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343 第22話10:凍土国オランストレイシア②




 一瞬静まる砦の者たちであったが、すぐにドヤドヤと喧しくなる。


「お、おい! 話がしてえってよ!? 誰がいく!?」


「お前行けよ!?」


「バカヤロウ! エルフと話したことなんかねえよ!?」


「お、俺もだよ!」


「あの人なら良いんじゃあないか!? 年長者だし!」


「お、おう、そうだ! 起こしてくる!」


 その取り留めもない感じに、ハークは増々既視感を強めていった。

 前世に於いて『上ナシ』を表明していた流浪の民、『道々の者』たちを思い起こさせる光景だった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 砦の壁からひょいと顔だけ出した青年が一言そう叫んでからすぐに奥へと消えた。

 それを視て近寄ってきた仲間の一人、フーゲインが感極まったかのように口を開いた。


「スゲーな、ハーク。一体どんな魔法を使ったんだ?」


「何て言うか、アタシたちに対する敵対心っていうのかしら、そういうのが有耶無耶になって、抜けているわネ……」


「ホントだねぇ……」


 感心して続くヴィラデル、そしてシア。


「魔法などではないよ。彼らの事情が儂の予想通りだっただけさ」


「……こういうトコがズリイんだよなぁ……」


「あ~~、同意するワ」


「?」


「フー坊にヴィラデル殿、交ぜっ返すのもそこまでに。ハーク殿、彼らの事情とは?」


 若干に嚙み合っていないハークたちの会話をベルサが即座に軌道修正し、本来の話の続きを要求する。


「彼らは何も分からぬ農民、或いは村民だよ。自分の身と住む場所を奪われまいと奮闘しようとしておるだけだ」


「ほ、ほお……」


「俺にも彼らが正規軍でもない民兵だということはなんとなく解る。だが、そう言い切れる理由は何だ? 是非聞かせてくれないか」


 ハークはランバートの問いに身体ごと正面を向く。砦から逆方向、つまりは完全に背を向けたことになるが不安はなかった。


「ランバート殿、ベルサ殿。儂がどう視える?」


「む?」


「ハークが、か?」


 妙な質問を返されて一瞬戸惑う主従であったが、別のところから答えが返ってくる。

 ヴィラデルであった。


「レベル差十五以上をハネ返して同着優勝しちゃうような、何でも斬れるトンデモ剣士でしょ」


「……ヴィラデル、少し黙っていてくれ」


「ハイハイ」


 降参とばかりにヴィラデルは諸手を挙げてピラピラと振る。


 一方のハークは姿勢を崩さない。その身に虎丸の上に跨っていた時に巻きつけてもらっていた毛布などは当然なく、分厚い防寒着に手袋、そして首巻。ただし首巻は顔がよく見えるようにと顎下まで降ろしている。


「ふうむ。えらくモコモコしているな」


「いや、ランバート殿……。外ではなく内を視てくれぬか?」


「ほう、内……か」


 ランバートは腕を組み、そして右手を顎に当てる。


「ふむ。沈着冷静、奇才、闊達自在(かったつじざい)不撓不屈(ふとうふくつ)……」


「内過ぎだ!」


「ああ、そういうことですか。なるほど」


 ここでベルサが手の平の上に拳を置く動きにて納得を表した。そのまま言葉を続ける。


「つまりはハーク殿の容姿ということですな」


 ここでヴィラデルも気づいたのか声を上げた。


「ああ。要は一見すると、ハークは人畜無害そうなエルフの少年。子供にしか見えないってコト? だから彼らも安心した……、というか、一旦落ち着くことができた、ということかしら」


「ハークを無害無力な存在と誤解したってことか。ってオイオイ、そりゃあ詐欺だぜ!」


「人聞きの悪いことを言わんでくれ、フーゲイン殿。儂が言葉で(たばか)った訳でもないぞ」


「まぁ、そうなんだがよ。何か納得いかねえな……。そンで? あいつらの事情ってのは結局なんなんだい?」


「要するに彼らは守りたいだけなのさ。自身を、家族を、隣人を、そして今の生活を。しかし、それは則ち誰かを攻撃したいという訳ではない。積極的に戦いたい訳でもないし、何かを奪いたい訳ではないのさ」


