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340 第22話07:氷の国へ




 二日後、モログは予定通りオルレオンに到着した。ただし、道中ヒュドラ三匹タラスク二匹を、ワレンシュタイン領内に入ってからだけでも討伐しつつであるらしいが。ある意味、彼らしい。


 日が沈んでからオルレオンの冒険者ギルドへ到達した彼は、ギルド長のルナ=ウェイバーへの着任挨拶もそこそこに、依頼主が待つ領主の城へと登城する。丁度、ギルド併設の食事場である酒場にて夕食の際中であったハークと共に。


 出迎えたランバートは、モログと共に会議室へとやってきたハークや従魔の二体を眼にしても、特に訝しがることもなく着席を促した。


「よく来てくれたぜ、モログ殿。ハークたちも来てくれるとはありがてえ」


「突然に儂までお邪魔させてもらって、良かったのかね? ランバート殿」


「いや、むしろ願ったり叶ったりだ。このまま同席してくれれば俺もありがたい。色々と説明せねばならないからな」


 ハークは城への付き添いでモログに同行しただけの自分が、こうも簡単に内部にまで通された理由を悟る。

 とはいえ、ハークも今ではしっかりとした当事者だ。説明に加わるのもやぶさかではない。


「まずはモログ殿、こちらの招聘に快く応じてくれて感謝する」


「いやッ! あれだけの好条件では、受けぬ方がおかしいだろうッ。しかし、本当に良いのかねッ? 俺が従軍せず、ただこの街にて冒険者活動を普段通りに行うだけで良いとはッ」


「ああ。冒険者として大陸中に名を轟かす貴殿を、『積極的に』戦へ参加させるワケにゃあいかねえからな。だがもし万が一、この街が正体不明の軍隊に襲われることあればその力、思う存分に奮ってもらいたい」


「了解したッ!」


 冒険者は本来、未知の世界を探求し、その世界から稀に訪れる危機に備え、対抗し、人々の生活を守護することを本分としている。

 つまりは人、あるいは人間種全体外の世界からの危険に応対する役目を担っているとも言える。逆に言えば、これまで何度か言及してきた通りに、人間種全体世界の内側の問題である国同士の争いごとに冒険者がかかずらわって対処すべきではない、とも規定されている訳なのだ。


 上記の事情は特に明文化されていないとはいえ、一般の庶民の間でさえ周知されている。

 そんな冒険者のトップ中のトップであり、近隣だけでなく諸国中に名を知られた人物でもあるモログを能動的に戦争へと参加させたとなれば、依頼したワレンシュタイン領、ひいてはモーデル王国も国際的な批判を免れ得ない。


 ところが、これが受動的であればどうなるか。

 つまりは宣戦布告もなく、オルレオンの街が正体不明の軍隊に囲まれたら……。


 当然、抵抗するに決まっている。己と市民を守るために立ち上がるに決まっているのだ。

 これを批判することはできない。常識的な範疇で思考するならば。

 これを批判することは、生命体としての自己防衛すら批判する行為だからだ。場合によっては冒険者ギルド自らが防衛戦に乗り出し、人々を導いたとしても何ら不思議ではない。人々を守るという本分に、何ら矛盾しないからだ。


「ま、そうは言ってはみたものの、貴殿の場合は保険で終わるとは思うがな。俺の勘もそう言ってる」


「ほう。その心を是非聞かせていただきたいな」


「おうよ。いいか、ハーク。この前俺が語った二つのケース、今回のオランストレイシアへの侵略行為が陽動の場合も、キカイヘイの侵略部隊が直前に転進を行ってくる場合も、向こうの勝利条件は短時間にて勝負を決めることしかない。しかし、モログ殿がいてくれる限りそんなことは不可能だ」


