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370 第23話02:カウンター②




 レベル三十五を超えた者は、一般的に猛者と呼称される。

 味方となれば、最早どんな危機も恐れることはないと安心できるし、敵に回れば、泣いて命乞いを懇願するという選択肢をまず念頭に置く必要が生じることになる。


 それが一般的な常識。

 彼らは数十年に一度、国単位で一人か二人現れる。

 モーデル王国は版図が広く、おまけに人口や国家予算だけでなく文化や生産力などの経済面でも圧倒的に西大陸一の国家だ。小さな国からすれば、十や二十を束ねたほどにもなる。

 ゆえに各地域ごとにこういった存在がおり、全てを併せれば二桁を優に超える。


 それだけに、他国民からすれば縁遠いこういう存在を、割と身近に感じることもある。

 が、そんなモーデルの民でも知る者は極めて少ない。更に、その上があるということを。


 それが上位クラス取得者。一部の強者、猛者すらも超える者。


 特定の各能力値が底上げされ、その上、取得した上位クラス特有のSKILL効果により、稀に特殊能力が発現する。

 例えばハークの場合は、従魔、つまりは虎丸と日毬と共に自身の魔法力(MP)回復能力が倍加する。実戦には余り役には立ちにくいが、修練するにはもってこいだ。

 ランバートの場合は、土魔法系統SKILL及び同属性の回復魔法SKILL『回帰(リカバー)』の才覚が解放されている。改めて習得する手間こそあるが、その効果は絶大だ。新たな攻撃、防御手段を得るだけでなく、援護と回復役まで務めることができるのだから。


 ヴィラデルが新たに取得に成功した上位クラス『戦魔導士(ティアマトー)』から付随した専用SKILL、『戦魔導士の知恵ザ・ウィズダム・オブ・ティアマトー』はこのランバートのものに極めて近い。

 いや、特殊能力だけを純粋に評価するならば、完全なる上位互換だ。


 ヴィラデルの取得した『戦魔導士の知恵ザ・ウィズダム・オブ・ティアマトー』は苦手属性以外、ヴィラデルの場合は水属性以外を完全に極める可能性を、彼女にもたらした。


 ヴィラデルは歓喜した。

 表面上は、同時に上位クラスを取得したシアの『重粉砕士(タイタヌス)』のHP自動回復能力と単純なステータス値の上昇を羨んで文句を言っていたが、考えようによっては長いエルフの生で最も的確な、そしてハークだけが知る彼女の夢に最も着実な可能性を贈られたことになる。

 このことが判明した日の夜、具体的にはあの聖騎士団が潜伏していた仮集落にて主力組がハークや虎丸に日毬、おまけにランバートまでも含めて総じて魔力切れに陥り、一晩明かすことを余儀なくされたあの日、壁の薄い隣の部屋からハークのエルフ特性の良質な耳だけに、彼女の小さな小さなすすり泣きが届いてきてしまったのである。

 無論、ハークはこのことを、本当に何百年後かは分からないが、墓に入るまで誰にも話すつもりはない。



 そんな訳で、ヴィラデルは現在絶賛全力修練中なのである。

 まずは破格の火力を持つ火属性最強魔法、『灼熱地獄インフェルノ・フォール』からであった。

 この魔法は威力だけで見れば全属性でも最強に位置する。それに彼女は火魔法の『達者(スターター)』SKILL持ち。これら複数の点から、この魔法から習得するのが都合が良かったのであるが、まだ更にもう一つの利点が存在していた。


 それが、ハークがこの上記魔法を既に習得済みである、という事実である。

 半年近くかかったし、元々の講師がヴィラデル自身であったが、そうであっても、実際に使うことができる、という事実には変わりがない。


 そんな訳でヴィラデルはハークにぴったりくっつきながら、自己鍛錬に全力集中で現在進行形で勤しんでいるのであるが、今は間が悪かった。

 ハークは呆れた声音で言う。


「おい、ヴィラデル。今、儂はランバート殿から大事な話を聞いているのだ。終わった後にしてくれ。というか、お主もちゃんと今の内に聞いておかんか。後々で困ることになっても知らんぞ?」


「ええ~? 良いわヨ、アタシは別に。必要になったら、シアに教えて貰うから」


「え!? あたしかい!? 難しい話は自信ないなア……」


「政治の話、とはいえそこまで難しい話でもねえよ、シア殿。えぇと、どこまで話したっけか?」


 苦笑しつつランバートが話を再開する。よくよく考えれば、大国の武の大将軍として必ず人類史に残るような英傑中の英傑に状況説明をさせておきながら、一人が完全無視、というのは恐ろしい行為である。ランバート自身は毛ほども気にしてはいないが。