「ああ、そういうことか! ようやく解ったぜ!」


 ランバートは気づき声を上げる。


「彼らは暴れたい訳でも、むやみに他人へ危害を加えたい訳でもねえ! ただ奪われまいと必死なだけなのか! だから、ハークに、……本当はどうあれ……強さや危険性がないと悟って、いや、誤解して落ち着きを取り戻し、戦闘態勢を即座に解いたってワケか! つまり彼らはただの村民。立ち上がった有志の自警団ってことか!」


「……二、三の聞き捨てならない言葉もあったが、まあいい。そういうことだよ、ランバート殿」


「しっかし何だってそんなことになっちまったんだ? こんな大規模な自警団なんっつーのは、余程国家が追い込まれて機能不全にでも陥っていねえと有り得ねえぞ?」


「その辺りは直接聞いてみた方が早いだろうが、想像はできる。彼らは本当に何も(・・・・・)知らんのだと思う」


「本当に何も?」


「ああ。儂もそこまでよく分かっておる訳でもないが、モーデル王国では教育を受ける機会は必ずあると聞いておる。しかし、他の国ではそこまでの余裕も熱心さもないとも聞いている。中央から離れた地では尚の事だろう。そういった人々は文字を読むことも、地図を理解することもできぬのだ」


「文字も……、地図も、だと?」


 ランバートがハークの強調した言葉を鸚鵡(おうむ)返したところで、砦の壁越しに大声が聞こえてきた。野太く、しわがれた声であった。


「エルフの子供さんや! え~~と、何と言ったかの~、名前は~……!」


「ハーキュリース=ヴァ……、いや、長いのでハークでいい! ハークと呼んでくれ!」


「ありがたい! 了解したぞい、ハークさんや! ワシの名はハップという! ドワーフ族のハップじゃ! ワシが話の相手役を(うけたまわ)ろう!」


「何!? ハップじゃと!?」


 向こうに負けぬほど野太く、大きな声で返したのはハークのすぐ後ろに控えていた仲間たちのさらに後方、クルセルヴのそのまた後ろに控えていたドネルのものであった。


「ハップ! ワシじゃあ! ドネルじゃあ! ドワーフ族のドネルじゃあ! 顔を出せいコラ!」


「ああん!? ドネルじゃとぉ!?」


 ドネルがそのハークよりも小さな身体をいっぱいに広げ、ぶんぶんと両手を振っていると、砦の壁に開いた覗き穴のようなものから、実にドネルによく似た顔が現れる。

 そして穴から小さな身体がにゅっ、と飛び出してきた。

 派手な赤色の防寒具以外、その内側の鎧も含めて背格好はハークたちから視ればドネルと全く変わらない。

 双生児かとも思えてしまうほどである。腰まで伸びた顎鬚の結び方と編み方だけのみが明確に違っていた。


「おお! 正しくハップ!」


「うおおう、ドネル! ひっさしぶりじゃあねえか!」


 止める間もなく双方は互いに突進し、中間点でガッシリと抱き合う。

 一見、感動の再開とも思える光景でもあったが、傍から視ると毛玉と毛玉が衝突し合ったかのようにも見えた。


「なんじゃあオメエ、こんな所で何してやがる!?」


「そりゃあ俺の台詞よ、ドネル! テメエこそ若え頃に聖騎士様の従者になったと聞いておったが……!?」


「おう! その通りよ! あそこに控えるお方が、ワシのお仕えする聖騎士様よ!」


 そこでドネルは抱き合うのを止めて、彼の後ろで完全に勢いに乗り遅れた形の自らの主、クルセルヴを紹介するべく手を向けた。

 彼の着る白銀の鎧を眼にしたハップと名乗ったドワーフは、毛むくじゃらの中に埋没しかかっていた両の眼を裂けんばかりに見開いた。


「せっ……!? せせせせ、聖騎士様ァア!? オイ、お前ら! すぐに開門! か、かかか開門だァ!」


 慌て切って卒倒しかねないハップの動転っぷりが移ったのか、砦内の人々は泡喰って動き始めた。




