びとなった。
目的地である村予定地とも目と鼻の先である。
既に虎丸が恐らくは討伐目標であるトロールの匂いを捉えており、明日の朝に万全な状態で戦いを挑むこととなった。
ハークとしては相手は魔物とはいえ人間型であると聞くし、夜襲も策の一つとしては有効ではないか、とも思った。視界の効き辛い暗闇での戦闘になるだろうがそれは向こうも同条件だ。
奇襲でも仕掛けられれば高い効果を得られるのではとは思うが、この中で最も冒険者としての経験の長いシアの意見は尊重するべきであろう。
周囲が明るければ単純に有利、だとも思わないが、不利である筈も無いのだから。
そして今現在、ハークは夕食を作成している。
理由としては勝手が判らないからだ。
前世では野宿など修行時代を含めれば腐るほど行ってきたが、この世界では初めてだった。
メイン食材は先程斬り分けたジャイアントホーンボアの肉だ。大変美味で人気があり高価だということだが、荷物を減らすという目的もあり人数分を使用する事に決めた。
鍋の中に肉と共に街で用意してきた野菜を放り込み煮る。海系の出汁素材が無かったのでキノコ類を多めに投入した。
豚汁の様なものだ。
味噌が無いので少々不安ではあったが、大角猪の肉は高級で美味との評判通り良質な肉と脂が汁に溶け出して塩だけの味付けであっても充分に美味に出来上がった。
一方で観察も忘れない。
この世界で生きてまだ10日も経っていないハークにとって、日々は勉強なのだ。
ハークの正面、キャンプの中心地辺りでシアが円錐形の器具を地面に突き刺すように立て掛けている。大きさは手の平サイズほどだ。
「それは?」
完成に近づいた鍋を掻き混ぜる手を止めハークが尋ねると、くるりと振り返ったシアが答えた。
「結界用の法器だよ。6時間はモンスターの侵入を妨害できるから、その間安心して休むことが出来るんだ。ここをこうしてっと……」
シアが操作すると法器は真ん中から3つに割れて展開し、ハークが『回復』を使用した際に感じるような魔力の流れが徐々に広がっていき、周囲を包み込んでいく。
何となく辺りの雰囲気が変わったような気さえする。
「もう少し経ったらここから半径100メートル以内にはモンスターが容易に侵入できなくなるよ。ま、とは言ってもそんなに高級なモノじゃあないから精々レベル25位までだけどね。それでも無理矢理入ろうとすれば警報が鳴るからかなり安全さ」
「成る程。情報ではこの辺りにそのレベルを超える魔物は、儂らが討伐目標とするトロールのみだからな」
「そういうこと。まあ、予定地まではまだ4~5キロの距離がある筈だから、こんな所まで来ることはないだろうけどね。モンスターは一度縄張りを決めるとそこから外には滅多に出たがらないから」
ふむ、と、そこまで聞いてハークは新たな疑問が頭に浮かび、すぐ横で侍っている虎丸へと念話を送った。
『虎丸よ。お主が保管しておった荷物の中に、あのような器具は無かった。聞きたいのだが、この身体の元々の持ち主、前の主人の故郷からソーディアンの街までの旅の間に野宿で夜を越したことはないのか?』
『野宿ッスか?したッスよ。何度かやったッス』
『やはりか。お主ほどの俊足であれば街から街まで日がある内に踏破も可能か、とも思ったが』
以前、虎丸はハークを背に乗せた状態で、人の脚であれば1日半かかる道程をたったの数時間で踏破したこともある。
この国の街と街を結ぶ街道の正確な距離はハークには判らないが、事前にちゃんと地図などを見て行程計画を立てておけば、野宿をする必要も無く長距離の移動も虎丸の移動速度ならば可能なのではないかとも思ったのである。
『あの時はまだ進化してなかったッスからね。今ほど速く無かったッスし、何時間も走り続けるスタミナも無かったッス』
『そう言えばそうだったか』
虎丸が今の姿へと『進化』したのはハークの魂が現在の身体に宿ったその日のことだった。
『それに、前のご主人は全速力で走るオイラにそれほど長くしがみ付いていられなかったッスから……』
『あーー。1レベルしかなかったのだな、確か』
『そうッス』
当初はレベルも低かったわけで肉体の基本能力も低かったのだ。今では恐らく十時間程でも苦も無くしがみ付いていられるだろう。
『そうか。なれば夜襲などの警戒はどうしたのだ?交代でやったのか?』
ハークの質問に、虎丸は考え込むでも無く即座に返答した。
『前のご主人はそういうことしなかったッス。ずっとオイラがやってたッス』
『何!?それではお主、いつ寝ていたのだ!?』