「今回の貴族軍挙兵に関してだよ。確か、抵抗権だとか、挙兵権だとか仰っていたかな」


「ああ、そっからか。この国はさ、俺みてえに政治に疎いヤツでも分かるように言うと、大きく三つの権力に分かれてンのよ。まず、俺みてえな地方を治める貴族、次が中央の土地なし貴族達からなる議会、最後が国王だ。この中で、俺ら地方貴族と議会はどっこいどっこいだが、国王は違う。俺らも議会も逆らうことは基本許されん。だがそれで問題になることはない。先王様もそうだったが、基本的に陛下は政治に口出しすることは少ない。俺ら(地方貴族)と議会がモメた時だけ調停役として出てきてくださる、くらいなモンだ。ま、厳密に言うとイロイロとこういうのは細けえんだけどな。議会より金持ってる俺らの方が強え、とか、しかし俺らはまとまりがねえ、とかな。ここにロッシュが居たら、親父、その説明では不十分過ぎるぞ、って言われちまう」


 シアがクスッと笑う。確かに言いそうだった。彼はそのまま続ける。


「ま、三つの勢力があり、国王が一番強え。これだけ覚えてくれりゃあ充分だ」


「なるほど」


「わかったよ」


 生徒役の二人が応えると、ランバートは頷き次に行く。


「よし。ここで問題なんだが、この中で好き勝手に行動されたら国が崩壊しかねねえのはどれだ?」


「モチロン、国王陛下だねえ」


 答えたのはシアである。


「だな。第一王子であるアレスの派閥がまず掌握を目論んだのはコレだ。王子の長男という立場と、帝国から持ち込んだ純粋な力を使ってな。俺が中央に残ってりゃあ、こんな事にゃあ絶対させなかったんだが、まぁ、中央の連中は一部を除いて青瓢箪(あおびょうたん)が多いからな。そのためにも王国第一軍がいるんだが、何故か機能しなかった。混乱を収めるためか、第一王子派閥に介入されちまったからな」


 ランバートはここで一旦言葉を切ってから、話を再開する。


「だが陛下もやられっ放しじゃあなかった。病と称して王城とは別の場所に避難、権力の一部を議会の議長に譲渡したんだ。すると奴らは懲りずに議会に手を出してきやがった。多くの議員を辞任に追い込みつつ、自分らの派閥を議員に捻じ込んだりしてな。これが半年くらい前の状況だ」


「半年くらい前というと、儂らがワレンシュタイン領に来た時くらいか」


「そうだ。で、奴らは同時に地方を治める俺ら(貴族)にも手を出し始めやがる。完全にこの国を掌握しようと行動し始めたワケだな。だが、いきなり奴らは大失態を犯した。俺たち地方領主たちにまで、脅しで自分たちの軍門に下らせようとしたんだ。中央の議員貴族と俺たち地方領主との間には幾つもの違いがあるが、大きなものから上げていくと三つの違いがある。自らの資金源となる土地を抱えているということ、直接的な力、武力を所持しているということ、そして何より、この国を根底から支えてきたという誇りを持っているということ」


 ふんふん、とハークは頷く。

 ハークは前世、そのテのことについてはまるで興味が無かったのでうろ覚えだが、えらく複雑であるというのは解ってきた。

 ただ、前世に於いての支配者である幕府も、一定の藩に対しては気を遣っていると見られた節もある。それが、上杉、前田、真田、毛利、そして島津を(あるじ)とした藩であった。藩名で言うなれば、米沢、加賀、松代、長州、そして薩摩。それと同じと考えれば良い。


「ウチの領なんかは除くが、それ以外は中央が今どうなっているかなんて興味は薄かったんだ。皆、自分トコの領地の経営が大事だし、忙しいからな。次代の王位なんぞ、誰が継いだって良い、長兄がやりたいと言っているならそれで良いんじゃあねえか、それくらいにしか考えてなかった奴らは多かったろうな。だが、中央から届いたアレス王子の檄文が、全ての流れを変えた。内容は、まぁ、要約すると、『俺に逆らったらどうなるか、解っているよな』といった感じだったらしいぜ」


「それが思いっ切り逆効果だった訳か」


「その通りさ。俺と立場を同じくする連中を軒並み怒らせちまった。ただ、そん時はまだアルティナ姫様が立場を明らかにしていなかったので、表面化はされなかったんだ。担ぐ神輿も無えからな。そうとは知らずに第一王子の派閥は失策を重ねていく。俺みてえに従わねえヤツの領内に次々に直属の部下を送り込み、乱暴狼藉を働かせたり、ムリヤリ粗探しをして議会から叱責させたりしてな」


「それって、あたしらが訪れたロズフォッグ領の……!?」


「あ~~、あれは別さ。トゥケイオスほど酷い事にはなってねえよ。それに、あれは別の目的があったんだろうと思うぜ。恐らく中央とウチ(ワレンシュタイン領)を地理的に分断させる腹積もりだったんだろうさ。実際、あの直後にキカイヘイ軍団と帝国の全軍に攻め込まれていたら、退路は無えし、結構危なかったかもしれねえな」


「あの時は酷い目にあった……」


 ハークは感慨深げに言う。紛れもない実感が伴っていた。





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