 中へと通され、粗末なテーブルと椅子に案内された一行は、とりあえずはクルセルヴ主従とランバートを主体として話を進めることとなった。


 幸い、ハークを含めたランバートたちがモーデル王国ワレンシュタイン領からの援軍であることはすぐに理解をして貰えた。これには当然に、この国の聖騎士であるクルセルヴの存在が大きく働いた結果であった。


「ワシはこの地の温水管理技術官として働いていた者ですじゃ」


 そう自己紹介するハップに、ハークは首を傾げかけたが、すぐに彼自身が追加で説明してくれた。


 この凍土国オランストレイシアの冬は異常なほど寒く、草木どころか時に魔物さえ凍りつかせる。

 そしてごく稀の時たまには、家の中にいてもヒトが凍え死ぬほどの寒波が訪れることがあるという。

 その話を聞いてハークは思わず身を震わせたが、そういった事態から人々を守るため、ハップのような温水管理技術者が各地域に一人はいて、地下より汲み上げた八十度ほどの湯を家々に供給することで住民の命と生活を守っているらしい。


「そんなオメエが、なんでまたこんな寄り合い所帯じみた自警団の長みてえなことやってんだ?」


 クルセルヴの従者であるドネルが、ハークたちの立場を代表して訊く。

 彼とハップは若い頃の友人同士で、互いに良く知る仲であるらしい。尤も、ドワーフ族は数がそれほど多くないそうで、会えば大体分かるのだそうだ。


「そりゃあテメエ、まともに字が読めンのはこのワシくらいだからよ」


「な、何? これだけの人数がいて、たったの一人!?」


 ランバートは意外なほど驚きを見せたが、ハークにとっては予想できた結果であった。


 前世の若き頃、あの大混沌期である戦国の世を思い起こせば、そう珍しいことでもない。とはいえ、二百もいて真面な識字能力を持つ者が一人というのは少々少な過ぎるが。


「この地に駐屯していた軍や部隊などはどうなされた?」


 クルセルヴが訊く。当然の質問であった。


「そんなモン、国の一大事だとか言って、王都に引っ込んじまいましたよ。帝国が攻めてくるんだそうで。ワシらは置き去りです」


「そ、そうだったのか……」


「ええ。なので、ワシらは勝手に、自分らは自分らで身を守ろうってハラですわい。みすぼらしいかもしれませんが、こうして砦も建てた次第です」


「……ん?」


 どうも若干に話が嚙み合っていない。クルセルヴ以下、ランバートも首を傾げる。


「ハップ殿。先程、帝国の侵攻に備えて、と仰られましたな」


「ええ、そうですとも。言いましたぞい」


 何故だか得意顔のハップに向かって、ランバートが言葉を選んでから口を開いたのが、ハークにもよく分かった。


「ハップ殿。こちらの方面は、帝国側ではない。モーデル王国側だぞ」


「……え?」


 面白いくらいに彼の表情が変化していく。

 その顔を視て、ドネルが呆れた様子を隠さずに口を開いた。


「あ~~~~、そういやあハップ、オメエはガキの頃から地図を読むのが苦手だったなぁ……。方向音痴でもあったしよォ……」


 ハークの中に残っていた最後の謎が氷解した。





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― 新着の感想 ―
[一言] つまり一揆というやつですねw たとえ無自覚で善意の行為だとしてもw いや、この場合誰かさんに煽動されてコントロールされていないのが幸いでしたね……
[一言] 幾ら識字率が低くても街道の王都や帝国への方向と、王国側への方向を村人全員が間違えるのも普通なら無理があるような気もする。街道を迷い易く作ってる?
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