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357 第22話24:High and Mighty Power②




 とはいえ、浮き続ける彼らから動きは見られない。あの拳を飛ばす攻撃もない。

 これは、ワレンシュタイン側からすれば、想定通りの展開であった。


「やっぱり撃ってこないわネ」


「だろうな。あの状態で拳をブッ飛ばせば、逆に己がスッ飛んでいってしまうに違いない」


「構造上、無理だよねぇ」


「詳しく隅々まで解析した甲斐があったというものですなぁ。ハーク殿がかなり完全に近い形でキカイヘイの残骸を残しておいてくださったおかげです」


「いや、ベルサ殿、昼夜問わず徹底した仕事ぶりで細かい点まで(つまび)らかとしてくれた解析班の手柄でござろう」


 半年ほど前、ワレンシュタイン領内に侵入していたキカイヘイとの戦闘の際、ハークは左腕部のほぼ丸ごと欠損以外は無傷にかなり近い形でキカイヘイの一体を倒すことに成功していた。

 その残骸を仔細に渡って調査を行った結果、ハーク達とワレンシュタイン軍は先の戦いの経験も含めて、敵キカイヘイが行うことが可能であろうほぼ全ての戦闘動作を予測できるまでになっていた。


 キカイヘイの噴射口は主に背面腰裏の二カ所のみ。

 それに補助(サブ)として両足の裏、人で言うところの土踏まずよりやや前方に穴が其々備えられていたが、これは背中の噴射口よりも大分口径が小さいことから、出力自体はかなり背中のものよりは低いと考えられていた。精々が姿勢維持や方向転換くらいにしか使えず、自身の戦闘行動によって生じた慣性を打ち消すこともできないとの予測計算結果が出ており、これは正しかったようだ。


 大体からしてそんな手段が行えるのであれば、とっくに実行しているに違いがないのである。自由自在に空中を飛びながら例の拳を飛ばす攻撃を繰り返している方が、確実に攻防両面に於いてはるかに効率が良い筈なのだから。


 今も彼らキカイヘイはハーク達からの攻撃を警戒しているのみで攻勢に移ろうとする気配は皆無に等しい。

 それを自身の眼で確認してから、ランバートは視線を聖騎士団団長へ向けた。


「さ、もう良いだろう、団長殿? これから先は、俺らの作戦に乗ってくれるな?」


 語外に「ここまでお前の我儘につき合ってやったのだから、俺たちの言う事を聞け」という意味がたっぷりと籠められている。ただし、『作戦に乗る』という言い換えを行ってはいるが。


「……仕方がありません。あなた方の作戦に『乗り』ましょう」


 言葉通り渋々といった感じだが、最早聖騎士団単体でできることは無い。それは彼女も解っていることだった。従う、ではなく作戦に乗ると言ったのは、最後に残された矜持のカケラを無理矢理にでも保たせるため必要なことであった。


「良し。では後退するとしよう。ここは少し狭すぎるからな。バリケードに参加するつもりはあるのだろう? そのために特殊素材加工の大盾を、予備とはいえ供与したのだからな」


 その言葉を聞いて、団長はほんの少しだが表情を苦々しいものへと変える。


「あれは……」


「解ってる、アンタの意思じゃあねえくらいはな。しかし、こっちとしてはありがてえ。防御力の高いアンタらを、防衛戦力に組み込むことができるんだからな。さ、とにかく移動するぞ」


 皆までは言わせず、ランバートは聖騎士団団長より視線を外し仲間達と移動を開始する。置いて行かれては堪らぬと団長も続き、彼らと並んだ。


 今や聖騎士団は団長を除き、全員がワレンシュタイン軍製の大盾を装備していた。例の、表面こそ紋様も何もない、ただののっぺりとした急ごしらえではあっても、タラスクの素材を組み込んだ特殊加工の逸品である。


 クルセルヴのお陰であった。

 副団長命令で部下の聖騎士団員たち全てに、半ば強制的に配ってしまっていたのだ。

 己を勝手に飛び越されて命令を下されてしまった所為か、団長たる彼女は非常に不機嫌であるかのようだった。ハークの眼にはそれだけが原因でもないように視えたが、息子であるクルセルヴに出し抜かれたとも言える事実を考慮に入れればそこまで解らぬ話でもない。



 何はともあれ、素早く移動を済ませたハーク達は、次の戦闘地点と予定していた場所に数分足らずで展開を完了させていた。


 そこは先の戦闘区域よりも一キロほど北上した場所であり、開けた窪地となっていて、まるで四方を崖に囲まれた闘技場の中心を連想させる。大きさは横が大凡八十メートル、縦がその四、五倍といった感じで縦に長い。