「成程。確かに普通に考えれば勝ち目の全くない戦いに戦力を投入など有り得ないか。しかし、モログがこの地にいると帝国が完全に認知しておるかは不明であろう?」


 ハークのその質問を待っていたかのごとくに、ランバートはにやりと人の悪い笑みを見せた。


「それがな、ハーク、モログの現在位置については帝国に逐一報告している人物がいるんだ。しかも俺らがガッツリと把握できている」


 ハークは驚く。それでは情報の横流しである。本人は知っているのかと顔ごと視線を向けると、腕を組んだままのモログが大きく頷いた。


「ランバート殿の言う通りだッ。俺に一番近い人物が、俺の情報を帝国に送ってくれているッ」


「さすがの傍若無人な帝国軍でも、モログ殿を敵に回すのは避けたいと視える。ま、コレに関しちゃあ俺のアイディアじゃあねえけどな。宰相のアルゴス=ベクター=ドレイヴン殿の案だ。今でこそ元がついちまうけどよ」


「凄いな」


 感心したハークが思わずといった形で呟く。ゼーラトゥース、アルティナ、ランバート、ロッシュフォードに続く五人目の傑物の登場である。なんと人材豊富なのかと思えてならない。この国には優秀な人材が生まれる土壌が確実にあるのだろう。もしなければ、それこそ優良な人材がにょきにょきと生えてくる植物でもなければおかしい。


「さて、と。ま、もしもの御守り代わりではあっても、やれることはちゃんと最後までやっておかないとな。モログ殿、キカイヘイの詳細を教える。モログ殿、ついてきてくれ。ハーク、補足と助言を頼まあ」


「うむッ」


「承知したよ」


 三人は連れ立って、城の地下に安置されているキカイヘイの残骸へと向かった。




   ◇ ◇ ◇




 その夜、ハークはランバートに奨められて、遺書をしたためることにした。

 今回の遠征に参加する者には全員が推奨されているらしい。

 聞くところによるとヴィラデルは分からないが、シアやあのフーゲインでさえ既に書き終わりロッシュフォードに預けたとのことだった。


「ハークには似合わねえだろうがな」


 そう最後につけ加えたランバートに対して、ハークは「貴殿もな」と冗談交じりに返した。

 その言葉にランバートはふっと一瞬だけ笑みを見せたが、眼は真剣そのものであった。彼の並々ならぬ決意が窺える。


 当然と言えば当然なのだろう。激戦が確実視され、その上、異国での戦いなのだ。

 死ねば祖国の地を二度と踏めぬのは無論のこと、状況によっては生き残ったとしても帰ってくることができない可能性もゼロではない。


 預けられた遺書は何もなければ破棄、または返却され、何かがあった場合には然るべき手順を踏み、指定された人物へと責任を持って手渡されるという。


 ハークは、ソーディアンのギルド長ジョゼフ宛の態で書いた。彼ならば適切に処置してくれるだろうと考えてのことだ。

 世話になった人物や(えにし)持つ人々への感謝や、己の気持ちをそれぞれに籠めていく。最後にシンへの言葉を書き連ねようとしたところで筆が止まったが、無事書ききった。


 不思議な感覚だった。前世を含み初めてのことだったが、存外にすっきりとするものである。同時に、なればこそ己の口で伝えられるよう、生きて帰ってこなければという思いも再燃する。



 翌朝、事情を知るわずかな者たちや兵士の家族らに見送られながらの出立となった。大っぴらな出陣式を行うには、様々な要素から不可能であった。


「ハーク様、ご武運を。そして、必ず無事にこの地へ帰ってきてください!」


 既に虎丸の背に跨った状態のハークはアルティナの激励を受けて強く頷く。次いで、横にいるリィズに顔ごと視線を移した。

 彼女は何と言っていいか分からず、下を向いていた。リィズには似合わない、ハークはそう思った。


「リィズ、お主の心に今浮かぶ思いをそのまま語れば良い。激はアルティナからもう充分もらったからな」


 冗談めかしてそう声を掛けることで、ようやく彼女の視線が上向いた。その様子に、思わずハークの手が伸び、その短い頭髪をくしゃりと撫でた。


「ハーク様、父をお願い致します」


「任せておけ」


 この日、ハークたちを助っ人に含めたワレンシュタイン軍は、凍土国オランストレイシアへの進軍を開始した。


 いざ、氷の国へ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 出征の不穏な高揚感が感じられます [一言] 遺書、家族に書いてやれよw と思ったけど、ハークはハーキュリースの家族のことまったく知らないんでしたね… この作品中では、ハークのウン百年の生涯…
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