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38 第4話06:ハント開始

(2019/3/8 誤字脱字修正)

(2019/6/30 わかりにくい表現・内容を修正)




 森林地帯とは本来、都市に住む人間からすれば意外なほど音に溢れている場所である。

 極寒地域でもない限り、風に吹かれ木々の枝と枝、葉と葉が擦れ合う音、動物の鳴く声、鳥の羽ばたく音、小川のせせらぎ等々が反響、木霊し賑やかなくらいである。


 つい数日前に巨大で強大な存在がすぐ近くを横切ろうともそれは変わらない。

 踏み砕かれ、引き倒され、焼かれ、消し飛ばされ、地形と共に抹消されても、この付近はその災禍を免れてはいるのだから。


 古都ソーディアンの北に広がる緑深き獣道をハーク、スウェシア、シン、そして虎丸の一行は目的地である新たな村建設予定地へと向かって歩を進めていた。


 先頭を進む虎丸が不意に足を止め、後ろのハークへと振り返り思念を飛ばす。


『ご主人、幾つかのモンスターの匂いを捉えたッス』


『ふむ。その中に今回の討伐目標であるトロールとジャイアントホーンボアのものはあるか?』


『トロールの匂いはたぶん遠すぎてまだ感知できないッス。けど、ジャイアントホーンボアと思われる匂いは幾つか捉えたッス』


『成程、結構この辺りには多くいるということか。その中で強力な個体を嗅ぎ分けることは可能か?』


『可能ッス。一番デカくて強そうなヤツの匂いを辿れば良いッスね。このまま真っ直ぐ進んで、やや左に行ったところが縄張りのようッス。うろうろしてるッス。あと30分位歩けば見えてくるッスね』


 そこで、ハークと虎丸主従の後に続いていたシアが声を掛けた。


「どうしたんだい、二人とも止まっちまって」


「虎丸が依頼のジャイアントホーンボアと思われる匂いを感知してくれた。方角も判ったぞ。こっちだ。村建設予定地の方角から左へズレているようだが、それ程離れているわけでもなさそうで、このまま行けばあと30分程度だそうだ」


 ハークが左手で虎丸の言った方向を指し示す。それを見て最後尾を歩いていたシンが感に堪えたように言った。


「すごいな。『魔獣使い(ビーストテイマー)』ってのは、斯くも便利なモノなんだな」


「感覚器官が人間の比ではないから、魔獣さえ育て上げられればかなりの万能クラスとなる…とは寄宿学校で教わったけど、本当に有用なんだねえ」


 シアも感心したように言い、そのまま言葉を続ける。


「ソーディアンじゃあ『魔獣使い(ビーストティマー)』は殆ど見かけないけど、他の大きな都市でなら結構いて、高レベルともなるとパーティーに引っ張りだこらしいよ。魔獣には様々な種類がいて、虎丸ちゃんのように索敵と肉弾戦闘が得意なタイプもいれば魔法攻撃が得手なのもいるし、援護能力が高いものもいる。果ては回復役もこなせる魔獣すらいるらしいからね」


「回復役も!?そいつはすげえな。人間種だって中々いねえのに…」


「複数頭いればそのパーティーで足りない部分を全て補うことも出来るからねえ」


「そんなに有用な職なのに、ソーディアンでは何で見かけないんだ?」


〈確かにそうだな…〉


 シンの疑問を聞いて、ハークもまた心の中で頷く。

 既に一週間以上ソーディアンの街にいるが、ハーク以外で彼の様に魔獣を連れ歩くものは見たことが無い。それは冒険者達が集まるギルドでも、ソーディアン一の大通りでも同じだった。


 それゆえにハークは日が経つ毎に自分が多少目立っていると感じてきていたのだ。


「まあ、今はソーディアンの街全体が西側街道建設を推進している最中だからね。魔物の生息域に冒険者達が徒党を成して乗り込んでいる状態だから、下手に『魔獣使い(ビーストティマー)』の魔獣が混ざれば敵の魔物と間違えられかねないからなんじゃないかな。あとは……そうだね、あたしも聞いた話だけど、前領主が色々やらかした、って聞いたことがあるよ」


「ほう……」


「成る程ね。…って、それにしてもハーク…さんは速いな。本当に俺よりレベル低いとか、聞いた今でも信じられないぜ」


「む?」


 その言葉にハークが振り向きシンを視ると、若干息が上がっているように感じられた。

 森は一見平坦に見えても上ったり下ったり、所々窪みがあったり盛り上がっていたりと慣れていなければ難儀する道程である。特に大木の多い森は、太く強靭となった根によって地形自体も変わっていることが多い。