 しかも北側、つまりはワレンシュタイン軍側が緩やかに盛り上がる形で南側を見下ろせるようになっていた。

 罠を警戒しているのかキカイヘイ軍団の追撃速度はやや遅い。横に十体ほど並ぶ形で隊列を組み、足元を確かめながら進んでくる。


 その様子を視てヴィラデルが言う。


「ふゥん……。ねェ、ハーク、さっきのアレを警戒するってコトは、あの一時的にでも空中に飛行するのって、ひょっとするとキカイヘイ側にとっても、極力やらされたくない行動なのではないかしら?」


「む? 言われてみれば、確かにそうかも知れん。足止めにしかならんと予測していたのだがな」


「そうよネ、アレだけではダメージもゼロだもの。もしかしてだけど、あの油みたいなモノの消費がかなり激しいのかも。っていう可能性は考えられない?」


「ほう、成程な。確かにその線も充分にあり得るか。しかし無傷とはいえ、一時的には奴らも攻撃不能に陥るのだ。そう考えれば一応は不思議というほどでもない。油切れの件は一考に値するが、今はその話は後にして予定通り作戦を遂行するとしよう。頼むぞ、ヴィラデル」


「ええ、任せておきなさい。アタシと、日毬ちゃんにね!」


 窪地に百体ほどのキカイヘイが侵入した時を見計らい、ヴィラデルは自身の左側頭部、左耳の少し上に髪飾りのように待機していた日毬に優しく触れた。


「行くわよ、日毬ちゃん!」


「キューーーーン!!」


 了承の意と共に、美しい囀りが大魔法を構成する言葉を紡ぐ。水の上級魔法『大濁流召喚(タイダルウェイヴ)』が発動する。


「なっ!?」


「水が!?」


「何だあの魔法は!?」


 クルセルヴを始めとした聖騎士団の面々から驚きの声が上がっていた。

 それも当然の話で、水魔法は直接的な攻撃力を持つ魔法が上級にまで達しないと皆無である関係から、中々に高レベルの使い手が存在しない。

 特に、最大の被害率(・・・)を持つと言われる『大濁流召喚(タイダルウェイヴ)』の習得者は非常に希少であり、しかも以前よりも抑えているとはいえ、日毬の規模で発現させられる者などいる訳がなかった。


 ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!


 ハーク達の近辺を除き、三方の崖上から大量の水の塊が、まるで三匹の透明な身体で構成された蛇龍の如き様相で、キカイヘイ軍団に対してその(あぎと)を開き襲いかかっていく。


「「「「「「ヌウオオオオオオオオオッ!?」」」」」


 驚きを表に出さざるを得なかったのは、キカイヘイ軍団の突出した最前列百体余りも同じだった。

 そして、水は高きより低きに流れていく。それが道理だ。


「うひえぇええ~」


「聞いちゃあいたが、すげえなぁこりゃ」


 驚愕を通り越したような感想を発したのはフーゲインとランバートの二人である。

 当然であろう。彼らの足先数メートルから先は明らかな洪水被災地と瞬時に化していたのだ。


「さて、どうなりますかな」


「…………」


 ハークの傍に寄ってベルサがそう質問をしても少年は答えずに眼を凝らす。ベルサとしても特に答えは期待していない。解答はすぐに得られるからだ。


 普通ならば、確実に異常な衝撃と急激な流れにより成す術無く押し流されるに決まっている。一時的に何らかの方法であの場に留まれたとしても、次は息が続かなくなるという問題があるからだ。


 だが、敵は普通ではない。

 次第に下部へと移り行く水位に合わせて、黒鉄の頭部と一ツ目が幾つも現れ出す。


「なっ!? 流されてはいませんよッ!?」


 聖騎士団団長が思わず叫んだ。


 その言葉を耳にして、ヴィラデルは表情を変える。


 笑みへと。


「捕らえたわ。アナタたちの敗因は戦場が矢張りこの凍土国であったことね!」


 瞬間、彼女の魔力が周囲を満たす。ハークは一人、ブルリと身を震わせた。

 彼の瞳はキカイヘイの軍団が日毬の召喚した濁流に呑まれる瞬間を捉えていた。彼らはその時、一斉に両拳を地面へと突き刺し、我が身を固定していたのだ。

 そして今この瞬間も、周囲は流れの速き水流の腹の内。


 それを留める。

 氷漬けにして。


「全開! 『氷の墓標(アイス・トゥーム)』!!」


 墓標どころではない。日毬が生み出した全てが氷へと変化し、巨大なる氷結墳墓が出現していた。





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― 新着の感想 ―
[一言] フラグ回収ですねw でもメタ的にこのまま終わるわけないよねー……w
[一言] 思ったほど圧倒的ではなかったキカイヘイ いやまぁ、圧倒的とまで差をつけさせないハークたちがおかしいと言うべきか… ヴィラデルとかランバートとか、世界的な強者が雁首揃えてんだから当然といえば当…
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