『ああ、それなら大丈夫ッス、ちゃんと寝ていたッス。元々オイラ達魔獣は人間種のように深く眠ることはないッスからね。数十分程度間隔で寝たり起きたりを繰り返すッスし、寝ている間も、こう、半分寝て半分起きているような状態ッス。オイラ以上に隠匿SKILLを持っている高レベルな敵でもなければ近づいてくる前に判るッス』
『ほう、魔獣とはそういうものか。……そういえば前世での狩りでの時も、野生生物が寝こけた姿などあまり見れた試しが無いな。それにしてもお主の前のご主人は相当お主にオンブに抱っこであったのだな。それであの扱いとは何とも…』
「ハークさん、戻ったぜ。うお、良い匂いだな!腹減ったぜぇ」
主従間の念話を続けているところに両腕一杯に薪を抱えて戻って来たシン少年がハークに一声掛ける。
「お帰り、ご苦労さんだ。煮込みも出来てる。シアが戻ってきたら食事にしよう」
その後、結界法器の結界がキチンと展開されたのを確認してきたシアが戻り、全員での夕食となった。
「美味えな!」
ハークの作った豚汁モドキを一口含んで咀嚼後、叫ぶように感想を述べて次々に残りを口に放り込んでいくシン少年。その様は何かに急かされているかのようにも見え、若いとはいえ相当腹が減っていたのが判る。
その様を横目で見ながらシアも同じものを食べ進めていく。鎧も着けたままだ。
「確かに美味いね。あたしは料理は得意じゃないから助かるよ。今までは中々街の外でこんな美味いものは食えなかったね」
「肉が美味いからだろう」
二人の率直な称賛を受けて尚、ハークは素っ気なく返答した。それは照れ隠しでも何でもなく事実を述べただけなのだ。
「謙遜しなくてもいいよ。まあ、このジャイアントホーンボアの肉は確かに美味いね。高い素材なだけはあるよ。けどこの汁、肉とは別の明らかな美味さがあるってのはあたしにだってわかる。ホント美味しいよ」
「そうだぜ!パンを浸したって美味いぜ!」
シンは出掛けにギルドの酒場で購入したパンを碗の中の汁に投入して食べている。
保存が効くようになのか、軽石か!?とも一瞬ハークが頭の中で考える程に表面が食べ物然としていなくて少し引いたが、あのように食べればいいのかと早速同じようにしてみた。
「普段使っていた食材が用意できなんだから少々不安であったのだが、キノコなど多めに入れたのが効いたらしいな」
高級と言われる肉の出汁も影響が大きいとは思うのだが、素直に二人の賞賛を受け取るべく確かに多めに投入した茸を引き合いに出した。
「へえ、キノコを多めに入れるのがいいのか。今度、炊き出しでもやってみるよ。それにしてもハークさんは料理も上手えが剣はマジで凄かったよな!今日のこいつを一発で仕留めたのはホントに驚いたからなぁ」
シンは木の匙でジャイアントホーンボアの肉を取り上げながら言って、それをそのまま己の口内へと運ぶ。
「確かに、ね。まさか一撃とは恐れ入ったよ。あたしが打ったカタナとは信じられないくらいさ。ここまでとはね……。最初にハークの提案を受けた時は上手くいって大幅に有利取れるくらいにしか思ってなかったよ」
「それは儂もだな。虎丸とシンの引きつけが良かったのだろう。それにシアの一発も地味に効いていたのではないかな」
ハークはすぐ横に侍りながら大きめの碗に顔を突っ込み3人と同じものを一心不乱にがっついている虎丸の後頭部をカリカリと引っ掻きながら答えた。
とはいえ、ハーク自身も正直あの結果には驚いていた。今回は実戦にて魔物にどれだけ大太刀が通用するのか試金石の意味もあった。嬉しい誤算とも言えるが、対魔物用の武器作成は見事に成功したと判断できるだろう。
この上なく満足な結果である。
今は食事に夢中なのか3人の会話に参加する気配も無いが、戦闘直後の虎丸はハークの一撃をこう評していた。
『ご主人はもう攻撃力だけならレベル37のオイラにも迫るぐらいッス。そう考えればレベル21相手の急所に会心の一撃が入れば一撃必殺も当然の結果ッス』
しかしながらそれはハークにも帰ってくる問題でもあるのだが。あのジャイアントホーンボアの角での突進を真面に受ければ、ハークに耐えられる道理は無い。
それでも今回の大太刀で、互いに一撃必殺出来得るという平等の立場までは持ち込めるようになったと言える。
さらに今回の戦闘でハークはまたも1レベル上がって15となった。
シン少年も同じく1上がってレベル19だ。
シアと虎丸には残念ながら変化はない。虎丸はそもそも一撃も攻撃を与えていないので戦闘に参加したことになっていないらしく経験値も得られていない。
シアは虎丸によるとほぼ同レベルの相手ということで結構な経験値を得た筈であるが、レベルが上がるにはほんの少し足りなかったとのことである。