 森の王者たる虎型の魔獣である虎丸が先頭を行くのは当然として、22というレベルを持つシアの前をハークが苦も無く歩けるのはひとえに経験の問題であった。


 ハークは特に緑深い土地で生まれ育ったわけではない。勿論前世での話になる訳だが、むしろ大きな木々など殆ど無い草原地帯、いや、というより最早水はけの悪い湿地帯が生まれ故郷であった。剣で身を立てることを志し、一人村を出てからというもの森を突っ切って隣国へ抜けたり、森に潜み敵の追撃をやり過ごすなど何度かするうちに森林地帯の道が苦にならなくなっていったのだ。


「単純に慣れの問題だ。それより少し速いか?虎丸に言って少し速度を―――」


「ああ、いや、大丈夫だ。気にしねえでくれ。そういう意味で言ったんじゃあないんだ。ただなんか街中と変わらない速度で歩いているから、何かコツでもあるのかと思ってさ」


 その言葉にハークはほんの少しだけ考え込んだ。時間にして5秒に満たないほどではあったが。


「コツか。まあ一応あるぞ。こういうところでは一気に段差を越えようとどうしても大股になってしまうことが多いが、それだと疲れやすくなってしまう。意識的に抑えたほうがいい」


「大股歩きになりがち…か、成る程な」


「まあ、意識しすぎても逆に気疲れしてしまうであろうから、結局は慣れの問題だ。それより、さん付けなどせんでいいぞ」


「いやいや、俺よりだいぶ年上の方に呼び捨てなんか出来ないぜ!エルフだし、見た目通りの年齢じゃあないんだろう?さっきの素振りだって、俺の方が高レベルなのに全く見えなかったからな」


 シンがまるで捲し立てるかのように言い、その横でシアも頷いているのが目に入った。

 まだ大太刀の長さに慣れ切っていないので、森に入った際にハークが試し振りしたのを見ていたのだろう。結果としては木々の間の広いこの森の中で使う分には問題無さそうだ。


「まあ、あれがハークの本気じゃあないけどね」


「そうなのかよ!?」


「あたしの工房で試し斬りした際はあんなもんじゃなかったしね。手元すら殆ど見えなかったよ。剣の長さを身体に沁みつけただけなんだろう?」


「ああ」


 シアの指摘にハークは頷いた。


「工房?シアさんは何か店でもやってんのか?」


「ああ、鍛冶屋をやってるよ。武具で何か入用になったら訪ねておくれ」


「へえ!覚えておくよ。ところでさ、今の内にジャイアントホーンボアと会敵してからの作戦を立てておかねえか?俺もなるべく役に立ちたいからな!」


「作戦か、そうだねえ…。あたしはソロが多かったから、あまり複数で戦闘した経験が無いからねえ。段取りとか決めといた方が良いか。ハーク、どうだい?」


「ふむ、そうだな」


 それからの道中、ハークは前世で己が森で狩りをする際によく使った追込み戦法を二人に語った。



 歩くこと四半時。

 小高い丘の上に立つハークらは、300メートル先にいるジャイアントホーンボアを見下ろすような形で補足していた。風下であり、まだあちらには気付かれていない。


 全員伏せながらこれから戦うであろう魔物を観察する。

 見た目は有り得ぬ程巨大な猪に頭部から何倍にも巨大にした牛の角を生やしたような感じである。右角の方が大分発達し、まるで槍が頭部から突き出ているかのようだ。突き刺されれば致命傷は免れ得まい。


『どうだ?』


 ハークが自分と同じように伏せながら大角猪を凝視する虎丸に念話を飛ばす。

 虎丸のSKILL『鑑定』は相手を視界にさえ収めれば発動可能なのだ。


『レベル21ッスね』


「あたしとほぼ同レベルか」


 先程とは違い、ハーク以外にも念話を繋げた虎丸の鑑定結果にシアが小声で反応する。


『シアと虎丸が協力して戦えば問題ないれべるか。とはいえ上手く先制攻撃でひっとぽいんとだったか、耐久力を奪えれば御の字だ。手筈通りに頼む』


「了解だぜ」


「オーケー」


 小声で了承の意を示した二人の言葉にハークはほんの少し首を傾げる。


『桶?』


「あれ?エルフじゃあこういうふうには言わないのかな?了解って意味」


「ほう」


 方言の様なものか、とハークは思った。




   ◇ ◇ ◇




 そのジャイアントホーンボアにとって、その地は楽園だった。


 彼がその地を己の縄張りとしたのも当然である。この地で待っていれば弱い生物たちが新鮮で食いでのある食べ物をたくさん持ってきてくれるのだ。今では一吼えしてやれば簡単にそれらを差し出して退散していく。


 始めの頃は長く先の尖ったもので威嚇してきた者もいたが、自慢の角を突き刺してやれば、血を吐いてすぐに動かなくなった。

 所々硬い殻に覆われていて喰い辛かったが、残さず食べた。彼は雑食なのである。


 魔物にとって食事とは決して必須なものではない。だが、弱肉強食を生き抜いていく為に必要な行為だという事をどの魔物も本能で理解している。


 この場所を縄張りとしてからというもの彼は急速に成長していた。

 もはやこの辺りで自分に敵う者はいない。そう思っていた。彼は王者の気分であった。


 そんな彼の大切な縄張りに侵入する弱者(ニンゲン)の気配があった。

 ぐるりと身体ごとその方向に向く。身を隠すことすらしない愚かな侵入者がそこにはいた。

 以前に見た弱者よりも多くの殻に身を包み、先の尖った棒のようなものではなく、硬質な鈍い光を放つ巨大な塊を先に乗せたようなものを肩に担いでいる。


 以前見たどんな弱者とも異なる。その事が彼に若干の警戒感を抱かせたのは野生の本能か。


 その時、左の横合いから新たな縄張りの侵入者が突進してくるのを彼は視界の端で捉えた。


「せぇい!」


 ジャイアントホーンボアはその躰の構造上、攻めも守るも敵を己の正面に捉えねばままならない。

 先に表れた侵入者に警戒感を抱かされた以上、今、新たな侵入者へと向き直るワケにはいかない。それに新たな侵入者の方にはそれ程警戒感を抱かされなかった。

 彼は結局、甘んじて新たな侵入者の突進を受けることを選択した。新たな弱者の攻撃では己に大した傷を負わせることは出来ないと予想したからでもある。


 結果は表皮の突破を許したものの、分厚い皮下脂肪にてそれ以上の侵入は許さなかった。

 が、チクリとした程度でも痛いものは痛い。イラつきを我慢できず新たな侵入者の方へと視線を向けた瞬間、文字通り目と鼻の先に巨大な塊を担いだ方の侵入者が迫ってきているのを感じた。

 躱すも受けるも間に合わず、腹部に衝撃を感じた。


「グボア!」


 意図せず悲鳴が漏れた。致命傷には程遠いが、ここ最近、戦闘で受けたダメージの中では群を抜いて最大級の一撃を受け、彼の意識が怒りに染め上げられる。


「グオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 怒髪天の咆哮を上げ、愚かな侵入者を串刺しにしてくれようと彼は体勢を低く構えた。


 が、そのとき既に巨大な塊を担いだ侵入者は彼に背を向け、脱兎のごとく一目散に走り出していた。追いつけぬほど距離はまだ離れてはいない。だが、直ぐに攻撃を当てるには不可能な程、距離を離されていた。


 この怒りをどうしてくれようか。

 ふと見ると先程先制攻撃を仕掛けてきた侵入者は、未だその場に留まっている。じりじりと間合いを測っているが、背を向けて逃げ出す雰囲気も無い。

 彼はこの愚かな弱者からまず血祭りにあげることに決めた。怒りの矛先を変えると共に向き直り、必殺の突撃を敢行するため己が最大の武器である2本の衝角を真っ直ぐ対象へと向ける。


 そこへ更なる侵入者が現れた。それは姿形どころか気配や匂いすらも眼前に現れる瞬間まで感じさせることなく、まさしく風の如く出現した。



 虎丸である。

 隠匿のSKILLである『野生の狩人(ワイルドアサシン)』で、先付の攻撃を見舞ったシンのすぐ傍に侍っていた虎丸は、シアの撤退と共に『野生の狩人(ワイルドアサシン)』を解除し、シンの胴を牙が刺さらないように注意しながら咥え込み、ハークに指示された方角へと走り出した。



 突然現れた魔獣がニンゲンを連れ去ったことにジャイアントホーンボアはさらに怒り、猛り狂った。本能が、忽然と出現してその時点まで気配一切合切一欠片すらも感知させなかった魔獣に対して警鐘を鳴らすのも気にならぬ程に。それに加えて、ジャイアントホーンボアの方が虎丸よりも体躯の大きさでは若干勝っていたことがそれに拍車をかけた。


 彼はいきなり現れて、己の獲物を横取りした魔獣目掛け突撃を開始した。激怒に駆られるように追い立て迫ろうとする。が、相手もさるものであり、距離はつかず離れずを維持されてしまう。


 彼の本能が自身の縄張り外に出たと二度目の警鐘を鳴らす。にも拘わらず、もう少し(・・・・)で追いつける、と彼はそれすらも強引に無視して突き進むことを選択した。


 やがて、この辺りでは格別に大きい大木の横を魔獣が横切り、彼もそのすぐ後に続き横切ると、何かが落ちてきたような感覚と共に、首に強い衝撃を感じた。



 ハークであった。


 虎丸とシンが誘き出したジャイアントホーンボアが、ハークの潜み待ち受ける枝の真下を通る瞬間を見計らって空中に身を躍らせて、大角猪の首筋目掛け彼は大上段から正確に大太刀を振り降ろしたのだ。


 垂直にジャイアントホーンボアの頸椎へと進入した刃はそのまま大した抵抗もハークの手に感じさせることなく地に達した。


 次の瞬間、ぼとりと大の大人以上の重みを感じさせる肉塊が地面へと落下した。


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